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第3話ルーカス・クルシュテットの帰還02

帰還の翌朝。

妙な頭痛で目を覚ます。

(あれくらいの酒で二日酔いか?…まぁ疲れもあったからしょうがないのかもしれないが…)

と思いつつ、なんとか体を起こそうとした。

しかし、思うように体が動かない。

それでも何とか起き上がって身支度に取り掛かる。

頭がふわふわして、視界が歪み、正直相当な酒酔いのような状態だった。

頭痛もする。

しかし、領主就任初日から二日酔いなど許されることじゃない。

そんなことで領民に示しがつくものか。

私はそう思って必死で着替えまで済ませた。

しかし、そこでついに立っていられなくなる。

(どうした?…おかしい…)

そう思った次の瞬間、遠のく意識の中何かが聞こえたような気がした。

しかし、それが何かはわからない。

どんどん意識が遠のいていく。

(…死ぬのか?)

と私はその時生まれて初めて死という物を意識した。


やがて気が付いたのはどのくらい後だったのだろうか。

目覚めると横には父とエマがいる。

「………」

何か言葉を発しようと思ったが、声が出てこない。

私はただ、目を開け、涙ぐむエマから吸い飲みで水を飲ませてもらい、また強烈な頭痛と眠気に襲われて、意識を手放してしまった。


おそらく夢を見ているんだろう。

私は今妙な空間の中にいる。

煌々と光る小さい板。

何やら文字や絵が描いてある。

壁際に置かれたより大きな板からはその絵が動き、声まで聞こえてきた。

(な、なんだ、これは…)

と驚愕と恐怖のなか周囲を見回すと、見たこともない道具が溢れている。

ベッドがあるからかろうじて部屋だろうということはわかるが、それ以外はまったくの謎だ。

(なんなんだ…。いや、どこなんだ…)

と思って狼狽える。

しかし、周りには誰もいない。

そして、ふと自分を見る。

見たことも無い形の服。

強いて言えば礼服に近いだろうか。

首元に布を巻いている。

(ネクタイか…)

と思った。

(ん?ネクタイ?)

と思って、その布に触る。

これまでの人生で触ったことの無いような感触がして、その瞬間、

(ポリエステル)

という言葉が受かんだ。

(えっと…)

と戸惑っているとどんどん思いだしてくる。

四角い箱は冷蔵庫だし、その上に乗っているのは電子レンジ。

小さな炊飯器に洗濯機。

先程の動く絵の板はテレビで手に持っているのはスマホだ。

スマホ。

そう思い出した瞬間、スマホを見る。

すると、メッセージアプリが勝手に起動して、

『大丈夫。頭痛は治まる』

という文字が出てきた。

呆気に取られて見ていると次のメッセージが出てくる。

『魔力もじきに落ち着く』

(魔力?落ち着くもなにも私は人並みにしか…)

と思っていると、今度は、

『よき人生を』

という言葉が出てきた。

慌てて、

『どういうことだ』

と返信する。

しかし、そのメッセージアプリは勝手に閉じてしまった。

私はまた慌ててアイコンをタップするが、一向に反応しない。

(ちっ…。どうなってやがる…)

と思わず貴族らしからぬ言葉を心の中でつぶやいたところで、私の意識はまたふと遠のいた。


また、目を開ける。

まだ言葉は出てこない。

再び、エマから水をもらい、今度はその水の美味さをはっきりと感じながら、幾分ほっとした気持ちで再び目を閉じた。


(今度は街中か…)

と先ほどよりも落ち着いた感じで近代的な町を見る。

ビルに自動車、アスファルトの匂いと雑踏。

ガヤガヤとうるさい中に立っていると、懐かしさとかそう言う感情よりも辟易とした気持ちの方が先に出てきた。

(こんなところで暮らしてて面白いのかねぇ…。いや、便利だが、便利過ぎて面白味がない…)

と、なんだか達観したような気持ちになる。

するといきなり街並みが歪んで景色が変わった。


次に出てきた風景はおそらく、私の実家だ。

夏休みに家族で行った記憶がある。

小さい家の前に小さな畑。

いたるところから聞こえる蝉の声。

(そうそう。畑のキュウリをもいで食いながらクワガタ取りに行って…)

という少年時代の思い出だしながら、私はその景色を懐かしく見つめた。

(そう。こういうのがいい…)

漠然とそう思う。

同じうるさいなら、蝉の声の方が心地いいし、便利さもある程度までがちょうどいいはずだ。

私は何となくそんなことを思い、また目を開けた。


また、

「大丈夫ですか、坊ちゃま。お気を確かに!」

というエマに、

「坊ちゃまは止めてくれ…」

と何とか苦笑いを返して水を飲ませてもらう。

そして、

「ああ、ようございました…。お気づきに…」

と言って涙を流すエマに、

「もうしばらく頼むぞ…」

というと私はまた目を閉じた。

もう、夢は見ない。

と言うよりも全部思い出した。

あれは日本だ。

そして、私は日本に住んでいた。

さっきまで見ていたのはその時の記憶だろう。

メッセージアプリに何か書いて寄こしたのが誰なのかはわからない。

どこかの神か、それとも悪魔か。

しかし、私は、

(そんなことはどうでもいい)

と、まず思った。

そして、

(現実的に考えろ)

と自分に言い聞かせる。

何がどうなって、どういう理由でこうなったかは知らないが、ともかく知識を得られたのは僥倖だ。

持っていて邪魔になるものじゃない。

特にこれから辺境を発展させていかなければならない私にとっても貴重な戦力になるだろう。

そこは便利に使わせてもらおうじゃないか。

と、考える。

そして、次に、

(魔力がどうとか言っていたが…)

とその点について考えてみた。

頭痛は治まっている。

しかし体はやけにだるい。

おそらく相当長い間寝ていたのだろう。

その体力が回復すれば起きられるようになるはずだ。

それまでに自分の記憶を整理しておかねば。

そんなことをなんとなくぼーっと考えていると、今度は段々体が熱くなってきた。


呼吸が苦しい。

先程までの頭痛も相当なものだったが、こちらはもっとだ。

呼吸ができないというのは命に係わる。

私は、なんとか肩で息をして、その苦しさに必死に耐えた。

時々水をもらい、あえぐように呼吸をする。

そんな時間をどれほど過ごしたのだろうか。

私は耐えきれず、また意識を手放してしまった。


今度は深い闇の中へと落ちていく。

(これが、死ぬ瞬間か…)

と本当に思った。

しかしその直後、青白い光に包まれる。

するとその青白い光からなんとも言えない温かさがどんどん私の体の中に流れ込んできた。

まるで誰かに前進を抱きすくめられているような温もりに、

(どうやら天国に行けるらしいな…)

と冗談を言いつつ、私はとりあえずその心地よさに身を任せた。


その心地よさから目覚めたのはどのくらい経ってからだったのだろうか?

「ああ、ぼっちゃま…。よくぞ、お気づきに…」

と、またエマがいつかと同じようなことを言って水を飲ませてくれる。

その水を飲んだ瞬間、私の中に「生きている」という感情が爆発的に広がっていった。

(水ってこんなに美味かったんだな…)

と妙なことに感心しつつ、体を起こそうと試みる。

しかし、どうやら一人では無理だったようで、エマに、

「まだ無理はしないでくださいまし」

と言って、止められてしまった。


「すぐにお館様を呼んでまいりますので、じっとしていてくださいましね」

と言ってエマが部屋を出ていくのを見送って、考えを整理する。

どうやら私には前世という物があったらしい。

おそらくはそれは21世紀の日本だったようだ。

私がどこの誰でどんな人生を歩んできたかまではわからなかったが、それはどうでもいいだろう。

そして、次に、あの『魔力もじきに落ち着く』という言葉の意味を考えてみた。


人なら誰しもが持つ魔力。

しかし、それはほんの些細なもので、魔法が使えるほどの魔力を持った人間はそういない。

王宮の魔導師団はたしか50人くらいだったはずだ。

他にも冒険者でも使える人間がいると聞くが、その数もたかが知れている。

それに人間の魔法使いが出来るのは、普通より強力な矢を遠くまで飛ばしたり、炎で目くらましをしたりする程度の魔法だ。

まだわからないが、仮に私に魔法が使えるほどの魔力が備わったとして、それをどう使うのか、どう活かすのかが全く分からない。

私は、その魔力うんぬんについてはひとまず考えから外した。

とにかく、私にはとんでもないことが起こってしまったらしい。

私は、まだ多少混乱する頭を抱えてとりあえずため息を吐いた。


やがて乱暴に扉が開かれ、

「ルーカス!」

と言って父が枕元にやって来る。

そして、私の顔をぺたぺたと触りながら、

「生きているのだな…」

と言って涙を流した。

私はそんな父にまず、

「ご心配をおかけしました」

と謝罪の言葉を述べ、続いて、

「…ところでどのくらい?」

と私が病床にいた期間を聞いてみた。

「…5日だ」

と父は苦しそうに答える。

私は、

(長いような短いような…)

とやや複雑な思いでその期間を聞き、再度、

「ご心配をおかけし、申し訳ございません。もう大丈夫です」

と答えた。

「ああ、そうみたいだな…。しかし、なにがあるかわからん。もう2、3日は安静にしていろ」

と涙を拭きながらそう言ってくれる父に、

「ありがとうございます」

と礼の言葉を述べる。

すると、父は、

「まったく、とんだ誕生日だったな…」

と軽口を言った。

その言葉でふと思う。

(ああ、そう言えばあの日は誕生日だったな…)

と。

そして、私は、

(まったく、なんの因果か…)

と思いって苦笑いを浮かべた。


病人の所に長居はまずいだろうと言い、

「明日もまた来る。ゆっくり休め」

という父を見送り、その言葉に甘えてゆっくりと休む。

きっとまだ疲れているのだろう。

私は目を閉じると、そのまままた深い眠りに落ちていってしまった。


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