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勇気を出そう

 キリッとした目つきに長い黒髪を背中で一つに束ね、身軽そうな白銀の軽鎧に身を包んだサーシャ。

 そして優しそうな目をして、白髪の短髪でサーシャと同じデザインの黒色の軽鎧に身を包んだアレス。


 二人はももこを解放し部屋にあった椅子に腰を下ろした。

 ももこも自分の椅子に座る。



「はぁ……ほんと呆れたわ。これから連れて行こうとしてる標的と膝を交えてお話だなんて……」


「邪神よ、手荒な真似をして本当にすまなかった……俺達の事情を聞いてくれるか?」


「ちょっとアレス! いい加減になさいなっ! 誘拐する事情を相手に喋ってから誘拐する人間がどこにいるのよ!」


「サーシャ……俺も君も、誘拐犯じゃなくて騎士だろう?」


「あ、あの……」



 ももこがアレスとサーシャの会話に割って入ろうとする。

 ピクリと、二人の体があからさまに反応した。

 その反応は邪神の能力「命令」を恐れている証拠であった。

 さすがのももこにも、それは分かってしまった。



「ウチ、もう二度とお願いは使わんって決めてるん……せやし、心配せんでもええよ?」



 ももこの言葉に二人は思わず顔を見合わせた。



「君は……本当に邪神なのか? いや、自分でも見てるし、天子様もそう仰っていたのだ……間違いはないのだろうが……」


「えっと……その、ちっちにゅーて何やろ……? この国の偉い人やんな?」



 またしても二人は顔を見合わせる。

 ちっちにゅーとはこの世界で「天子様」を意味する言葉である。

 ももこは勉強中にその単語を聞いてはいたものの、詳しい意味までは教わっていなかった。


 天子を知らないももこに対して二人は困惑していたが、アレスが自身の記憶を思い出し、納得した面持ちでサーシャに説明してみせる。



「そうだな、そういえば邪神は言葉も喋れない様子だったじゃないか。天子様を知らないのも納得だ」


「……? そうなのかしら? 復活したんでしょう? だったらこの世界のことは知っているはずじゃない? まぁ、どうでもいいけど」


「あ、あの……ウチ、その……前にいたっていう邪神とちゃうよ? それにウチ、邪神なんかになりたない……ウチはももこっていうのん。邪神って呼ばんといてほしい……」



 普段、あまり動じることはなく、アレスのこと以外では常に冷静なサーシャが、目を丸くして驚いている。

 それはアレスも同じである。



「本当に驚いた……何もかも文献とは大違いだ……天子様が仰ったことがようやく分かったよ……」


「え? アレス、天子様に何か言われたの?」


「ああ……要約すると『邪神は危険なことなどない、今なら大丈夫だから面識のある二人で行け』って言われたんだ……全部その通りだった。それに預った伝言も──」


「な、なぁなぁ、それでちっちにゅーって何なん?」



 アレスはサーシャとの会話に夢中になっていて、ももこの質問を棚上げにしたことを思い出した。

 そして申し訳なさそうに微笑みながらそれに答える。



「ああ、すまないね。天子様とは、神が我々人間の姿で降臨なされたお方のことだ。邪神である君にも特別な能力があるように、天子様も全てを見通すお力をお持ちで、この国を導いてくださっているんだよ」


「私はいまいち信用していないけどね」


「神……様……」


「そう、神様だ。そして今回俺たちがここに来たのも天子様のお言いつけがあったからなんだ。俺たちは聖天騎士団っていう天子様直属の騎士団に所属する騎士だ。邪神よ、どうか俺たちと一緒に来て天子様に会ってくれないか?」



 ももこは再び混乱していた。

 ただ、先ほどの恐怖心が入り混じった混乱ではない。

 言葉の意味は分かるものの、アレスが何を言っているのかいまいち理解が追いつかないのだ。



「そ、そんなんウチ分からへん……ヒラメちゃんに、邪神教のみんなに聞いてみな、ウチには……」


「……? あなた、もしかして知らないの?」



 サーシャは不思議そうにももこに尋ねた。

 ももこはサーシャのほうへ視線をやった。

 サーシャのその表情に、なぜか胸が締め付けられるような、とても嫌な予感がしたのだ。






 三階に降りたももこは、目の前の光景に顔面蒼白になった。

 大勢の信者達が床の至るところで寝転んで指をしゃぶっていたのだ。



「み、みんなどないしたん!?」


「も……ももこ様……あぶー」



 誰に問いかけても、返事は虚ろな赤ちゃん言葉のみであった。



「邪神よ……天子様から聞いたのだが……魅了の能力があるんだったな? これは君の魅了の能力が原因だそうだよ?」


「だから私たち二人が難なく忍び込んでこれたのよ」


「そ、そんな……みんな!! みんな!! ど、どないしよ……ウチの……ウチのせいで……」


「ももこ様ぁ! キュンキュンキューン」



 アレスから衝撃の事実を告げられ、その場にへたり込んでしまったももこの耳に、聞きなれた声が届いた。

 ミモモの声であった。

 ももこは顔をあげ、辺りを見渡してミモモの姿を見つけると一目散に駆けつけた。

 アレスとサーシャもその後を追う。



「ミモモおばあちゃん!」


「はぁ……はぁ……ももこ様……キュンキュンキューン! あっっつつつ……」


「どないしたん! ミモモおばあちゃん! どっか……どっか痛いん?」


「はぁ……はぁ……へ、平気じゃぁ……あははぁ……ちょっとこのキュンキュンっちゅうのんが、腰にきただけだべぇ……ももこ様ぁ、一人にしちまってぇ……すまんかったのぉキュンキュンキューン」


「ミモモおばあちゃん、もう喋らんといて! 今ヒラメちゃん呼んでくる!」



立ち上がろうとしたももこの裾を、ミモモが掴んだ。



「──!? ミモモおばあちゃん!?」


「ももこ様ぁ……大僧正はもう……ここの皆と同じようになっちまっただぁ……急いでももこ様のとこさ、向かおうとしたんだけんども……堪忍してけろ……ももこ様…………あんれ? ももこ様、そちらの方々は……? キュンキュンキューン」



 ミモモはももこの後ろにいたアレスとサーシャに視線をやった。

 アレスとサーシャは、ミモモの視線に敵意が籠っていることを感じていたが、アレスがゆっくりと前に出た。



「……我々は天子様直属である聖天騎士団の騎士だ。天子様の命により邪神を迎えに来た」


「アレス! ……バカ……」



 それまで寝転んで息を切らしていたミモモがゆっくりと立ち上がった。



「ミ、ミモモおばあちゃん……?」


「ももこ様……下がってけろ。キュンキュンキューン……」



 髪が逆立っている。

 鋭い眼光はしっかりとアレスを見据えていた。



「か、勘違いしないでほしい。我々は邪神に危害を加えるつもりは──」



 ミモモの握った右拳がカツンという音を立ててアレスの軽鎧の胸部に振り下ろされた。

 次いで左拳も振り下ろされる。



「渡さねぇ!! ももこ様は絶対にっ! 渡さねぇだ!! このっ! このぉぉぉ!! キュンキュンキューン!!」


「や、やめろ! おいっ! 邪神よ、この老婆を止めてくれ!」


「カーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!! キュンキュンキューン!!!!」



 ミモモの雄たけびに、アレスだけではなく隣にいたサーシャも肩をすくめてしまう。

 まさに鬼の形相であった。



「ももこ様を邪神と呼ぶことは許さねぇだ!! ももこ様はワシの大事な孫じゃ!! 絶対に、絶対に渡さんべ!! キュンキュンキューン!」


「ミモモおばあちゃん……!」


「お前らは、天子っちゅーやつは、またワシから奪うんかっ! なんもかんも奪って、今度はももこ様まで奪うんかぁ!! キュンキュンキューン!」



 カツンカツンと、アレスの軽鎧を叩く音が何度も響いた。



「あーーっつつつ!! キュンキュンキューン!!」


「ミモモおばあちゃん! もう、やめて! おばあちゃん、無理せんとって!」



 膝にきてしまい、とうとうミモモはその場にへたり込んでしまった。



「おばあさん、すまない。だがもうその辺にしておいてほしい……キュンキュンと言ってしまうのは、邪神……いや、ももこの魅了の力、呪いのせいだ。このまま放っておくともっと大変なことになってしまうぞ?」


「え……ウチの……能力のせい……? 呪い……?」


「そうだ。ももこも知っていたんじゃないのか? 天子様が仰っていた……これが君の力だそうだよ……」



 屋敷にももこがいると、屋敷に滞在している時間に比例してももこのことが好きになってしまう。

 魅了の力。

 邪神教信者達も、ももこも、全員がその力を軽く見ていた。

 ももこのことがどんどん好きになっていく程度にしか考えていなかった。

 しかし実際には、正に呪いと言うべき程の威力があったのだ。



「ももこ様は……ここにおったらええ……こ、こんなもんくらいで……ワシらはももこ様を……キュンキュンキューン!」


「ミモモおばあちゃん! もう……もうええよ……ありがとう……ミモモおばあちゃん……」


「ももこ様……なぁんも気にせんでええ……おばぁとここに……おって…………」


「おばあちゃん!!!!」



 病気による疲弊と激しい興奮のせいで、ミモモはももこに抱かれながら気を失ってしまった。

 ももこは慌ててミモモの名前を叫んだ。



「慌てないで……気を失っているだけよ。大丈夫」



 そんなももこを宥めたのはサーシャだった。

 さすがに見ていられなかったのだ。



「邪神……いや、ももこ。この老婆は最近入信したんじゃないかい? だから病気の進行が他の者よりも遅かったのだろう」



 アレスの質問にももこは静かに頷いて答えた。

 ぼたぼたと大粒の涙が次から次に零れている。



「ウチ……ウチ……どうしたらええのん……ウチのせいで、みんな……みんな……」


「ももこ……天子様から伝言がある」


「伝……言?」


「『治してほしければ私の元まで来なさい』……だそうだ。……これは俺の意見だけど……君がこの屋敷を出れば、みんなの症状が少しは和らぐんじゃないか?」



 アレスの言葉を聞いて、ももこはゆっくりと立ち上がった。

 その目は赤く腫れあがっていたが、アレスを見る視線には力が蘇っていた。



「ウチ……みんなを助けられるんやったら……なんでもするっっ!」

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