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おねがい

「ももこ様、おはようございます。お食事のご用意ができております」



 ノックの音と共に声をかけられ、ももこは眠い目を擦りながらベッドを降りた。

 もうすっかり慣れてしまったこの世界でのいつもの朝。



「ふぁ~い……着替えるからちょっと待っててなぁ……」


「畏まりました、ももこ様」



 着替えたら、担当信者に手を引かれながら二階の食堂へ向かう。

 ももこ様モーニングコール係も、もちろん交代制である。



「「「「ももこ様、おはようございます!」」」」



 食堂には邪神教信者が勢揃いしていた。

 皆、ももこの到着を待っていたのだ。


 部署によっては朝食前に一仕事終えている者もいるし、夜勤明けの者もいる。

 しかし、ももこと一緒に食事ができるこの時間だけは、よほどのことがない限り全員参加しているのだった。



「ももこ様、おはようございます」


「ヒラメちゃん、おはよう~」


「ももこ様や、今朝採れたばっかのピッピの実だよぉ。たぁんとお食べ」


「ミモモおばあちゃん、ありがとうね! うわぁ、おいしそう!」



 天子キリコを救い出して一ヶ月が経過していた。

 キリコの命令で強制的に労働をさせられていた者達は解放され、その一部は家族の元へ帰っていた。

 しかしほとんどの者は一時帰宅だけで、自らの意思で現場へ戻っていた。

 家族や友人と連絡を取ることを禁止されていたとはいえ、給金はしっかりと支給され、労働環境もさほど悪くない。

 強制的に連れて行かれたことを謝罪され、家族にも心配をかけずに済むとなれば、いい出稼ぎ先という認識になったのだった。


 邪神教徒の人数も大幅に増えていた。

 もちろん一人一人を、ももこと大僧正、そしてミモモが面接をしている。

 強制労働から大勢帰ってきたことも増員の理由であったが、それだけではない。

 キリコの名の下に、邪神教がポポニャン神聖国で認められたのだ。

 神聖国において、他の宗教を認めたのは歴史上初めてのことだった。


 それをもって、大僧正は、国策に人員を提供していくことを約束した。

 国力を上げることも、戦争を回避する為に有効な手段であるとの結論を得たのだ。


 邪神教徒は、帰ってきた家族も含め、ローテーションで国が管轄をしている現場を回るようになっていた。



「はぁー、おなかいっぱい! ピッピの実、めっちゃおいしかったわぁ!」


「ももこ様、今日は皿洗いの日ではありませんので、この後は私と四階でお勉強をしましょう」


「うん! 今日の先生はヒラメちゃんなん?」


「ももこ様、午後からはおばあと農業のお勉強だよぉ?」


「え! やった! ミモモおばあちゃんのおうちの畑に行けるん?」


「だぁよ~。ピッピの実がたぁくさんなってるから、ももこ様に収穫してもらおうかなぁ?」


「ミモモばあ、今私がももこ様とお話をさせて頂いているのだ! 横槍を入れるのはルール違反ですぞ!」


「ふ、二人とも、仲良くしてね?」



 ももこの生活は相変わらずで、毎日担当者を変えて色々な勉強をしていた。

 邪神教の各部署の手伝いをしたり、勉強をしたり、農業をしたり、お店の店員をしたり。

 「皿洗いの日」もその一環である。


 ももこは邪神教徒達に深く愛され、色々な人と会話し、そして色々な教育を受けていた。










 ももこは大僧正とミモモの二人と一緒に、自室のある四階まで戻ってきていた。

 自室を通り過ぎ、隣の部屋をノックする。



「どうぞ」



 ももこの隣の部屋──

 この部屋は青を基調とした家具が配置され、ももこの部屋よりも随分大人っぽいデザインとなっていた。

 家具はとてもシンプルだが、どれも品があるもので、部屋の主にぴったりの様相であった。

 そしてこの部屋の主は、先日とうとう邪神教に入信したももこの友達だった。



「キリコちゃん! おはよう! アレス兄ちゃんも、サーシャ姉ちゃんも、カノンナさんも! おはよう!」


「やぁももこ! おはよう!」


「ももこ、今日もキリコ様をよろしくね」


「はひっ! ももこちゃん、おはようございます!」



 ぷいっと、キリコは赤面しながらももこから顔を背けた。

 ももこにはキリコの気持ちが分かっていた。

 先日の一件で聖天騎士団の三人との絆が深まったのはいいのだが、「キリコ様」と呼ばれることにまだ慣れていないのだ。

 恥かしがり屋なキリコの一面を、ももこはとても可愛く感じていた。



「キリコちゃん、今日は一日こっちにおれるん?」


「……ええ、ももこ。今日はずっと一緒よ。今晩は泊まらせてもらうつもりだけど……大僧正、いいかしら?」


「キリコ殿なら大歓迎だ。それにキリコ殿も邪神教徒の一員。ももこ様が可愛くて仕方がない気持ちは我らと同じ。遠慮はいらない」



 大僧正のその言葉に、再びキリコは赤面して俯いてしまった。



「そんならキリコちゃんも、午後は一緒におばあの家に来たらええべ。三人で一緒にピッピの実を食べようなぁ」



 ミモモは俯くキリコの頭を優しく撫でてやる。キリコは特に拒絶することもなく、ミモモの手を受け入れていた。



「私もついていきますぞ」


「大僧正は仕事があんべ!? 天帝様と話があるとか言うとったべ!!」


「う……いや、それは……その……」


「んもう! また二人ともぉ! ヒラメちゃん、はよ勉強しよ?」


「そ、そうですな! えー、では今日は「上に立つ者の心構え」の授業の続きですな。お二人とも、もりっこの書の六十八ページを開いていただけますかな」


「「はい!」」



 キリコは時間を見ては邪神教の屋敷を訪れていた。

 ももこからの要望もあり、ももこの部屋の隣に自室まで設けてもらっていた。

 そして自ら邪神教入信を志願した。

 面接の際に、どれほどももこが好きなのかを散々試されたのだが、それはまた別の話。


 とにかく、今ではこうやってももこと一緒に授業を受けることも多くなっていた。

 それも大僧正や邪神教徒の協力の賜物でもある。

 国政におけるキリコの負担が殆どなくなったのだ。

 大僧正や聖天騎士団のおかげで、今、国政は根本から見直されていたのだった。



「よぉももこ、お、それにキリコもいんのか」


「あ! てっちゃん!」


「テムジャ、何か用かしら?」


「今からよ、新しい農具を作るってんで商業部の連中が木材を運んできたんだぜ? 面白そうだから一緒に見に行かねぇか? キリコも来いよ!」


「こらっっ! テムジャの小僧よっ! 今は授業中だぞっ!」


「げっ! ヒラメのおっさん! なんだよ、いたのかよ。別にいいじゃねぇか。こっちも勉強になるぜ?」



 また喧嘩になるのではと思い、ももこは止めるタイミングを計ろうと様子を見ている。

 キリコは呆れているのか、小さなため息をついていた。



「ふむ……農具作成か……まぁいいだろう。テムジャの小僧の言うことにも一理あるな。確かにももこ様にも、キリコ殿にもいい勉強になろう。案内しなさい、てっちゃんよ」


「テ・ム・ジャ!! だ! ヒラメ!!」


「あ~~~、はいはい! はよいこ? な? な? アレス兄ちゃん達も一緒にいこ?」



 大僧正とテムジャは、ももこに無理矢理背中を押されて、部屋を出ることになった。











 ミモモとサーシャ、それにカノンナに付き添われ、ももことキリコは興味深そうに農具作成を見学していた。

 それを離れたところから大僧正とテムジャ、そしてアレスが見守っていた。



「アレス君、例の件は確認してもらえたかな?」


「はい……キリコ様に確認をしました。数百年前にその時の天子様を、元の世界へ帰す儀式をした……という記録が残っているそうです」


「やはりあったか……ありがとう。これ以上は私が天帝と話すことにしよう」



 大僧正とテムジャはこの一ヶ月間、忙しい合間を縫って、ももこの帰還方法を探していた。

 目をつけたのは、ももこと同じように、儀式でこの世界に召喚されたキリコである。

 キリコも、ももこと同じ世界から呼び出されたということは、国にも召喚の儀式の方法が残っているということである。

 そして、もしかしたら、邪神教には伝わっていない、帰還の儀式の方法も存在するかもしれないと踏んだのだった。



「ヒラメのおっさんよ。ミモモばあは、ももこを元の世界に帰してやること……何て言ってんだよ?」


「…………ももこ様の、お心のままに……と」


「……そうかよ」


「ももこにはいつ言うんですか? 黙ったままというわけにもいかないでしょう? ももこは……ももこは悩むんじゃないですか?」


「……儀式があると分かった以上はすぐにでも言わなければ……邪神の能力の話をしたときのような失態を犯してしまっては、ももこ様に今度こそ嫌われてしまう……アレス君の言う通り、お教えすればももこ様はお悩みになるだろう……だが、以前にな、邪神教徒全員で決めたのだ。ももこ様の幸せのために、例えももこ様が望まれていなかったとしても、必ず元の世界にお送りする……と」



 そう決意した大僧正であったが、無意識に握った拳をほどいてみれば、大量の汗が滲んでいた。



「……はぁー…………わーったよ。俺も一緒についていってやっから……まったく、世話の焼けるヒラメだぜ……まさか傭兵だったこの俺様が老人介護の仕事に就くとは思わなかったぜ……」


「てっちゃんよ……すまんな……………………とでも言うと思っておるのかっ!! この鼻タレ小僧がっっっっっ!!!!!!」


「おわっ! 二人とも、仲がいいのは分かったから俺の前で喧嘩しないでくれ!」


「「誰が仲良しだ!!!!」」



 まったく同じタイミングで二人に迫られるアレスであった。













 大僧正が天帝との定例会議を終え、ミモモの家に着いたのは丁度夕暮れのことであった。

 ももこに会えるというのに、その表情は優れなかった。


 大僧正は、会議が終わった後、転生者帰還の儀式の件を天帝に聞いてみたのだ。

 結果はアレスに聞いた情報の通りであった。

 過去に天子を元の世界に帰還させた記録がしっかりと残っているそうだ。

 それもかなり詳細に説明が残っており、準備さえ整えばいつでも儀式は行えるとのことだった。

 キリコも帰還方法があることを知っていたそうだが、キリコが日本に帰りたがるわけもなく、詳しい内容まで知りたがらなかったそうだ。


 ミモモの家の畑を耕す者が見えた。

 テムジャであった。



「おお、ヒラメのおっさん……そっちはどうだったんだ?」


「……やはり、帰還の儀式はあるそうだ。頼めばすぐにでも準備すると……天帝が約束してくれた。それで、ももこ様はどちらに?」


「あー…………うん、まぁ……その……」


「な、なんだ……? まさか!! ももこ様に何かあったのか!!」



 珍しくテムジャの表情が沈痛なものになっていた。

 その表情は大僧正を不安にさせるには十分すぎるもので、大僧正はテムジャに詰め寄った。



「……す、すまねぇ……ヒラムェチャルのおっさん……実はな、俺が口を滑らせちまって……帰還の件な……ももこに言っちまったんだ。それで隠すこともできずによ……」



 テムジャの肩に食い込んでいた大僧正の指から力が抜けていく。

 本気で責められることをテムジャは覚悟していた。

 しかし、大僧正はテムジャが想像していたような怒声をあげたりはしなかった。



「なんだ……てっちゃんよ。お前から素直な謝罪が聞ける日が来るとは思わなかったぞ」


「……本当にすまねぇ……」


「……いいのだ。てっちゃんよ……私もももこ様にどう言おうか、今の今まで考えあぐねていたのだ……それで、どこまで喋ったのだ? ももこ様はの御様子は?」



 テムジャは内心、大僧正に感心していた。

 てっちゃんと呼ぶのも大僧正の気遣いからくるのだろうと察してた。

 男として、テムジャは大僧正を慕っていることに改めて気が付いた。



「帰還の儀式があることは以前にキリコから聞いてたみてぇでよ、ももこも知ってたんだ……それで、邪神教徒はももこの幸せの為に、ももこを元の世界に帰そうとしていることを、つい喋っちまってな……その後ももこの奴、大泣きしてよ……それが普段の泣き方と違って暴れやがるんだ……どうしても帰りたくないっつってな。ミモモばあと俺とキリコでなだめてたんだが、最後はキリコまで大泣きしはじめてな」



 大僧正はテムジャの話を聞いて、心臓が握りつぶされそうな感覚を覚えた。

 想像するだけでこれなのだ。現場に居合わせたら死んでいたに違いない。



「それは……すまんかったな。嫌な役をやらせてしまった……」


「いや、俺の責任なんだ。謝らないでくれ」


「ももこ様は?」


「今はキリコと手を繋いで、泣きつかれて縁側で寝てるぜ。ミモモばあに任せてある」


「そうか……」


「ヒラムェチャルのおっさんよ……」



 テムジャは頭を掻きながら、言いにくそうに切り出した。



「……なんだ?」


「あのよ、邪神教で決めたこと……ももこの幸せのためなら、例えももこが反対してもってやつな」


「うむ……」


「ももこの意見も聞いてやったほうがいいんじゃねぇかな……」


「……」



 今回の件に限ってはそうかもしれない。

 大僧正も薄々気付いていたことだった。

 他のことならいざ知らず、今生の別れになるかもしれない今回の件に関してはテムジャの言う通りだと思えた。



「あいつ、泣きながら暴れてよ。俺でも抑えるのに一苦労したんだぜ?」


「元傭兵のお前も、暴れる子供はおさえられんか」


「ああ、特にももこはなぁ……でもな、ももこのやつ……邪神の命令は使わなかった……」


「……そうか。そうだろうな……」



 テムジャは腰に手を当て、大僧正から視線を切って話を続けた。

 照れているようにも見えるのは夕日のせいかもしれない。



「ももこが間違った道に行きそうになったり、一人で解決できないことに直面して迷ったりしたとき……俺たち大人が手を貸してやったらいいと思うし、ももこの将来の幸せを考えてやるのも俺たち大人の仕事だ……それは俺も分かるんだ。でも、ももこは俺達が思っている以上に、大した奴だ……あいつなら、周囲の幸せも考えられるし、自分の幸せも自分で見つけることが出来るんじゃねぇかな……俺たち大人は……家族は、その手助けをしてやるべきなんじゃねぇかと……ああ、なんだ、俺らしくもねぇな……」


「てっちゃんよ」



 大僧正に呼ばれ、テムジャは顔をあげた。

 大僧正の表情から、先ほどまでの不安げな色は一切なくなっていた。

 そこにあったのは、固い決意の色だった。



「私はすぐに屋敷に戻る。今の話、ミモモばあにも伝えてくれ。そしてももこ様とキリコ殿が起きたらすぐに屋敷にお連れするようにと。伝えたらてっちゃんも屋敷に来なさい」



 必要なことだけを述べて、大僧正は踵を返し屋敷に向かって歩き出した。



「ヒラムェチャルのおっさん……!」


「ヒラメでいい」


「え……」


「ありがとう、てっちゃんよ。心が決まった。そしてこれからは私をヒラメと呼びなさい。……いつものようにな」



 ニッと笑みを浮かべて大僧正はこの場を去っていった。



「はぁ……かなわねぇな……まったくよ。大僧正にしろミモモばあにしろ……ももこだって……力だけじゃかなわねぇ奴が本当に多いぜ……へへ」









 夜の帳が下り、辺りがすっかり暗くなった時間に、ももこはミモモとキリコに手を引かれて屋敷の前に戻ってきていた。

 ももこもキリコも散々泣いたせいで、まぶたが大きく腫れてしまっていた。



「ももこ様や……だぁいじょうぶ。おばあと一緒に、みんなとお話しよう? おばあはみんなの気持ちも痛いほど分かるけど、ももこ様の気持ちだって分かるんだよぉ? きっと話し合えば、いい方法も見つかるべ?」


「ミモモおばあちゃん……」


「ももこ、大丈夫。私がついていてあげるから……その……一緒にいてあげるわ。心配しないで」


「キリコちゃん……」


「それにね、ももこ……邪神教の皆も、ももこの幸せのことを一生懸命考えているわ。私には見えるの。さっきまでももこのことで、全員が真剣に話し合ってたのよ。ほら、屋敷の前を御覧なさい。みんなが勢ぞろいしてるわよ」



 キリコに言われ、ももこは屋敷の方を見た。

 遠くからでは暗くて分からなかったが、屋敷の前に大僧正をはじめとする邪神教徒達が揃っていたのだ。

 歩いてくるももこ達に気付き、大僧正が一歩前に出た。



「ももこ様……おかえりなさいませ」


「ヒラメちゃん……」


「ももこ、大丈夫か?」


「てっちゃん……うん……さっきは……ごめんね?」


「いいってことよ。それより、ももこの気持ち、ちゃんとヒラメのおっさんに伝えてみろ。結論がなくたってかまわねぇ。悩んでるなら悩んでるって言ってみろ。な?」


「……うん!」



 ももこは迷っていた。

 ずっと日本に帰りたかったのだ。

 しかし、邪神教徒達やキリコと、ずっと一緒にいたいとも願っている。

 もはや両方の想いは、天秤にかけても、どちらにも傾かない。

 キリコから日本に帰る方法があると聞いたあの日から、ももこはずっと考えていたのだ。



「ヒラメちゃん……それに白装束のみんな……ウチね……日本に帰りたい」


「ももこ様……」


「でも、みんなとも一緒にいたい。キリコちゃんも、ヒラメちゃんもてっちゃんも、ミモモおばあちゃんも、白装束のみんなとも……ずっと仲良く暮らしたい……」



 ももこの話を、その場の全員が静かに聞いていた。

 こんな風に全員で真剣に話し合うことが、ももこがこの世界にやってきてから増えたなと、大僧正は考えていた。

 信者達の話に耳を傾けることが大僧正の仕事の一つであったが、今となっては仕事という意識はなかった。



「みんな、ウチの家族やもん!! 日本に居るウチの家族と一緒……邪神教のみんなも同じくらい大事なウチの家族やもん!!」



 そう、ももこの言う通り、大僧正や邪神教徒の心に芽生えたのは家族愛だった。

 ももこを通して、お互いを家族と思うようになってきたのだ。



「ウチ、分からへん……どっちも大事やし、どっちとも一緒に暮らしたい……でも、ウチの幸せやって言って無理矢理帰らされるんも嫌やもん……そんなん絶対嫌やもん!!」



 大粒の涙が、薄紫の瞳からボロボロと零れている。



「ももこ様……我々は、ももこ様の幸せのためならば何でも致します。例えももこ様が嫌がっても時には心を鬼にして、ももこ様の幸せを実現する……そう固く誓い合いました」


「ヒラメちゃん……そんなん……嫌や! ウチ、今は帰りたくない!」


「ええ……分かっております……分かっていますとも……ですから今まで邪神教一同、緊急大会議を行っておりました。そこで出したみんなの結論を……聞いていただけますか、ももこ様?」



 ミモモとキリコが、ももこの手を一層強く握り締めた。



「大丈夫よ、ももこ」


「そうさぁ、キリコちゃんの言う通りだよぉ。みぃんな、ももこ様のこと、だぁい好きだから」


「うん……分かった!」



 邪神教徒はももこ達を囲むように移動しはじめた。

 信者達が作るサークルの中心にはももこ達。

 そして信者達は一斉に片膝をつきはじめる。


 ももこが邪神になると決意した日、みんなに力を貸してほしいと頼んだときと、同じだった。



「ももこ様……どうか、どうかヒラメの我侭をお許しください……最初で最後の我侭を……ずっと……ずっと我々と一緒にいていただきたいです……! します!」



 大僧正が片膝をつきながら、涙を流しつつももこに懇願した。

 そしてそれに続くように信者たちからも次々と声が上がった。



「ももこ様、我々はももこ様のおそばにずっといたいです! します!」


です、ももこ様! 家族と離ればなれになるのは……もう嫌なんです!」


「ももこ様!」


「ももこ様ぁぁ!!」


「ももこ様、です!!」



 信者達の涙の懇願に、ももこの体に熱い何かが駆け抜けた。

 もちろん、信者達に邪神の能力などない。

 しかし、ももこにとって、信者達の心からの願いは、邪神の命令などよりもはるかに強い効果があった。



「みんな……みんなぁ……みんなのおねがい、断れるわけないやんか……うん、うん……ウチ、そばにおるよ……! みんなと一緒にいるよ!」


「ももこ様、だから言ったべぇ? だぁいじょうぶだって。それにおばあは、最初からももこ様と一緒だって、ずぅっと言ってたよぉ?」


「うん! うん!!」


「ももこ様」



 立ち上がった大僧正が改めてももこの名を呼んだ。



「我々はももこ様の願いなら、邪神の命令などなくても、全て叶えてみせます……! 我々は話し合いました。ももこ様が日本とこちらの世界を行き来できる方法や、向こうの様子を見ることが出来る方法、我々がももこ様にお供して世界を一緒に渡る方法……もしかしたらあるかもしれない……それを信じて世界中探します。ももこ様の幸せのためなら……我々はなんだって実現できます!」


「ヒ、ヒラメちゃん……」


「ですから、その方法が見つかるまで……我々と一緒にいて欲しいのです!」


「あはは、ヒラメちゃん、それやったらその方法が見つかった後もずっと一緒やん! ずっとずっと……一緒!」


「はいっ……ももこ様……!」


「ももこ……私からも。一人にしないで……ね?」



 キリコに背中から、強く抱きしめられた。

 ももこはキリコの腕に優しく触れて答えた。



「うん……キリコちゃん、ウチ、キリコちゃん置いてどこにも行かへんよ。大丈夫やで」


「私の千里眼を使えば、大僧正が言った色んな方法も見つかるかもしれないし、実現できるかもしれない……私も頑張るわ」


「うん……ありがとうな、キリコちゃん。ほんまにありがとう……」



 我侭で、優しい、みんなのおねがいを、ももこは断れるはずもなかった。

 ももこはとても満たされた気持ちになっていた。

 大切な人に、大切にされ、必要だと言われたとき、人は心が満たされる。

 穏やかで優しい気持ちになれる。

 そして自分もまた、大切な人を大切にし、必要だと素直に言ってあげることができるようになる。


 優しさは巡っていく。

 優しさを忘れた者に響くこともあるかもしれない。

 そうして人は繋がっていく。


 ももこの優しさはいつか、もっと多くの人に響くかもしれない。

 邪神教徒達やキリコたちから貰った優しさも、ももこを通して色んな人に巡っていくだろう。

 世界を優しさで包んでしまうくらいに──





「キリコちゃん、ウチ、命令になっちゃうからあの言葉は使えへんねんけど……あんな、ウチもキリコちゃんとずっと一緒にいたいよ」


「……使っていいわよ」


「え……で、でも──」


「だって同じことだもの。遠慮しなくていいわ。お願いされてもされなくても、私はずっと一緒にいるから」


「キリコちゃん……うちとこれからもお友達でいてな? ずっと一緒におって? あの……その…………えへへ」


「ふふ……もちろんよ。大好き、ももこ」





                                  おしまい





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