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第10話訓練02

ほんの少し気だるさを感じつつ食堂に入る。

父はすでに席についていて、バティスに淹れてもらったお茶を飲んでいた。

「おはようございます」

「ああ。どうだった?」

「はい。なんとかなりました」

「そうか。弛まず続けろよ」

「もちろんです」

と挨拶がてら進捗状況を伝える。

そして、私もバティスからお茶をもらってそれをゆっくりと飲んだ。

やがて、エマとミーニャがカートを押してきて朝食が始まる。

いつものように辺境らしいジャガイモが主の朝食を食べていると、ふいに父が、

「今日は馬具職人の所へ行け。けっこういいやつが倉庫に眠ってたはずだ」

と言ってきた。

私は一瞬わからなかったが、すぐにライカの鞍のことだと気づく。

「そうですね。では少しお時間をもらって行ってきます」

と言うと、そこからほんの少しだけ急いで朝食を腹に詰め込み、食事が終わるとさっそくライカのもとへと向かった。


まずは、使っていない鞍をいくつか倉庫から引っ張り出す。

そして、さて、父の言っていた「けっこういいやつ」とはと思い探していると、一つの古びた鞍に目が留まった。

「お。これか…」

と思い取り出してみる。

よく見ると、それはかなり上等な革を使ってあるらしいが、普通の鞍とは様子が違っていた。


(ああ、ハミが無いのか…それにしても古いな…こりゃ相当な年代物だぞ)

と思っていると、そこに、

「ぶるる…」

という声がして、気が付けばライカが私のすぐそばまで来ていた。


「お。来てたのか」

と言って軽く撫でてやる。

そして、そばに置いてある鞍を見ながら、

「お前の鞍を探していたんだ…。どうも、これが一番上物らしいが、いかんせん古くてな。使えるかどうかは職人の所にいってみないとわからんぞ」

と言って、その年代物の鞍へ視線を向けた。

すると、ライカがその鞍をまじまじと見つめだす。

どうやら興味を持ったようだ。

ライカはおもむろにその鞍に近づくしばらく観察したあと、角で軽くその鞍に触れた。


その瞬間パッと光が広がる。

どうやら鞍が光ったらしい。

私はその眩さに一瞬目をそらしてしまった。

そして、どのくらい経っただろうか。

光が収まったらしいことを確認して、恐る恐る鞍に目を戻す。

すると、そこにはあの古びた鞍ではなく、まるで新品のようにつやつやと輝く鞍が置かれていた。

「な、…」

と言葉が出てこない。

そこへライカが、

「ひひん!」(できた!)

と嬉しそうに声を掛けてくる。

よくわからないが、魔法のようなものを使ったのだろう。

私は、

(ここ最近、驚きっぱなしだな…)

となんとも呑気な感想を持ちつつ、とりあえず、

「上手に出来たな」

と言ってライカを撫でてあげた。


(わけはさっぱりわからんが、まぁ、ただで新品の鞍が出に入ったと思えばいいか…)

と、やや思考を放棄してその鞍を見る。

するとそこへライカが、

「ひひん!」(着けて!)

とおねだりをしてきた。

「ああ。そうだな。よし、さっそく着けてみよう」

と言い、さっそくその鞍をライカに装着する。

少し変わった形をしていたからほんの少し手間取ったが、鞍はまるでライカのために拵えたのではないかというほどぴったりと合っていた。

それでも一応、

「どうだ?痛い所はないか?」

と聞いてみる。

ライカは当然、

「ひひん!」(ぴったり!)

と答えて嬉しそうな表情を見せてくれた。

「ひひん!」(ねぇねぇ。乗って、乗って!)

と、はしゃぐように言うライカにせかされ、苦笑いでさっそく跨らせてもらった。

ライカが嬉しそうにその場をすたすたと歩き始める。

そして、歩くだけでは物足りなくなったのだろう、ついには、

「ひひん!」(かけっこしたい!)

と言い出した。

私は一瞬「いいぞ」と言いかけたが、まさか村の中を走る訳にもいかない。

それに、ライカはおそらく普通の馬よりもスピードを出せるはずだ。

そう思って、一瞬立ち止まり、

「あーかけっこはもう少し先にしよう。父上にライカが走り回っても安全なところを聞いてこないといけないからな…」

と、いかにも残念そうな顔でそう告げた。

「ぶるる…」(そっかぁ…)

とライカも残念そうな顔をする。

私はそんなライカの表情を見て、なんとも悲しい気持ちになりつつも、気を取り直すように、

「散歩なら大丈夫だろう。ちょっと父上に話してくるからちょっと待っていてくれ」

と言うと、一度ライカから降りて、屋敷へと戻っていった。


さっそく父の執務室に上がり事情を説明する。

「…ということがありまして」

という私のざっくりとした状況説明に父はぽかんとした表情を浮かべた。

そんな父に、

「というわけで、ライカを散歩に連れていってやりたいのですが、村の中を歩いても大丈夫でしょうか?」

と聞いてみる。

すると、父はようやく気を取り直したような感じで我に返り、

「ああ。それは構わん。…ならついでに各村に挨拶に行って来たらどうだ?ライカのお披露目もあるだろうから、何日かかけて行ってくるといい」

と言ってくれた。

私はその言葉にうなずいて、

「ではさっそく準備をしていってまいります」

と言い、執務室を下がる。

そして、自室に戻るとさっそくミーニャに手伝ってもらいながら簡単な旅支度を整え始めた。


「私もお供させてください」

というミーニャにどうしようか一瞬迷う。

しかし、一応護衛もいるだろうと思って許可を出した。

「うれしいです!」

と本当に嬉しそうな顔でそう言うミーニャの喜びようを苦笑いで見つめ、お互いに準備を整え終えると、荷物を持って厩舎に行き、それぞれの馬に跨った。

「じゃぁ行ってくる」

とバティスとエマに告げて出発する。

ライカはとにかく嬉しそうで、それはウキウキとした歩調からも十分に伝わって来た。

「飛ばし過ぎるなよ」

と苦笑いで窘める。

その言葉にライカは一応、

「ひひん!」(うん!)

と言うが、歩調はウキウキとしたままだ。

私はそのことをなんとも微笑ましく思い、こちらまでウキウキとした気分になりながら、まずは、クルス村の村長宅を目指した。


同じ村の中のことだけあって、村長宅にはすぐに着き、ミーニャがおとないを告げる。

すると、すぐに村長らしき人物が出て来てくれて、

「はじめまして。ルーカス様。クルス村の村長を務めさせていただいております、バルドと申します」

と丁寧に自己紹介をしてきてくれた。

「急にすまんな。この子、ライカの紹介も兼ねて挨拶に来た」

と言って握手を交わす。

好々爺のように見えるバルドの手は辺境の住人らしくゴツゴツとしていた。

(良く働いた物の手だな…)

と思いながら、さっそく家に上げてもらう。

そして、お茶を出してもらいながら、村の現状や困りごとがないかなどいくつかの質問をした。

バルド曰く、困りごとは今の所ないというが、辺境の暮らしは厳しい。

そこで、聞き方を変えて、夢はあるか?と聞いてみた。

するとバルドは、

「そうですなぁ…」

と一瞬考えた後、

「子供達にはたまに甘いものを食べさせてやりたくなります。お菓子はこの村では貴重品ですから…」

と遠慮がちに、優しい夢を語ってくれた。

「わかった。その夢いつか叶えよう」

と約束する。

そして、その日はその他の事務的な話もすると、そのまま村長宅に泊めてもらった。


翌朝。

次の村を目指す。

次の村はシーバ村。

そこでも同じように村長の夢を聞き、

「住民みんなに寒くない服が行き渡ればみんな元気に働くことでしょう」

という答えを得ると、さらに次、ラッテ村へと向かった。

ラッテ村でも同じように村長の夢を聞く。

このラッテ村の村長は明るく朗らかな性格の持ち主らしく、私の夢はあるかと言う質問に、

「祭りの時、みんなにもっと美味い酒を出してやることですかなぁ…。そうすれば一年の疲れもずいぶんと癒されると思いますよ」

とニコニコとした笑顔で答えてくれた。


村長みんなの夢を聞き終わってふと思う。

どれも衣食住の充実とささやかな娯楽という内容だった。

それをみんなは夢だという。

私はそんなところからも、この辺境の厳しい現実を汲み取り、

(これはしっかり励まなければな…)

とさらに気合を入れた。


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