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自分の身を守ろう

「アレスさん、アレスさん! 起きてください!」


「う……カ、カノンナ……?」



 天子キリコの「秘密の場所」の一つである、商業都市ミャーミャのパン屋の一階でアレスは目を覚ました。

 アレスを起こしたカノンナは、見たことがない程に狼狽し、そして警戒心をむき出しにしていた。

 アレスはカノンナの表情を見て何か異変が起きていることを察したが、目覚めて間もないためにうまく思考をまとめることができなかった。


「……カノンナ? 何かあったのか? 俺は一体何を……」


「……分かりません……恐らく気付かない内に襲撃を受けて眠らされたんだと思います……」



 普段のカノンナの喋り方ではない。明らかに余裕がなくなっている。

 もやがかかったようなアレスの頭の中が徐々に晴れてくる。

 アレスは事態の深刻さと、キリコの状況に思い至った。



「カノンナ……天子様はご無事なのか!?」


「…………」



 今までにも襲撃を受けたことは何度かあったが、ここまでの事態は初めてであった。

 天子キリコの身が無事であるはずがない。

 そのことをカノンナの表情が如実に語っていた。

 そしてここまでの侵入を許してしまったのだ。パン屋の周辺に配置していた黒装束たちも全滅であろう。

 アレスは覚悟を決めてカノンナに問いかけてみる。



「……もしや天子様は……」


「いえいえ! 攫われてしまったことは確実ですが、恐らく殺されてはいないかと……あくまでも可能性の話ですけど……」


「そ、そうか……どっちにしても寝ている場合じゃないな。攫われたとしたらももこも一緒か……そうだ、サーシャはどうしたんだ? 姿が見えないけどもう起きてるのか?」



 そう言うと、アレスは立ち上がり腰に下げた剣の確認をしようと手を伸ばした。

 手を伸ばそうとして気が付く。カノンナが床に座り込んだまま立ち上がろうとしない。



「カノンナ? どうしたんだ?」


「はひっ……いえ……」


「カノンナ、早く天子様を助けに行かなきゃだろう?」



 ここにサーシャがいればアレスの後頭部をはたいていたかもしれない。

 アレスは真っ直ぐで正直な性格をしていたが、空気を読めなかったり人の気持ちに鈍感なところがあった。



「……カノンナ?」


「わ、私……護衛失格ですね! あはは……簡単に眠らされて……なんで殺されなかったんでしょうかね……はは……」


「なんでって……殺されなくてよかったじゃないか? うーん、でも殺されなかった理由は俺にも良く分からないな」


「そ、そうですよね……すみません……」



 ジワリとカノンナの瞳が湿り気を帯び始める。



「いくら強くても、お側に居ても、肝心な時にこれじゃあ……殺された方がマシだったかもしれません……」


「え? なんでそうなるんだ? 生きてなきゃ天子様を助けられないじゃないか。しっかりしろよ、カノンナ。あいたっっっ!!」



 頭を叩くいい音と共に、アレスの言葉が遮られた。

 頭をさすりながら振り返るアレスの目線の先には、鼻息を荒くしながら睨みを利かせたサーシャが立っていた。



「サ、サーシャ? 痛いじゃないか!」


「アレス、ちょっと黙ってなさいな」



 サーシャはアレスの抗議を聞き流し、しゃがみ込んでカノンナの背中を優しくさすってやった。



「カノンナ、やっぱり周囲の黒装束は私たちと同じように全員眠らされていたわ。殺されていないのは不幸中の幸いね」


「はひ……そうですか……」


「……カノンナはいつも天子様と一緒だったものね。落ち込む気持ちも分かるわ」


「…………」


「もしかしたら天子様のお姉さんになったような気持ちもあったのかもしれないわね」


「はひ~~! そそそ、そんな恐れ多いです!!」


「私もね、ももこと一緒にいて……少しだけならその気持ちが分かるわ。でもね……」


「サ、サーシャさん……」



 カノンナが覗き込んだサーシャの表情は優しくも厳しいものだった。



「立ちなさいカノンナ。気持ちは分かるけど私たちは聖天騎士団の騎士よ。私たちの失態を罰せられるのは天子様しかいないわ。だからすべては天子様を助けてからよ。助けた後で一緒に罰せられましょう?」


「サーシャさん……」


「さぁ、カノンナ」



 サーシャは薄く笑みを浮かべながらカノンナに手を差し伸べた。

 その手に、カノンナは自身の手を重ねる。



「は、はひっ!」



 周囲に配置していた護衛も含め、全員がミースルの手によって眠らされていたので、誰もキリコの行方を知らない。

 それだけではなく、ミースルの姿すら確認していない。

 護衛としては失格もいいところだが、サーシャの言う通り、それを嘆くのはキリコを助けてからでも遅くはない。

 こうして聖天騎士団による天子捜索が開始された。 




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 キリコ救出を決意したももこであったが、大僧正の提案によりひとまず屋敷に戻ってきていた。

 ももこは屋敷に入るのをためらっていたが、魅了の能力には時間経過が必要なため、即座にももこ様病を発症する者はいなかった。

 ももこは屋敷の地下一階、儀式の間の中央にある聖杯に腰を掛けてニャンニャの実のジュースを飲んでいた。

 地下一階へ連れてきたのは大僧正である。



「……ももこ様」


「どうしたん? ヒラメちゃん」



 大僧正はももこと目を合わそうとしない。苦しそうに床を凝視しているように見える。こういう時の大僧正は言いにくいことを言おうとしているのだと、ももこは分かっていた。



「ももこ様……その……ももこ様は邪神になられると決意されました……」


「うん……ヒラメちゃん、もう遠慮せんでもええよ? ウチ、ヒラメちゃんのこと信じてる。ヒラメちゃんはウチのことを一番に考えてくれてるって……ちゃんと分かってるから」



 大僧正は、ももこの言葉に胸が詰まる思いだった。

 もう臨界点にまで達していたと思っていた心の中の「ももこ様好き好きゲージ」が、熱く煮え滾りながら更なる限界を突破しているのを感じていた。



「ももこ様……ありがとうございます。実は初代邪神様が残された発明の中に、『邪神専用の最強武器』が残されているという記述がございます」


「……武器……」


「はい……恐ろしい武器が沢山残されているそうですが、その最強武器は武器でありながら邪神様の身を守るものらしいのです」



 ももこはそこまで聞いて、大僧正の気持ちが分かった。

 誘拐の一件で、自分自身がどうしようもなく無力であることを痛いほど自覚した。

 キリコを救いに行くとなれば、ミースルのような者との戦闘にもなり得る。

 そうなれば邪神の能力を使うことになるだろうが、もしものことがないとも限らない。

 もちろん、邪神教徒達は喜んで肉壁になるつもりだ。

 しかしそれでも大僧正はももこが心配だし、ももこ自身も守られてばかりではいたたまれない。



「我々はももこ様の『誰も傷付けたくない』という尊いお考えを分かっておりますし、我々もそれを遵守するつもりです。ですから、武器庫内を見て、ももこ様がお気に召さなければ何も持ち出さずにお戻りになられてもよいと思います。使えそうなものがあれば持って帰って来るくらいのお気持ちで……」


「うん……ありがとうな、ヒラメちゃん。ウチ、武器庫に行って、その最強武器っていうのを探してみる! それとな、ヒラメちゃん……ううん、みんなにお願いがあるん」



 ももこからのお願い。

 邪神の能力「命令」ではない、ももこの願い。

 その言葉を聞いて、大僧正をはじめとする邪神教徒達は姿勢を正して耳を傾けた。



「ウチ、必要があれば命令の能力も使おうと思うし、武器庫も行ってみようと思う……でも、もしもな、もしもウチが間違った使いかたしたら、ヒラメちゃんたち……ウチのこと叱って欲しい……ウチが間違えへんように見てて……そしたらウチ、怖くないから」



 その言葉を聞いたとき、邪神教徒達は以前大僧正とともに誓ったことを思い出した。

 ももこの望み通りではなく望むこと以上を自分達で考えて行動すること。そして、ももこが望まないことであっても心を鬼にせねばならない時もあるかもしれないということ。

 全てはももこの幸せのために。

 邪神教徒達の答えは初めから決まっていた。



「「「「お任せください!」」」」


「みんな、ありがとうなぁ」



 そうして、ももこは武器庫の中へ一人で行くことになった。

 武器庫は邪神にしか入れない神聖な場所である。

 両開きの鉄の扉は「命令」でしか開かない仕組みになっていた。

 大僧正の持っていた本に載っている通り「開いて、おねがい」という言葉で扉はすんなりと開いてくれた。



「ももこ様、お一人で大丈夫ですか?」


「うん! 大丈夫やと思う。行ってくるな!」



 ももこが中に入ると扉はひとりでに閉じてしまった。

 カンテラを持たされたももこは地下二階へ続く階段を降り始めた。

 階段の先は暗く、ひんやりとした空気が漂ってきている。まるで違う世界に繋がっていそうな恐怖を覚える。

 カンテラを持つ手に汗が滲み始めた。


 その時、突然周囲が光に包まれた。

 足元の階段やその先にある部屋の入り口がはっきりと姿を表した。



「わっ! まぶしっ……」



 炎の灯りではない。ももこのよく知っている灯り。

 天井を見上げたももこは、光っている物の正体に覚えがあった。



「け、蛍光灯……?」



 こうこうと真っ白な光りを放つそれは、現代日本では当たり前の蛍光灯であった。

 未だ電気が発見されていないこの世界では、存在するはずのないものである。

 ももこは手にしていたカンテラを置き、階段を降りた。

 そしていよいよ武器庫の中へと入っていった。



「うわぁ……めっちゃ……広い!」



 邪神教本部地下二階。

 初代邪神の残した武器庫はももこが想像していたよりも広かった。

 一階エントランスの数倍の面積と、恐らく地上付近まであるであろう高い天井。

 研究開発を行うためなのか、隅には部屋も用意してあった。

 そしてやはり、大量の武器が並べられていた。

 それらを見て、ももこも武器だとはっきり認識できていた。



「あのごっつくて、丸いやつ……爆弾……? なんか教科書の戦争のページに載ってたかも……それに銃も……」



 大きくて黒い鉄製の物体がいくつも鎮座していた。ももこの言う通り、それは爆弾であった。

 しかしその大きさは武器と呼ぶには易しすぎる。兵器と呼ぶのがふさわしい。

 部屋の広い面積のほとんどを、たくさんの大きな爆弾が占めている。そして壁際に設置された台座の上にはいくつもの銃器が並べられている。


 ももこの足が止まった。

 現代の知識を持つももこには、それらがいかに恐ろしい物かが一瞬で理解できてしまったからだ。


 「邪神は異界の知識で様々な道具を作り出し、国を滅ぼした。」


 大僧正に聞いた初代邪神の伝説を、ももこは思い出した。

 初代邪神は、ももこと同じ転生者で、現代知識を使い兵器を開発し国を滅ぼしたのだ。


 ももこの呼吸が浅く早くなる。

 自分でも気付かない内に、その場にへたり込んでしまっていた。



「な、なんで……なんでこんなん……」



 悪意が満ちていた。

 使い方であるとか、持ち主の心次第であるとか、そのような次元ではない。

 ももこの前に、世界に対する確固たる悪意があった。



「で、でも、みんなの家族……キリコちゃん……」



 しかし、ももこは立ち上がった。

 そして壁伝いに歩き始めた。

 置いてある兵器に近づかないように。

 とにかく大僧正が言っていた邪神の最強武器を探してみることにした。


 兵器をなるべく視界に入れないようにして、ももこが歩いた先には研究室があった。

 窓ガラスから中の様子が見える。



「あ、あれって……もしかして」



 中にはももこも見知ったものがあった。

 研究室の扉はノブがついていて、簡単に中に入ることができた。



「これ、運動会でも使ってた……拡声器? やんな?」



 恐ろしい兵器がひしめく空間の中に、武器とは呼び難い機械が大切に保管されていた。

 銃とは形が違う。それはももこの言う通り拡声器であった。

 専用の台座に設置されていた拡声器を手に取ってみる。

 グリップ部分の底が台座と噛み合っている。

 そっと持ち上げてみると、カチャッという音と共に取り外すことができた。



「あ……これ充電式なんかな。でもなんで拡声器──」



 口にしてみて瞬時に閃いた。


 邪神の「命令」という能力。

 そして邪神最強の武器にして、身を守ることのできるもの。



「そっか! この拡声器って……」



 使い方を間違えないように気を付けなければならないことに変わりはない。

 しかしこの日、ももこは自分の身を守る手段を手に入れたのだった。

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