突然旅の仲間が増えるというハプニングはあったが、また旅に戻る。
ここからも油断はできない。
むしろ、奥に行くぶん厳しくなっていくはずだ。
そして案の定、父が、
「出るぞ」
と言って足を止めた。
私は慌てて、
「魔獣が出てくるらしい。ライカは下がっていてくれ」
と言い、いつでもライカを守れるような位置につく。
ナーズ殿も油断なくライカと私の護衛に付いてくれた。
そんな私にライカはきょとんとした感じの視線を向けてくる。
そして、
「ぶるる」(狼やっつける?)
と聞いてきた。
私は一瞬意味が分からず、
「へ?」
とやや間抜けに聞き返す。
すると、ライカはまたきょとんとした顔で、
「ぶるる」(狼やっつけてくればいいの?)
と聞いてきた。
私は訳が分からず、
「ん?ああ、危ないから下がっていような」
と声を掛ける。
しかし、ライカは、少ししょんぼりしたような感じで、
「…ぶるる」(…できるもん)
とつぶやいた。
それを聞いて私は、
(もしかしたら、役に立つところを見せたいのか?)
と思い、父に、
「すみません父上。ライカが狼の相手をしたいらしいのですが…」
と声を掛けてみた。
その声にまずはナーズ殿が反応し、
「おお。雷神様のお力を振るう所をお見せいただけるのですな!」
と感動したような声を上げ、父も、
「ほう。それは興味深い。ぜひとも拝見させていただこう」
と口をそろえる。
その意外な返事に私は驚きつつも、ライカの方を振り向き、
「あー。ライカ。お願いしていいか?」
と言った。
「ひひん!」(うん。頑張る!)
と言ってライカが駆けだす。
私たちは慌ててそれを追っていくが当然追いつけない。
それでも必死に走っていくと、しばらくして、私たちの走っていく先の方から、
「ドンッ」
という音が聞こえた。
さらに慌ててそちらに向かう。
すると、そこには自慢げに胸を張るライカと、消し炭になった狼らしきものたちの痕跡があった。
「な…」
としか言葉が出てこない。
きっとこの時の私の表情を表現するなら、「あんぐり」というのが一番しっくりきたことだろう。
(魔法ってのはこんなに…。いや、ユニコーンの力っていうのは…)
と、どこから驚いていいのかわからない私に、ライカが寄ってきて、
「ぶるる…」(どう?)
と聞いてくる。
私は一瞬どう反応していいかわからなかったが、おそらくここは褒めておくのが正解だろうと思って、
「ああ、すごいぞ。よくやった」
と言ってライカを撫でた。
「ひひん!」(やった!)
と無邪気に喜ぶライカをさらに撫でる。
するとライカはますます嬉しそうに私に頬ずりをしてきた。
「ははは…」
とまだ混乱しつつも、
(聖獣といっても可愛いものじゃないか…)
と思って苦笑いを浮かべる。
そんな私たちを父とナーズ殿はどうにも複雑な表情で見ていた。
一応魔石を拾って再び旅に戻る。
歩きながら、
「さすがは聖獣様ですな…」
というナーズ殿に、父が、
「ああ。しかし、形無しだな」
と言って苦笑いを浮かべた。
私は、そんな2人のどちらともない感じで、
「ユニコーンとはどういう存在なんです?…おとぎ話の中にでてくるという認識はありますが…」
と、なんとなく聞いてみる。
するとその質問にナーズ殿が、
「この森の守り神とされております。と言っても常にそばにいてくださるフェンリル様とは違い、百年、時に数百年に一度しか現れないとされておりますので、私たちにとっても伝説のような存在であることに違いありません」
と、ユニコーンがこの村や獣人にとってどういう存在かということを教えてくれた。
その説明を聞き、
「そうか…。伝説か…」
とつぶやき、なんとなく頭を掻く。
今後のことを考えてみるが、どうにも答えが出てこない。
私はとりあえず何かを諦めて、開き直ることにした。
その日の晩。
ユニコーンがいるという緊張感と、ライカという強い味方がいるという安心感の両方を持ちながら野営をする。
今日の夕食もまた、マッシュポテトに塩気の強いハムだった。
(野営飯も改善の余地ありだな。フリーズドライは無理でも顆粒のコンソメなら開発できそうな気がする…)
と考えながら、いかにも辺境らしい野営飯を食う。
ライカはそんな私たちの様子を興味深そうに見ながら、美味しそうに草を食んでいた。
やがて、夜が更け、交代で眠りに就く。
私が寝ようとすると、ライカが側に寄って来て膝をついた。
「お。一緒に寝るか?」
と聞くと嬉しそうに、
「ぶるる」(うん。いっしょ)
と答える。
私はそんな子供のように真っ直ぐな言葉をなんとも微笑ましく思いながら、遠慮なくライカに寄りかからせてもらった。
翌朝。
ほんのりとした体温を感じて目覚める。
どうやら野営中にも関わらずすっかり眠り込んでしまったようだ。
私はハッとして起きるが、父からは苦笑いされてしまった。
なんとなく照れくさいような気持ちでナーズ殿からお茶をもらう。
そして、朝食のハムサンドを食べるとさっそくまた森の奥を目指して出発した。
そこから旅は順調に進む。
3日ほどかけて歩くと、ある地点から一気に森の空気が変わった。
清浄にして静寂。
小鳥が歌い、さやさやと小川が流れるその美しい森の中を歩いていく。
そして、しばらく進むと、
「そろそろですぞ」
とナーズ殿がそう言葉を掛けてきた。
その瞬間、とてつもなく大きく、しかし、優しい気配を感じて振り返る。
すると、そこにはそれまでいなかったはずの大きく白い狼の姿があった。
体長は5メートルをゆうに超えているだろうか。
体高も私の身長をゆうに超えている。
私はそのあまりの威容にぽかんとしてただただその存在を見上げてしまった。
「久しいわね。ナーズ、バルガス」
と美しくも重々しい声が頭上から降り注ぐ。
その声に父が膝をつき、ナーズ殿が平伏した。
私も慌てて膝をつくと、
「お初にお目にかかるフェンリル殿。バルガス・クルシュテットの息子。ルーカス・クルシュテットにございます」
とまずは初対面の挨拶をする。
「…ルーカスね。あなた、なんとも面白い魔力を持っているわね」
と言うフェンリルに、私が何と答えたものかと思っていると、横から父が、
「そのことについて聞きにまいった」
と今回の来訪の目的を告げた。
「そうね…。どうしましょうか?」
と苦笑いで答えるフェンリルに、父が、
「まずは現状、それからできれば対処法を知りたい」
と訊ねる。
するとフェンリルは重々しくうなずいて、
「現状、ルークは、人間にしてはかなりの魔力を持っているわ。エルフの魔導士でもここまでの魔力の持ち主は稀有なはずよ」
と、いきなりとんでもないことを言った。
「なんと…」
と父が絶句する。
私も驚きの余り言葉が出てこなかった。
しばらく絶句し、沈黙が流れたあと、ようやく私が口を開く。
「どう対処すればよろしいとお考えか?」
という私のやっと絞り出した問いにフェンリルは、
「とにかく訓練するしかないわね」
と苦笑いで答えた。
「訓練?」
と聞き返す私に、フェンリルが、
「ええ。その人間にしては強大な魔力を上手く制御するにはそれなりの訓練が必要よ」
とさも当然のことのようにそう答える。
魔法について何も知らない私でも、そのことはなんとなく理解できた。
ひとつうなずいて、
「で。どのようにすればよいのだろうか?」
と訊ねる。
するとフェンリルは、
「ちょっとコツを教えるわ。座って目を閉じないさい」
と言い、私にさっそく訓練とやらの基礎を教えてくれると言った。
言われた通り、あぐらをかいて目を閉じる。
すると、私の背中に何か感触があって、
「そのままこの感覚に集中するのよ」
というフェンリルの声がした。
言われるまま、その感触に集中する。
すると、徐々に体の中が熱くなってくるのを感じた。
私はほんのちょっとの気味悪さを感じたが、
「そのままよ」
というフェンリルの言葉を信じてひたすら集中する。
すると、あの時、つまり倒れた時と同じように、暗く深い闇の底へ沈んで行くような感覚を覚えた。
しばらくすると、あのふんわりと包み込まれるような感覚も感じ始める。
そして、私はなんとなく、それが魔力という物なのだろうと直感的に理解した。
やがて、ふっと体の力が抜ける。
そして、私は現実に戻って来た。
「はぁ…はぁ…」
肩で息をする。
どうやら、私は知らぬ間にかなり疲れていたらしい。
そんな私にフェンリルが、
「今日はここまでね。いったん帰って毎日訓練なさい。そして、来月もう一度来るといいわ」
と、やや労うような感じでそう言った。
気が付けば夕暮れ。
「今日はここでゆっくりしていきなさい」
と言い残してフェンリルがふわりと消える。
私はそのことに驚きつつも、
(まぁ、伝説の存在ならそんなこともできるんだろうな…)
と思ってそのフェンリルがいなくなった場所をぼーっと見つめた。