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お屋敷に入ろう

「ヒラメちゃん、ミモモおばあちゃん……ちょっと聞きたいことがあるんやけど……ええかな?」


「んん? ももこ様、なんだべ? なんでも聞いてええよぉ?」


「ももこ様、どうかなさいましたか? ヒラメに分かることでしたら何でもお答えいたします」


「あんな、ウチの能力のことやねんけどな──」



 ももこは自身の能力のことを自分なりに必死に考えていた。

 それは自分のためではなく、キリコのため、邪神教信者達のため。

 そして誰も傷付かないために必要なことであったのだ。

 そのためにはやはり、大人の意見も必要だと判断したのだった。

 大僧正とミモモの二人は、ももこの話をゆっくりと真剣に聞いていた。







「おぅ、ヒラムェチャルのおっさん! 連れてきたぜ!」



 兵士たちからすれば、魔法のような力で攻撃ができなくなってしまっており、色々な武器を試そうとする者や武器を持たずにテムジャに襲い掛かろうとする者など様々いたが、テムジャに危害を加えることのできる者はおらず、睨みを利かすことで精いっぱいであった。

 テムジャはその中から、指揮を執っていたと思われる者の首根っこを掴んで、大僧正の前まで連れてきたのであった。



「ご苦労」


「へっ! 偉そうに! んで、どうすんだよ」


「ももこ様のお力が及んでいる内に、天子の居場所を聞くまでよ」


「んなもん、簡単に吐くわけねぇだろうが……ん、ああ、いや。まぁ、好きにしろや」



 テムジャはももこの能力のことを口にしそうになって慌てて言葉を濁した。

 そして相変わらず睨みを利かせている兵士の前に、ももこの手を引きながら大僧正が立った。



「天子の居場所を教えてもらおう」


「……その前に、お前たちはいったい何者だ? 目的は天子か?」


「我々は邪神教信者である。天子は屋敷のどこにいるのか、答えてもらおう」


「邪神教……? あの噂の邪神教が本当にいたのか?」


「答えるのか? 答えないのか? どちらか?」



 兵士は知っているのか知らないのか、それ以降は俯いて押し黙ってしまった。

 大僧正も無言の圧力をかけるが、時間をかけすぎるのもよくない。

 ももこの能力の効果がいつまで続くか分からないからだ。

 そして押し黙ってしまった兵士を見て、今度はももこが兵士の前に立った。

 ももこは深呼吸をした後、兵士の方を見ながら拡声器は使わずに大きな声で能力を使用した。



、右手を上げて!」



 兵士の体が一瞬硬直し、そしてすぐさま右手を挙手し始めた。



「こ……これは……なんだ!? 右手が勝手に!」


「ももこ様……」



 大僧正はももこに頷いてみせた。

 ももこも頷きをもって返す。

 今の命令で、ももこたちは能力の確認がしたかったのだ。

 まず一つ。

 ももこの命令を聞いた大僧正を始めとする周囲の邪神教徒は右手を挙げていなかった。

 つまり、ももこの命令は「他に命令が聞こえた人物がいたとしても、ももこが命令を聞いてほしい人物にのみ効果を発揮する」という性質があることを示している。加えて言うと、姿が見えていなくても、ももこが命令を聞いてほしいと思えば効果があることは、先ほど攻撃が一斉に止んだことで証明されている。

 そして二つ目。

 攻撃を禁止された兵士が右手を挙げたということは、能力の重ね掛けが出来るということを示している。

 悪用すればこれ程までに恐ろしい能力はないだろう。

 これらは先程のももこの質問により、大僧正とミモモの発案で行われたことであった。


 ももこは再び大きく深呼吸をして、大きく息を吸い、拡声器を構えた。



「「ウチらがキリコちゃんを助けるまで、みんな武器をその場に捨てて、この街の外におって! お屋敷にいる人らは正面玄関から出て街の外に行って! !!!!」」



 誰も傷付かずに済む命令をしたい。それがももこの一番大きな相談内容であった。

 それを叶えるには、戦線から離脱してもらうのが一番手っ取り早かったのだ。

 ももこは、どんな風に命令すれば誰も傷付けずに済むのか、一番信頼している二人に相談した。

 できるなら自分一人で考えて命令をして済ませたかったが、その結果、誰かが傷付いてしまうことはどうしても避けたかったのだ。


 屋敷の周囲にいた兵士たちが武器を地面に捨て、ぞろぞろと列をなして屋敷の外へ歩き出した。

 屋敷内からも数人の使用人たちが出てきている。

 命令通り、そのままミャーミャの外まで歩いていくのだろう。

 全員が、自身の足が勝手に動き出すことに感嘆の声をあげている。

 中には止まらない足に恐怖を感じている者もいた。


 その声を聞いてももこの心が痛んだ。

 その時、ももこの左手をずっと握ってくれている暖かい手に力が入った。



「ももこ様、なぁんも気にすることないだよ? 街から出れば足は止まるし、それになぁ、だぁれも傷付かんでええようにって、ももこ様の気持ち、おばぁ、大好きだよぉ」


「ミモモおばあちゃん……うん! ありがとう!!」


「ももこ様の痛みはももこ様だけが背負うことはありません。我々邪神教徒がいつでもお側におります! あの者達もここに居るより街の外にいたほうが安全でしょう……それではももこ様、屋敷へ参りましょう。先ほど数人の使用人が出てくるのが見えましたが、この大きな屋敷に数人ということはまずないでしょうな。やはりももこ様の可愛いお声が聞こえなければ命令は通らないと見るべきでしょう。テムジャの小僧!」


「わーってるよ! 騎士の三人連れて屋敷の中に先行してこいっつうんだろ?」


「おお、素直ではないか。頼んだぞ」


「……ももこよ」


「え? なぁに? てっちゃん」



 テムジャは頬を指で掻いて、少し考えてから屋敷の方を向き、ももこに背中を見せながら答えた。



「自分で責任を負うってのは間違ってねぇ。立派だぜ。でもな、一人で出来ねぇこともあんだ。それを認めて素直に人を頼ることも大事だと俺は思う。だからよ、ももこは間違ってねぇ。ばあさんも、ヒラメも、俺もいるんだ。一人で悩むんじゃねぇぞ? それに、ももこはまだ子供なんだからよ」


「うん……うん! ありがとう、てっちゃん!」


「へっ、じゃあ俺ぁ屋敷に行ってくるぜ!」


「よし、我々もテムジャの小僧についていくぞ! 屋敷前で待機した後、小僧の合図で中に入る!」



 こうして邪神教徒達は誰も居なくなった屋敷の庭園を進み始めた。







 邪神教徒達が屋敷前で待つこと数分。

 テムジャからの合図は意外に早かった。

 迎えに来たアレスの後について、邪神教徒達は屋敷内に踏み込んだ。


 邪神教の屋敷よりもはるかに広く、そしてきらびやかな装飾が至る所に施されたエントランスであった。

 大僧正の指示により、邪神教徒の半数は外で待機していた。



「来たわね、ももこ」


「サーシャ姉ちゃん!」


「はひ! ももこちゃんはすっごいですね! 無血開城です!」


「ももこはここに居てくれ。俺は天子様を探しに行ってくる」


「待て待て、アレス! おめぇは本当に目先のことしか考えねぇ野郎だな。ここには誰もいねぇようだが、屋敷内にはまだ大勢いるはずだぜ?」



 テムジャがアレスの襟を捕まえて説き伏せる。

 しかしアレスも黙ってはいない。



「しかし! 天子様が心配だ! じっとしていられない!」


「はぁ……まぁ、勝手にしろと普段の俺様なら言うところだが……ヒラメのおっさんよ!」



 テムジャに呼ばれて大僧正が前に出てきた。

 ヒラメと呼ばれて不機嫌そうである。



「……そうだな。アレス君。君はもう邪神教徒なのだ。勝手な行動は慎んでもらおう」


「だ、だが……」


「アレス兄ちゃん、ウチが頑張るしもうちょっと待ってて? 絶対キリコちゃんを助けるから!」


「ももこ……」


「アレス……ももこみたいな小さな子にまで気を遣わせて……いい加減にしないと……もう口きいてあげないわよ?」


「いや、サーシャ! こ、これは……ご、ごめん……」


「ああ、アレス兄ちゃんもサーシャ姉ちゃんも、喧嘩せんとって? な? ウチ、頑張るし!」



 サーシャは、ももこにそう言われて、自分もアレスと同じように、ももこに気を遣わせてしまったと気が付いた。

 そしてももこの頭を優しく撫でた。



「……ごめんね、ももこ。私たちは聖天騎士団だけど、ももこを守る邪神教徒でもあるから……ももこばかりに頼ってしまってごめんなさい」


「うん! ウチ、みんながいてくれるから大丈夫やで!」



 ぱぁっと花が咲いたように笑うももこを見て、サーシャはももこを心から守ってやりたいと思った。

 本当は争いごとなどしたくないももこを巻き込んでしまったことを、どうやったら償えるだろうかと考えていた。



「ヒラメちゃん、ミモモおばあちゃん、ウチのそばにおって……」


「はいよぉ。おばあはいつでも、ももこ様のそばにおるよぉ」


「私はミモモばぁよりも数センチは近くにおりますぞ」



 拡声器を握る、ももこの手が震えていた。何度やっても慣れるものではない。

 覚悟を決めたとはいえ、本当は命令など使いたくない。

 何よりも人を無理矢理服従させることが、ももこにとって恐ろしかった。


 そんなももこの気持ちを敏感に察している大僧正とミモモは、ももこの肩に手を置いてしっかりと寄り添ってやった。



「「みんな、一階の玄関前に来て整列して! それと、誰にも絶対に危害を加えんといて! !!」」



 一人、また一人と、屋敷にいた人間が驚嘆の声をあげながら、集まってくる。

 使用人、兵士、色々な人間がいた。


 そしてそのなかに、一際豪華なマントを羽織り、宝石などの装飾品をふんだんに身につけている男もいた。

 男は突然の出来事に慌てふためき、そして命令口調で何かを叫びながらこちらへ歩いていた。



「オコニャン伯……!」



 身なりを見れば想像がついたが、サーシャのその呟きを聞いて誰もが納得した。

 天子キリコ誘拐の黒幕、オコニャン伯がももこ達の前に現れた。

 そして文句を言いながら、列の先頭に並んだのだった。

 その姿勢は、ももこの命令通り、背筋を伸ばした綺麗なものであった。

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