フェンリルとの邂逅から一夜明けて帰路に就く。
帰路は緊張がありながらも順調に進み、5日ほどで森を出た。
「無事に帰り着きましたね」
と、ほっと胸を撫で下ろす。
そんな私に、父が、
「ああ。ユニコーン…いや、ライカのおかげだな」
と、やや苦笑いでそう言った。
ナーズ殿もそれにうなずく。
ライカは帰り道でも2度ほど狼を消し炭にしてくれた。
そのことを思い出した私は、
「ありがとう。おかげで助かったよ」
と言ってライカを褒めてやる。
するとライカは嬉しそうに、
「ひひん!」
と鳴いた。
ライカの魔法は凄まじいのひと言に尽きる。
狼に囲まれても平然としていて、ただ一度、「ひひん!」と嘶くだけで全ての狼たちに過たず電撃を食らわせ消し炭にしてしまった。
その光景を思い出し
(さすがは伝説だな…)
と苦笑いを浮かべる。
そんな私たちをよそにライカは、
「ひひん!」(楽しかったね!)
と楽しそうにそう言った。
やがて、集落に入る。
予想していた通り、ライカを見た住民は驚いた後、慌てて平伏した。
その住民に今回のことを説明して落ち着いてもらうということを何度か繰り返しながら進み、私たちは無事ナーズ殿の屋敷に到着した。
「疲れたな」
と父が苦笑いで言う。
私とナーズ殿も苦笑いで、庭に目をやった。
庭ではライカが膝をつき、のんびりとくつろいでいる。
その様子はどこまでも無邪気で見ている私たちをほっこりとした気分にさせてくれる。
私は、
(こんな風に人を安らかな気持ちにさせるのも聖獣の力の一端なんだろうか?)
と妙なことを考えつつも微笑ましくライカを眺めた。
やがて夕飯の時間になり、いかにも田舎料理と言った感じのポトフとパンを食べる。
それはそれで、非常に滋味深い味だったが、やはり私は、
(もっといい材料が手に入れば全然違った味になるんだろうな…)
と思いながら、そのもてなしの料理をいただいた。
その日はナーズ殿の屋敷でゆっくりと休ませてもらい、翌朝。
馬に乗る私を見て、ライカは、
「ぶるる…」(私に乗ればいいのに…)
と少し不機嫌になったが、それを、
「帰って鞍を調整したらたくさん乗せてもらうからな」
と宥め出立する。
そして、
「帰ったらみんなにはどう説明しましょうか?」
「変な隠し立てはせず、ありのままを言うほうがいいだろうな」
という会話をしつつ割と呑気に屋敷を目指した。
夕方前屋敷に辿り着く。
「ただいま」
と声を掛け、迎えに出て来てくれたバティスにまずはライカを紹介する。
バティスはぽかんとしていたが、父が、
「詳細を説明するからみんなをリビングに集めてくれ」
というと、ハッとしたように正気を取り直し、すぐにみんなを呼びに行ってくれた。
私はまずライカをリビングからつながった庭に連れて行き、ほんの少し戯れる。
すると、そこに慌てた様子のミーニャがやって来て、平伏した。
「あー。これからみんなに説明するから、まずは落ち着いて顔をあげてくれ」
という私の言葉にミーニャは恐る恐る顔を上げる。
そして、キラキラとした目を私に向けると、
「ルーク様は神に選ばれたのですね!」
と若干ずれた言葉を口にした。
「いやいや!」
と慌てて否定する。
しかし、ミーニャの言葉はあながち間違っていないことに気が付くと、そこで急に恥ずかしさが湧いてきた。
「…なんというか、そんなにたいしたものじゃない。まぁ、なんだ。その辺りも含めて説明するからリビングへ行こう」
と言ってなんとかその場を収める。
そして、なんとも言えない微妙な気持ちのまま、キラキラと目を輝かせるミーニャを連れてリビングへと向かっていった。
リビングに入るとエマとバティスがお茶を用意してさっそく事情の説明を始める。
私が突如とんでもない魔力に目覚めてしまったこと。
その状況に対応するため、フェンリルに会いに行ったこと。
フェンリルとは獣人が崇める神のような存在の知恵ある魔物であり、この領を守ってくれていること。
そして、その旅の途中でユニコーンと出会い、ライカと名付け友になったこと。
その辺りの事情をみんなに詳しく話して聞かせた。
「ルーク様は神に選ばれただけでなく、大魔法使いにもなられたのですね」
と、またミーニャが若干ずれたことを言う。
私はなんとも恥ずかしい気持ちでその言葉を受け取り、苦笑いと照れ笑いの中間のような笑顔を浮かべた。
「まぁ、とにかくそういうことで、家族が増えたからよろしく頼む」
と言って、庭でのんびりくつろいでいるライカに目を向ける。
ライカはのんびりくつろいでいたが、私の視線に気が付くと、窓に寄って来て、開け放たれた窓の外から、
「ぶるる…」(よろしくね…)
と少し照れたような感じでそう言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
とミーニャが一番に反応して頭を下げる。
そして、バティスとエマも、
「よろしくお願いします」
「ええ。こちらこそよろしくお願いしますね」
と声を掛け、説明会は無事終了した。
エマとミーニャが台所へ下がり父とバティスが食堂へ向かう。
私はひとり庭に出てライカを厩舎へと連れて行ってあげた。
厩舎につき、
「今日からここが寝床だ。ひとりにさせてしまうが、他の馬たちと仲良くやってくれ」
と言うとライカが寂しそうな顔を見せる。
私は、そんなライカを、
「また明日の朝会いに来るからな」
と言って宥めてあげた。
ライカは、
「ぶるる…」(うん…)
と言って、一応わかったというようなことを言ってくれる。
私はそんなライカの態度に少し後ろ髪を引かれながらも、みんなが待つ食堂へと向かって行った。
翌朝。
起きてすぐにライカのもとに向かう。
「おはよう」
と声を掛けると、嬉しそうに、
「ひひん!」(おはよう!)
と元気な挨拶が帰って来た。
「よく眠れたか?」
と言う声には、少し遠慮気味に、
「ぶるる…」(うん…)
という返事が帰って来たので、少し緊張していたのだろう。
それを思うとなんとも切ない気持ちになったが、そこは、
「そうか。じきに慣れるさ」
とあえて軽く返し、なるべく優しく撫でてやる。
そして、私はライカを連れて裏庭に出るとさっそくあの訓練に取り掛かった。
(まずは集中だったな…)
と思い適当に座って目を閉じる。
しかし、フェンリルに後押しされた時のようには上手くいかない。
しばらく粘ってみたが、結局あの感覚は得られなかった。
なんともすっきりしない感じが悔しくて、もう一度目を閉じる。
すると、ふと背中に何かが触れる感触があった。
振り返るとライカの顔がある。
私は少しだけ驚きつつも、
「手伝ってくれるのか?」
と聞いてみた。
「ぶるる」(うん)
と、どこか遠慮気味な返事が返ってくる。
私は、そんなライカを撫でてやると、
「よろしく頼む」
と言って再び目を閉じた。
背中に感じるライカの気配に集中する。
すると、またあの落ちていくような感覚とふわりと包み込まれるような感覚を得ることが出来た。
さらに集中して、その感覚をじっくりと探っていく。
しかし、途中で集中が途切れてしまった。
「はぁ…はぁ…」
と肩で息をしつつ目を開ける。
するとそこには、心配そうな顔で私を見つめるミーニャとライカの姿があった。
「…おはよう」
と息を切らしながら、ミーニャに挨拶をする。
「あ、はい。おはようございます…。あの…、大丈夫ですか?」
というミーニャに私はなんとか微笑んで、
「ああ。心配無いぞ」
と答え、同じく心配そうな顔で私を見ているライカのことを撫でてやった。
ひとしきりライカを撫でると、いかにも、「よっこらせ」というような感じで立ち上がる。
そして、ミーニャに、
「これから毎朝これをやることになる。心配をかけてすまんが、よろしく頼む」
と言って、この訓練がこれから日課になることを告げた。
「かしこまりました。私も出来る限り協力させていただきますね!」
と言ってくれるミーニャに、
「ああ。ありがとう」
と礼を言って、井戸に向かう。
そして、顔を洗い軽く水を飲むとまたライカを厩舎へと連れて行ってから朝食の席へと向かった。