「な、なんだあいつら……」
「気持ち悪い……何かしら……」
邪神教徒達はついにミャーミャに到着していた。
事前に情報を得たとおりオコニャン伯の屋敷に向けて、大通りを進んでいた。
白装束達の行列に、街の住民達は困惑しており、あまりの異様さに一定の距離を取って見ていた。
「なんか、ウチら……怖がられてるんかな」
「まぁ、仕方がないでしょうな。白装束集団が街中に行列を作ったら、知らないものからしたら気味が悪いでしょう」
街に入ってから、ももこの周りを白装束達が囲むような陣形を組んで歩いていた。
それでも、白装束達の間を縫って民衆達の表情が時折見えていた。
「大僧正、本当にオコニャン伯のところに天子様がいるの?」
大僧正の隣を歩いていたサーシャが確認のために問いかけた。
疑っているわけではないが、もしも誘拐した犯人がオコニャン伯であるなら国を揺るがす大問題になりかねない。
「そうだ。ももこ様救出後に天子の追跡をしたところ、オコニャンの屋敷に入っていったという情報が入ったからな」
「そう……ですか。これは大変なことになりそうね。天子様……無事ならいいんだけど……」
「きっと無事さ! サーシャ! ももこ達にばかり頼っていられないけど、とにかく今は天子様をお救いすることだけを考えよう!」
「はひっ! 大僧正さん、言われた通り、黒装束達を変装させて町中に散らせました! 一部の黒装束は私達に追従するように近辺の警護をさせています!」
「カノンナさん、ありがとう。さぁみんな、目的地まであとわずかだ! 何があっても、ももこ様をお守りするぞ!」
「「「「おーーー!!!!」」」」
サーシャもアレスもカノンナも、ももこの為に心を一つにしている教団員たちに驚くと同時に、少し羨ましくもあった。
そしてキリコを救い出せたら、今度はもっと心を開いてもらえるように努力しようと決意を新たにしていた。
オコニャン伯の屋敷までは何の邪魔もなくすんなりと来ることができた。
高い塀に囲まれた屋敷はとても豪華で、至る所に金を使った意匠が施してあった。
それこそが商業都市で財を成した証でもあった。
大きな鉄格子のような門の向こうには手入れのいきとどいた庭園と大きな噴水が見える。
まるで御伽噺に出てくるような光景を、ももこは感心して眺めていた。
しかしももこの意識は、槍を重ね合わせる金属音で現実に戻された。
「なんだお前達は。見るからに怪しいが、ここがどこか分かっているのか!?」
「武装……はしていないのか? 白装束など着込んで、何の集団だ!」
二人の門番が互いの槍を交差させて、ももこ達の行く手を阻んだ。
「俺らはここの主に用事があるんだ。ここを通してくれねぇかい?」
テムジャは背負っていた大剣を抜いて、地面に突き刺しながら門番たちに迫った。
「こら、テムジャの小僧。そんな交渉の仕方があるか」
「ヒラムェチャルのおっさんよ。こうでもしなきゃ、こいつら通してくれねぇぞ? こいつらも仕事だからよ」
「何を言っているか分からんがそこの大男の言う通りだ! 約束もない者は誰であろうと通すことは出来ん!」
「だとよ。どうすんだよ?」
金銭でも握らせようかと大僧正が考えたそのとき、ももこが後ろから前に出てきた。
その瞳は美しい薄紫色に輝いていた。
「ごめんな、何も言わんとウチらを通して欲しい……絶対に誰も傷付けたりせぇへんし、
ももこのその言葉を聞いて、二人の門番の視線が一瞬だけ宙をさまよった。
そしてすぐさま重ねていた槍を戻した。
「「……ど、どう……ぞ、お通りください」」
「ありがとう。ほんま、ごめんね?」
「ももこ様……」
「ヒラメちゃん、行こ! ミモモおばあちゃんも! ウチ、絶対キリコちゃんを助ける!」
「……あいよぉ、ももこ様。帰ったらみんなでおやつを食べようなぁ」
「ももこ様……なんという慈悲の心……ありがとうございます!」
ぞろぞろと、邪神教の行列がオコニャン伯の敷地内に入っていく。
先頭を行くももこ達の背後で派手な破裂音と共に信号弾らしき狼煙が上がっていた。
「門番の奴ら……ありゃ侵入者の合図だぜ? どうする、ヒラメのおっさんよ!」
「お前がヒラメと呼ぶことは許さんぞっっ! てっちゃんがっっっ!」
「ああん!? おっさんこそ俺様のことをてっちゃん言うんじゃねぇよ!」
「カーーーーーーーーッ! 二人とも、喧嘩しとる場合じゃねぇべ! ももこ様をお守りせいっ!」
ミモモに怒られてしまっては大僧正でさえ何も言い返すことができない。
大僧正の頭の中ではすっかりミモモのほうが序列が高くなってしまっていた。
大僧正の中で、ももこに好かれているランキングのトップはミモモであったからだ。
「くっ……覚えておれよ、小僧……まぁ、狼煙を上げられたのは仕方がない……ももこ様は門を通して欲しいとお願いされたが、それ以外はお願いに含まれてはおらんということだろう……テムジャの小僧、前を向け! 兵士が押し寄せてくるぞ!」
ももこは今の大僧正の言葉を聞き逃さなかった。
自分の「命令」の能力について、その効果も使い方もまるで考えてこなかったももこが、ここに来て初めて思考を巡らせていた。
自分のして欲しいこと、して欲しくないこと。それらを全て的確に相手に伝えなければ一つだけ命令をしても駄目なのだ。
「くるぞ! 白装束共、ももこの周りを固めろ!」
テムジャの叫び声と共に、ももこと大僧正、そしてミモモの三人を大勢の白装束達が円陣を組むように取り囲んだ。
そしてその集団から少し前に出たテムジャと聖天騎士団の三人が、屋敷から出てきた兵士達と向き合った。
ぞろぞろと、武装した兵士達が絶え間なく外に出てきている。
テムジャはその場から素早く索敵を行ったが、数が多すぎる。
屋敷の玄関扉から出てきた兵士の数も相当だが、窓から弓を構えている兵士、屋敷の端や茂みにも潜んでいるのが見える。
「全員が完全武装じゃねぇか……ちょっと過剰に武力を集めすぎなんじゃねぇのか? ここはよ」
「テムジャさん、その割りに顔が笑っているわね」
「はひっ! す、すごい人数ですぅ!」
「よし、俺が先に突っ込むから、みんな、俺に続いてくれ!」
テムジャが、意気込んだアレスの後頭部を軽く叩いた。
「な、何をする! あいてててて……」
「ばーか。熱くなるんじゃねぇよ」
「我ら聖天騎士団はあの程度の数の一般兵士におくれはとらないぞ!」
「俺様だってとらねぇよ。あれくれぇ、俺一人で突破できらぁ。だが、そういうことを言ってんじゃねぇ」
ため息混じりにサーシャが二人の会話に割って入る。
「そうよ、アレス。テムジャさんの言う通りよ」
「な、なんだよ、サーシャまで」
「はひっ! ももこちゃんを守るのが今の私達の仕事です!」
「そういうこった。それにな、俺達のももこは、敵にも味方にも誰一人傷を負ってほしくないんだとよ!」
「そ、そんなこと言っても守ってるだけじゃ天子様は──」
そのとき、兵士達が一斉に弓に矢をつがえた。
正面玄関前に控える兵士はもちろん、屋敷の窓や建物の影、様々な場所から百を優に超える矢が邪神教徒に向けて放たれる。
テムジャと聖天騎士団三人の反応は早かった。
矢が風を切って迫ってくるのと同時に、それぞれが配置に付き抜刀し迎撃体制をとった。
「おら……よっっっ!!!!」
テムジャの大剣が空を裂いた。その際に発生した強烈な剣圧が一瞬だけ真空状態を生み、多数の矢が引きこまれるように失速して地面に落ちた。
「サーシャ、大丈夫か!?」
「誰に言ってるの……よっ!」
アレスとサーシャは直剣で矢を迎撃していた。
その剣捌きは見事で、襲い掛かる矢を次々と叩き落としていた。
剣速はサーシャのほうがやや上だが、力ならアレスの方が上である。二人とも同じ剣術を使いこなし、なんとか後方の邪神教徒に被害が出ないようにしていた。
「ほぉ! カノンナの嬢ちゃん、やるじゃねぇか!」
「は、はひいいぃ!」
カノンナは徒手空拳。武器を持たずに己の肉体のみで矢を防いでいた。
やっていることはテムジャと同様で、目にも止まらないほどの拳速と蹴りで矢を落としていた。
「ももこ様、大丈夫ですか!?」
「めっちゃ矢が飛んできてる……ヒラメちゃん、てっちゃん達が危ない!」
「大丈夫、あやつらは次々に矢を落としております。もう少しの辛抱です」
「ううん……こんなときのためのものやもん……ウチに任せて……」
「ももこ様!?」
ももこは首からさげた拡声器を握りしめ、口に当ててから空に向かって突き出した。
大きく息を吸い、覚悟を決めて言葉を放つ。
「「ウチらに攻撃をせんとって!
拡声器で放たれる「命令」。
その瞬間、ピタリと矢の雨がやみ、攻撃が収まった。
「うおっ! この大声は……ももこか!?」
拡声器の威力を初めて目の当たりにした邪神教徒一同は目を白黒させていた。
これほどまでに大きな声を聞いたことがなかったからだ。
「ももこ様……そ、その道具、それほどまでにすごいものとは……」
「あんれまぁ、ももこ様。おばあはびっくりしただよぉ」
「ご、ごめん。声出す前に注意した方がよかったね……」
「いんや、なんもだべ。早ぅせんとみんなが危ないって、ももこ様は思ったんだべ?」
「ミモモばあの言う通りですぞ、ももこ様。謝ることなどありません」
驚いていたのは前線にいたテムジャや聖天騎士団三人も同じであった。
「ももこ……なのか、今のは……」
「凄い声だったわね……」
「は、はひー、びっくりしました」
「へへっ。すげぇじゃねぇかよ。俺らのももこは」
もう追加の矢が来ないことを確認して、テムジャは構えを解いて高らかに笑った。
それを聞いていた大僧正とミモモは頷きながら、どこか誇らしげな表情でももこを見ていた。
ももこはすごい。
テムジャのその言葉は「邪神の能力」がすごいと言っているわけではない。
人に命令をするには覚悟がいる。責任が伴うからだ。意思とは関係なく絶対に従ってしまう「邪神の命令」であればなおさらである。
それを子供ながらにももこは理解していた。
もちろん、なんとなくではあるが、その責任を周りの大人に委ねることをしようとしなかった。
「ウチ、なんて言って命令したらいいの?」とももこに聞かれれば周囲はそれに答えるだろう。しかしそれはももこの言葉ではなく、答えた人間の言葉になってしまう。かと言って自分で考えなさいと突き放すこともしたくない。
大僧正もミモモも、そしてテムジャも、ももこの振る舞いを見て誇らしい気持ちになっていた。
「テムジャの小僧! 誰か一人でいいからここまで連れて来い!」
「あんだよ、人使いが荒いおっさんだな……わーったよ!」
テムジャはしぶしぶといった様子で大剣を肩に担ぎなおした。
「へへ、しっかし、この分だと本当に誰も傷付けずに終わらせそうだな。……邪神の力ってのがももこのもので良かったんだろうなぁ……」
テムジャは、傭兵の仕事ももう終わりだなと呟きながら、自身を睨みつけている兵士達の方へ歩みを進めたのだった。