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天子降臨!

 ももこが邪神であると聞かされて、カノンナは口をあんぐりと開けて驚いていた。

 ももこは少し困ったような、少し寂しそうな笑顔を見せる。

 そんなカノンナを無視してアレスを解放したサーシャが口を挟んだ。



「はいはい、カノンナ驚きすぎよ。まぁ……無理もないかもしれないけれど」



 アレスはサーシャに引っぱたかれた頬を擦りながら立ち上がった。



「そ、そうだぞカノンナ。さぁ、それよりも早く天子様のところへ行こう。二階だな?」


「は、はひ~……」


「アレス兄ちゃん、天子様がここにおるんって、もしかしてウチを待ってるゆうこと?」



 階段に足をかけようとしていたアレスが動きを止めてももこの方へ振り返った。



「ああ、そうだよ。このミャーミャニモココというパン屋は天子様の秘密の場所のひとつなのさ」


「秘密の場所?」



 ももこの目が少しだけ輝いた。

 秘密の場所と聞いて興味を引かれたのだ。



「うーん、天子様というお人はお忍びでよくお出かけになられるんだ。だから全国各地にこういった秘密の場所があるんだ」



 アレスの言葉にカノンナが元気よく挙手をして答える。



「はひっ! ですから私はいつも全国を転々としてるんですよ」


「そうなんやね! えっと、じゃあ天子様がここにおらんときはパン屋さんやってないん?」


「いや、やってるよ。普段は神殿に勤めている黒装束達を何人か常駐させてるのさ。もちろん、接客のときは装束を脱いでね」



 アレスはそう言いながら店の奥へと視線をやった。

 ももこもそちらのほうを見てみると、そこにはパン生地を捏ねている黒装束を着た者が数名いた。

 アレスの言葉をサーシャが補足する。



「ただ、天子様が来られると天子様の安全やお世話を優先させてしまって、さっきみたいにお店に誰もいないみたいな状況になるのよ。ももこには分からなかったでしょうけど、店の中はもちろん、店の周りにも数人の黒装束達が天子様の安全を見守っているのよ。だからね……天子様に出掛けられると……物凄ぉぉく、大変なのよ……」


「はひー! サササ、サーシャさん! そんなこと言うと天子様にお叱りを受けますよぉ!」


「ふん、本当のことでしょう?」



 ももこは必死に働いている黒装束達を見て、白装束達を思い出していた。

 三角のフードを被り、ローブに身を包んでいる。

 色が違うだけで同じ格好であった。



「おーい、ももこ! 早くおいで」



 ぼんやりと黒装束達を眺めていたももこに、既に階段を昇ったアレスから声がかかる。

 ももこは、急いで後を追ったのであった。








 二階の廊下の突当りの扉の前でアレスとサーシャは立ち止まった。

 そして両手のひらで庇をつくり頭を垂れながら扉の前に跪いた。

 後ろについているももこは自分はどうしていいのか分からずに立ったままだ。



「天子様、アレスとサーシャ、邪神を連れてただ今帰還いたしました」


「……入れ」



 アレスの言葉に、扉の向こうから声が聞こえてきた。

 少し冷たい感じがしたが、甲高く可愛らしい少女の声である。

 サーシャが後ろにいるももこに視線をやった。



「ももこ、下を向いていなさい。天子様の許可があるまでお姿を見てはいけないわよ?」


「へ……あ、う、うん。わかった」



 姿勢をそのままに立ち上がったアレスはゆっくりと扉を開いた。

 ももこは急いで手のひらで庇を作り、二人の真似をした。

 ももこにはアレスとサーシャの踵しか見えなくなった。

 二人の踵はゆっくりと前に進んでいった。

 ももこもその後を追う。

 ももこの心臓がバクバクと音を立て始める。

 天子への謁見のために、突然雰囲気の変わってしまった二人の様子を見て緊張してしまったのだ。


 二人が立ち止まった。

 そして再び跪いた。

 ももこも急いでその場にしゃがみ込んだ。

 謁見に慣れているアレスが流れるように言葉を紡ぐ。



「天子様、ご命令通り邪神ももこを連れてまいりました」


「見れば分かる」


「はっ……失礼致しました。では我々は後ろに控えております」



 アレスとサーシャは姿勢を維持しながらももこの後ろに下がった。

 すれ違いざまに、サーシャがももこに「頑張って」と小声で呟いた。

 ももこの肩が跳ね上がった。

 いよいよ自分の番になるかと思い、緊張が最高点に達してしまったのだ。



「面を上げよ」



 天子からももこに対して声がかかった。

 しかしももこは一向に動こうとしない。



「おい……ももこ! どうした?」



 ももこの背後から、不審に思ったアレスが小声で様子を伺う。



「え? な、なに? 天子様、なんて言うたん? お好み焼き? え? え?」


「面を上げよ(ノノノミニャミ)って言ったんだ」



 面を上げよ。この世界の言葉では「ノノノミニャミ」と言う。

 ももこはその言葉が分からなかったのだ。

 ももことアレスのやり取りを聞いていた天子が盛大にため息をついた。



「もうよい。アレス、サーシャ。そなたらは下がれ。そう……一階に降りていなさい」


「え!? て、天子様、それは……」


「私の命が聞けないの?」


「い、いえ……畏まりました」



 部屋に残るももこを心配そうに見つめながら、アレスとサーシャは部屋を出て行った。

 ももこは二人が階段を下りていく音を聞きながら、扉を見つめて不安に押しつぶされそうになっていた。

 そして再び、天子のため息が背後から聞こえた。



『ノノノミニャミ……顔を上げてって意味よ』



 ももこは反射的に天子のほうへ振り返った。

 聞き覚えのある言葉。

 ももこは天子のほうを凝視し、次の言葉を待った。


 小さな体に見合わない、大きな椅子の前で座らずにちょこんと立っている少女がそこにいた。

 つりあがった目。緑色の瞳。青い髪を羽飾りで緩いツインテールに結っている。

 背はももこよりも少し低い。ももこと近い歳をしているように見える。

 天子はももこが見ても、とても幼い容姿をしていた。


 キラキラと金色に輝く刺繍が施された襟が、肩まで広がっている。

 裾など、ところどころに金の装飾が付けられた純白の服は、中央部で割れてへそまで見えている。

 折り重ねて作られたスカート、そして厚底のブーツサンダルを履き、ももこを見下ろしていた。



『何よ? そんなに驚かなくてもいいじゃない。懐かしいでしょ? 日本語』



 天子が使った聞き覚えのある言葉。

 それはまさしく、ももこの慣れ親しんだ日本語であった。


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