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第4話ルーカス・クルシュテットの帰還03

3日後の昼前。

意外とすっきりとした気持ちで目覚める。

体の節々はまだ痛むがなんとか全快したようだ。

エマに頼んで風呂を使わせてもらい、軽く行水をする。

そして、やや重たい体を引きずりつつも父の執務室へと全快の報告に上がった。

ノックのあと、返事を聞き、

「失礼いたします」

といって執務室に入る。

すると、そこには見慣れない獣人の姿があった。


「おお。ぼっちゃ…ではなく、ルーカス様。お元気になってようございました」

と本当に嬉しそうな顔で言ってくれる父の執事、バティスに、

「ありがとう。ところでそちらは?」

と服装からなんとなく予想しつつも、見慣れない獣人の方に視線を向ける。

すると、バティスは、ほんの少しハッとしたような様子で、

「ああ、そうでした。ちょうど紹介に行こうかと思っていたところです。メイド見習いのミーニャでございます。本日より正式にルーカス様付きとしてお傍に仕えさせますのでどうぞよろしくお願いいたします」

と、見慣れない獣人のことを紹介してくれた。


その紹介を受けて、

「ミーニャです。よろしくお願いしいたします、ルーカス様!」

と、ミーニャは元気な感じで、自己紹介をしてくる。

私はそれに、

「ルーカスだ。ルークで構わん。よろしく頼んだぞ」

と答え、それぞれに右手を差し出した。

「よろしくお願いします。ルーク様!」

とミーニャは私のことをすんなりルークとんでくれた。


「ああ、よろしくな」

と答えつつ、

(ほう。それなりに使うか…)

という感想を持つ。

ミーニャの手は間違いなく武人のそれだった。

(まぁ、父上が育てたというならそうなるだろうな…)

と思い、苦笑いを浮かべる。

するとバティスが、

「ではそろそろ昼食を用意してまいりますので、いったん失礼いたします」

と言い、ミーニャ連れて執務室を出て行った。


執務室で父と2人になる。

私はさっそく、

「どういういきさつで?」

とミーニャのことを聞いてみた。

その質問に父は、

「ああ。もう10年以上前になるか。獣人に特有の流行り病があってな。その時孤児になった何人かのうちのひとりだ。あの時は大変でな…。どこもぎりぎりだったから、結局うちで引き取った」

と答え、やや遠くを見るような目になる。

私はその目を見て、

(いろいろあったんだろうな…)

と思いつつ、神妙な面持ちで、

「そうでしたか…」

とひと言だけ言葉を発した。


「まぁ、それよりあれだ」

と突然、父が言う。

おそらくしんみりした空気を変えたかったのだろう。

私は、そんな不器用な父に苦笑いを送りながら、

「あれとは?」

と、ややイタズラ顔で聞く。

すると父は、照れたような顔で、

「ごほん」

とわざとらしい咳払いをした後、

「あれはあれだ…あー、そう。午後は衛兵隊との面会だ。たしかハンスには会ったと言ってたな。隊長はそのハンスの父、エバンスだ。一応正式な席だ。礼服を着てくるように」

と、わざとらしく威厳たっぷりにそう言った。

「かしこまりました」

と、こちらはまた苦笑いで答える。


そんな会話をし、午後の日程を決めると、

「さて、そろそろいい頃合いだろう」

と言って、父が席を立つ。

私もそれに続いて席を立つと私たちは2人して食堂へと向かった。


鹿肉のコンフィにマッシュポテトという辺境にしては頑張った料理を食べる。

王都や侯爵領の料理を知り、ましてや前世の記憶なんてものまで思い出してしまった私にとって、その料理はけっしてご馳走では無い。

しかし、それでも、私にとってはこれが実家の味で、懐かしい味なんだということを改めて思い起こさせてくれるような優しい味だった。

デザートにカボチャパイが出される。

甘さも控えめで決して美味しいデザートではないが、これもまた思い出の味だ。

落ち込んだ時も、良いことがあった時も常にこの味が私を支えてくれた。


「やっぱりエマのカボチャパイは世界一だな」

と正直な感想を贈る。

すると、エマはニッコリと微笑んで、

「ありがとう存じます」

と言ってくれた。


午後。

また父の執務室に上がり衛兵隊の隊長、エバンスと面会する。

もちろん初めてではないが、あまり話した記憶はなかった。

「お久しゅうございます。ルーカス様」

「ああ。久しぶりだな」

と挨拶をして握手を交わす。

すると、エバンスは微笑んで、

「ご立派になられましなぁ」

と、しみじみそうつぶやいた。

「いや、まだまださ。時々は稽古に参加するつもりでいるから、その時は鍛え直してくれ」

と笑顔で返す。

そこからは現在の衛兵隊の組織や任務についての説明を受けた。

話をまとめると、衛兵隊の主な任務は相変わらず森の見回りと魔獣の相手とのこと。

しかし、以前と比べると、組織は大幅に強化されているらしい。

父の指導でみんなずいぶんと腕が上がってきているのだそうだ。

私はそんな話を頼もしく思いながら聞く。

そして、その一方でこの辺境の地がいかに魔獣という存在に苦労させられているかも改めて実感した。


会談を終えて執務室を辞するエバンスを見送る。

そしてまた父と2人きりになると、私は、

「父上、今度時間のある時にでも私の剣を見ていただけませんか?」

と父に申し出た。

「ほう?」

と父が興味深そうな視線を私に送って来る。

私はその視線を苦笑いで受け止めながら、

「実際に魔獣の相手をするかどうかはともかく、今後はそういう覚悟も必要になってくるでしょう。ですから、今の私の剣に足りていない物を教えていただきたい」

と、正直に自分の思っていることを伝えた。


その日は無事に終わり、夜。

ひとりになった部屋であれこれと考え事をする。

前世のこと、これからのこと。

いろんなことが頭を頭の中をぐるぐると駆け巡った。

「ふぅ…」

とひとつ深呼吸をする。

そして、ふと窓辺に立てかけておいた自分の得物を手に取った。

刀。

日本の武器。

(なんとも奇妙な偶然じゃないか…)

と思って苦笑いしながら、刀を抜いてみる。

そして、この刀と出会った時のことを思い出した。

あれは十数年ほど前、やはり誕生日だったと思う。

たまたま、木剣を買いに寄った武器屋でたまたま出会った。

聞けば主人もどこのどんな謂れがある武器なのかわからないという。

しかし、私は一目見て、これだと思った。

当時私には自由に使える金などほとんどなかったが、金貨1枚という武器にしては安い価格もあって、侯爵様に頼み込んで買ってもらった記憶がある。

その時、なぜあんな一目惚れに近い感覚に陥ったのか、その時はよくわからなかった。

しかし、今ならなんとなくわかる。

きっと何かが引き寄せたんだろう。

(これも因果ってやつかねぇ…)

そう思って私は苦笑いを浮かべた。

すると、不意に、

(私はいったいどこの誰なんだ?)

という疑問が湧いてくる。

しかし、私はその疑問を大慌てでかき消した。

(私はルーカス・クルシュテット。辺境生まれの田舎男爵。それ以上でもそれ以下でもない…)

と、一瞬アイデンティティを見失いそうになった自分に強く言い聞かせる。

私は、この地で生まれ、この地に育ち、またこの地で生きていくことを決めた一人の人間だ。

誰かの代わりではない。

だから、自分は自分で、この人生は自分のものだ。

そんな意味を込めて、私は再び、

(私は私だ)

と強く自分に言い聞かせた。


いつの間にか暗くなった夜空を見上げる。

辺境の地の夜空には、今にも零れ落ちてきそうなほど満天の星がきらめいていた。

その星空を見上げ私はまた、

(私は私だ)

と念を押すようにつぶやく。

そして、これまでのことを思い返した。


10歳で家を出てこのかた、私はきちんと努力し、誰に恥じることのない人生を送ってきている。

剣も振ったし、勉学にも励んだ。

そのことには自信を持っている。

私には天賦の才など無かった。

だからこそ私は努力し続けてこられたんだと思っている。

(だから迷うな)

私は再びそう自分に言い聞かせた。

星の瞬きを眺める。

星は何も言わない。

しかし、私にはその星の瞬きが、

(自分を信じろ)

と言ってくれているように感じられた。


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