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お互いに信じてみよう

 ももこは休憩の為に屋敷を散歩したり、信者に誘われて遊んだりするとき以外は部屋から外に出ない。

 そして転生してから屋敷の外に出たこともない。


 決して外の世界に興味がないわけではなかった。

 ももこは「あまり出歩いてほしくない」という信者達の気持ちを何となく察していた。


 ももこは基本的には活発な少女であるが、人一倍臆病な面もある。

 この異世界の外の様子が怖いこと、信者たちに迷惑をかけたくなかったこと。

 遊びに出掛けたい気持ちは、その二つの理由によって抑制されていた。


 ももこの部屋には風呂やトイレも完備され、食事は白装束が運んでくる。

 現代の日本の技術よりも随分劣るこの世界の技術で作られた風呂やトイレはももこにとって珍しいものであった。

 トイレは一応水洗であったが、バケツに用意された水を自身で流す必要がある。

 風呂にいたっては、白装束達がどこかで沸かしたお湯を、わざわざ持ってきてくれている。


 そういった多少の不便さえ我慢すれば屋敷内の生活は快適である。

 窓から外の景色も見ることができるし、ももこは何不自由なく暮らしている。

 たまには外で遊んでみたいという気持ち以外、外に出て行く理由がももこには見当たらなかった。


 その日ももこは、風呂の時間になっても部屋を訪れない白装束達を待っていた。

 いつもは時間丁度にやってくるのに、その日はいつまで待っても誰もこなかったのだ。



『あれー……ウチ、時間間違えてへんやんなぁ……?』



 日本語で呟くと、ももこは時計を見た。

 先程から何度も確認しているが時間は既に二十分ほど過ぎてしまっている。

 ももこの部屋は屋敷の四階にあるが、ももこの部屋以外は全て空室である。

 空室はももこのために用意してある部屋であり、普段は誰も立ち入らない。

 とはいえ、いつもは誰かが廊下に控えている。

 しかし今はももこの部屋の外から人の気配が感じられなかった。


 さすがにこれはおかしいと感じたももこは、椅子から立ち上がった。



『……もしかして皆に何かあったんやろか……ちょっと見に行ってみよ』



 そう言うとももこは扉の方へ歩き出した。

 そして扉の前に立ったとき、背後から小さな物音がした。

 それはとても小さかったが、ももこが振り向くには充分であった。



『…………あれ?』



 振り向いた先には誰もいない。

 誰もいないが、ももこは違和感を覚え目が離せない。

 何かがおかしい。

 ももこはしばらく考えてハッとした。

 閉まっていた窓が開いて、カーテンが揺れていたのだ。

 そしてそれに気付いたと同時に、何者かに背後から口を封じられ、両手を背中で拘束されてしまった。



「静かに……」


「ん!? んーーーー!?」


「声を出さないで。手荒な真似はしたくないの」


「…………!!!!」



 あまりに突然の出来事で、ももこはパニックになってしまう。

 もがいて抵抗するが、子供のももこでは抵抗できない力で締め付けられている。

 もがけばもがくほど掴まれた腕に激痛が走る。

 そして時間が経つにつれ、パニックに隠されていた恐怖心が姿を現しはじめた。



「んーーーー! んーーーーー!」


「はぁ……静かにしなさい。……気絶してもらったほうがいいかもしれないわね。あっ? ちょ、ちょっと! ちゃんと立ちなさい!」



 恐怖で体が震えだした。

 そしてももこの意思とは関係なく、両膝から力が抜けて床に尻餅をついてしまったのだ。



「はぁ……」



 そんなももこの姿を見てか、ももこを拘束している人物とは別の人物の、深いため息が聞こえた。

 そしてため息の主は、ゆっくりとももこの前に姿を現した。



「サーシャ……俺たちは騎士だぞ? やはりこんな盗賊のようなやり方……俺にはできない」



 その人物とは、邪神としてこの世界にやってきた日に会った青年、アレスであった。



「それにこの怯え様……この目で復活するのを見ていながら邪神かどうか分からなくなってきた」


「アレス……邪神は殺さなければとか何とかって言っていたのはあなたよ? それに比べたらどう扱おうとマシなものでしょう」


「そ、それはそうだけど……」


「どの道、私たちは命令通りに動くだけよ。さぁ、さっさと連れて行きましょう。アレス、麻袋を開いてちょうだい」


「ま、待ってくれ、サーシャ!」



 ももこが見上げるアレスの顔は、とても真剣で額に汗が浮かんでいた。

 さっき程の恐怖はなくなったものの、ももこはどうすることもできずにアレスをジッと見つめていた。



「その……この子と、は、話をさせてくれないか?」


「却下」


「ぐっ……せめて、この子に事情を説明させてくれ! じゃないと俺の騎士道が──」


「邪神の力、命令──だったわよね? 天子様から直接聞いた今でも、未だに信じられないけれど……私がこの子の口を塞いでいる手を放してしまったら……分かるでしょう? アレス」



 アレスはしゃがみ込み、ももこと目線を合わせた。

 薄紫に輝くももこの瞳を見つめて、ももこの両肩に手を置いた。



「……手荒な真似をしてすまない。危害を加えるつもりはない。それだけは約束する。だから俺達と一緒に来てくれないか?」



 ももこはそう言われ、しばらく考えた後、ゆっくりと首を横に振った。



「頼む! あるお人に会うだけでいいんだ……!」



 やはりももこは首を横に振った。



「……アレス」


「──くっ! こんな……こんなもの! ただの誘拐じゃないか……! 天子様は一体何を──」


「アレス! ……天子様は庶民の噂話まで全部把握なされている。本当かどうか私には興味がないけれど、それもあなたが言ったのよ」



 そのままアレスは口をつぐみ、うな垂れてしまった。

 ももこの頭上から「はぁ」というため息がこぼれた。



「うー……うー!」



 ももこが呻き声をあげたことで、アレスは顔を上げた。



「うー、うー」


「何よ……どうしたのよ?」



 助けを呼ぼうとしているわけではない大きさの声だった。

 ももこはアレスに何か伝えようとしている。



「サーシャ……」


「ダメよ」


「うー……うー」


「……サーシャ」


「…………」


「うー、うー! うーうー」


「サーシャ?」


「あーーーーーーーーーもうっ! しつこいわね! 分かったわよ、好きになさいな! その代わりどうなっても知らないんですからね!!」


「サーシャ……ありがとう。いつも俺のわがままに付き合ってくれて……その、ごめんな」


「……ふんだっ」



 サーシャがどのような表情をしているかは、ももこからは見えない。

 そしてアレスは再びももこに視線を戻した。



「邪神……俺に何か言いたいことがあるんだな? でも頼むから命令の力だけは使わないでくれるか? 約束してくれるなら手荒なことはもうしないと、こちらも約束する」


「ちょ、アレス! そんな約束したら連れていけないじゃないの!」


「頼む、俺もサーシャも絶対に約束は守る!」


「アレスっっ!」



 ももこはアレスの頼みに、力強い頷きをもって返事をした。

 そしてそのあと、柔らかな微笑を返した。

 アレスとサーシャのやり取りを聞いていて、いつの間にかももこの中の恐怖心や混乱が和らいでいたのだった。



「そうか、信用してくれてありがとう。……サーシャ!」


「あーはいはいはい、分かったわよ。……もう……いつもこうなんだから……」



 そしてブツブツと呟きながら、サーシャはももこの拘束を解いたのだった。

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