翌朝。
少し気だるい感じで起きる。
やはり緊張で上手く眠れなかった。
父やナーズ殿は当然、普段と何ら変わらないようすでお茶を飲んでいる。
(これに慣れるのにどのくらいかかるだろうな…)
と思いつつ苦笑いを浮かべ私もお茶を飲んだ。
やがて、朝日が当たりを赤く染めだしたのを見て出発する。
今日は魔獣が出るかもしれないと言った父の言葉を思い出し、私は昨日よりもさらに緊張しながら歩を進めた。
やがて昼の休憩を取る。
簡単にハムとチーズを挟んだだけの昼食だったが、疲れた体にはその塩気がやけに美味しく感じられた。
食後、お茶を飲んだら出発する。
また緊張しながら進んでいると、先頭を歩いていたナーズさんの足が止まった。
「どうします?」
と聞くナーズさんに、父が、
「放っておくわけにもいくまい」
とため息交じりに答え、私に、
「狼だろう」
と何について話しているかを端的に教えてくれた。
私の緊張は一気に高まる。
しかし、父とナーズ殿は落ち着いたもので、先ほどまでとは少し違う方向へ今までと変わらないような足取りで進んで行った。
ほんの2、30分ほど進んだところでまたナーズ殿が足を止める。
そして父の方に視線を送ると父は、
「いや。わしが行こう。息子に実戦というものを見せておきたい」
と言って剣を抜いた。
私はその言葉で敵が近いことを知り、さらに緊張を高める。
父はそのまま少し進みやや開けたところで立ち止まった。
ナーズ殿が、
「ルーク様。こちらへ」
と言って私をやや大きな木の下へ連れて行く。
そして、自分も剣を抜き、私の護衛についてくれた。
(情けないな…)
と思いつつも一応刀に手を添える。
そして、私にとっては長い事じりじりとした時間が過ぎた時、黒い影がいくつか飛び出してきた。
瞬間的に身構える。
しかし、父もナーズ殿も落ち着いたもので父はその影をさっと交わすとまるで訓練でもしていかのような様子で何気なく剣を振り下ろした。
次々に襲い掛かって来る敵を次々に斬り払う。
私は、ややあっけにとられるしかなかった。
(すごいな…)
と、まるで子供のような感想を抱く。
そして、戦闘はあっと言う間に終わった。
父が剣を納める。
私はその背中から、改めてこの辺境の厳しさと父という目標の高さを教えられた。
「さて。次は解体ですよ」
と言ってナーズ殿が腰に下げていた剣鉈を取る。
そして、
「ルーカス殿もやり方を見ておいてください」
と言いつつ手近に転がっていた狼に近寄って行った。
私も近寄って見る。
やはり初めて見る解体というやつは気分のいいものでは無かった。
しかし、これが辺境の現実で、これらがみんなの暮らしを支えているものだ。
そう思って私は目を逸らすことなくその一挙手一投足を観察する。
そんな私にナーズ殿は皮の剥ぎ方や魔石の位置などを詳しく教えてくれた。
(さて、これが出来るようになるのだろうか…)
と不安に思いつつも、
「最後に焼きます。こいつらは食えませんからね」
というナーズさんと父を手伝って狼を一か所に集める。
そして、魔石の粉で作った火炎石という燃える石に魔力で火をつけてその中に放り込んだ。
「何故でしょうね。こいつらは魔法の火だとよく燃えるんですよ」
というナーズ殿の言葉通り狼たちはまるで薪のようによく燃えた。
その場で、火の番をしながら小休止を取る。
軽くお茶を飲んでいる間に狼たちはすっかり灰になってしまった。
「さて、行くか」
と言って父が立ち上がり、私も立ち上がる。
するとその時、少し離れた所に妙な気配を感じた。
「父上」
と呼びかけ、
「少し先に妙な気配を感じるんですが…」
と言うが、その言葉に父上もナーズ殿もきょとんとした顔を私に向けてくる。
しかし私は、その気配がどうにも気になって、
「すみません。少し時間を食いますが確かめに行ってもいいですか?」
と聞いてみた。
父とナーズ殿が顔を見合わせる。
私は、さらに、
「どうも気になるんです。お願いします」
と頼んでみた。
「なんだかよくわからんが、お前がそこまで言うんだ、いいだろう」
と許可を出してくれた父に軽く礼を言い、その気配がする方向へと進む。
徐々に濃くなるその気配を追うように進んで行くと、やがて泉のような所に出た。
そこで私はまた呆気にとられる。
そこにいたのはなんと、角の生えた真っ白な馬だった。
「えっと…」
という私の存在に気が付いたその馬がこちらに近寄ってくる。
そして、私をじっと見つめると、
「ぶるる」(選ばれたのはあなた?)
と聞いてきた。
「え?あ、…え?」
と思わず聞き返す。
私は内心、
(馬がしゃべっただと!?)
と思いながら焦った。
しかし、その馬はそんな私に構わず、
「ぶるる…」(よろしくね…)
と遠慮がちに言ってくる。
私は訳が分からず父とナーズ殿の方を振り返った。
すると、ナーズ殿は平伏し、父は片膝をついて礼の姿勢を取っている。
私は、
「えっと…状況の説明をお願いしても?」
と言うのが精一杯だった。
「恐れながらルーク様。ルーク様は雷を司る聖獣ユニコーン様に選ばれたようです」
と平伏したまま答えるナーズ殿の横から今度は父が、
「奇跡だと思え」
と言ってきた。
私はまだ訳が分からず、
(えっと…ユニコーンってのはあのユニコーンだよな。おとぎ話で出てくる…)
と混乱しつつ、その馬、ユニコーンの方に視線を戻した。
そのユニコーンはなぜかややモジモジしている。
私はその様子を見て、
(ああ、こちらが混乱してるから不安になったんだな…)
とそう直感した。
「ああ、すまん。ちょっといきなりだったんで少し混乱しただけだ。不安に思うことは何もないぞ」
と言ってそのユニコーンを撫でてやる。
すると、そのユニコーンは少し安心したように、
「ぶるる…」(そっか…)
と言った。
(伝説だもんな。そりゃしゃべったりもするさ…)
と何かを諦めて苦笑いを浮かべる。
そして、私はとりあえず、
「えっと…。なんだか知らんが、よろしくな」
とそのユニコーンを撫でてやりながらそう言った。
「ひひん!」(よろしくね!)
とそのユニコーンが嬉しそうな声を上げる。
そして、どうやらそのユニコーンは私になついたようだった。
「えっと、とりあえず一緒にくるってことでいいのか?」
と聞く。
すると、そのユニコーンは、
「ぶるる」(うん。一緒)
と、やはり嬉しそうにそう答えてきた。
「そっか」
と苦笑いで答えつつ、
「えっとなんて呼べばいい?名前はなんだ?」
と聞く。
しかし、そのユニコーンは、
「ぶるる」(お名前、つけて?)
と目を輝かせながら、そう言ってきた。
私は少し驚いて、
「つけるのか?私が?」
と聞き返す。
ユニコーンはますます目を輝かせて私を見て来た。
私は迷って、とりあえず詳しそうなナーズ殿に、
「今、名前を付けてくれと頼まれたんだが、私が勝手に名を付けてもいいものなのか?」
と聞いてみる。
するとその問いにナーズ殿は平伏したまま、
「雷神様に選ばれたのです。ルーク殿にはその権利というよりも義務がございます」
と答えてきた。
(なるほど、つけていいじゃなくてつけなきゃいけないか…)
と思いつつ悩む。
人にもペットにも名前など付けたことがない。
それに自分にネーミングセンスがあるとも思えなかった。
それでも義務となれば、しかたないと思って考える。
(白いからシロなんてのじゃいけないだろうし…もう少しかっこいい…いや、その前に男の子なのか、おんなの子なのか?…いや、神獣と言っていたから性別があるかどうかも…。ということは男女どちらでもよいような名がいいか…)
と思い悩んでいると、ふと前世の記憶にある漢字が思い浮かんだ。
(確か雷を司ってるって話だったな…かみなり、雷…ライ…)
と考えてぱっと思いついた名を告げてみる。
「ライカなんてどうだ?」
そう言うとそのユニコーンは、
「ひひん!」(やった!かわいい!)
と喜びの声を上げた。
私はそのはしゃぎように、
「そ、そうか…。うん。気に入ってくれて何よりだ」
と、やや苦笑いで答えつつたった今ライカと名付けたユニコーンを撫でてやる。
すると、ライカはなんとも嬉しそうに私に頬ずりをしてきた。
その光景を父もナーズ殿も微笑ましそうに、しかして、感慨深く見守っている。
私は、いったい何がなんだかわからないうちに聖獣とやらの友になってしまった。