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 ももこがこの世界へやってきて三ヶ月。

 邪神教の屋敷には様々な人物が訪れていた。

 その大多数は信者となり、そのまま屋敷に住み込みで働くこととなっており、この三ヶ月で信者の数は増えていた。


 屋敷を訪れる者のほとんどは邪神復活の噂を聞いて訪れた者ばかりであったが、時間が経って邪神復活の噂は徐々にその姿を変え始めていた。


 「帰らずの屋敷」

 ポポニャン神聖国の北にある商業都市ミャーミャの更に北の森。

 その深い森の奥には大きな屋敷があり、そこを訪れたものは誰一人として帰ってこない。


 そういった噂が民間人の間で囁かれ始めていたのだった。


 そして今日訪れたのも、そんな噂を聞きつけてやって来た人物であった。



「ももこ様ー? ももこ様! どちらへおいでですかー?」


「ももこ様ー! いやぁ大僧正、参りましたね」


「そうだな。ももこ様はかくれんぼの天才だな!」



 その日、邪神教の屋敷ではかくれんぼが行われていた。

 いつものように信者達はそれぞれの仕事をし、ももこは勉強をしていたのだが、昼休憩の時間につまらなさそうに外の景色を眺めていたももこに白装束の一人が提案したのだ。

 この提案はすぐさま他の部署に伝達され、ももこが屋敷の正面玄関へ降りる頃には、信者の全員が勢揃いしていたのだった。

 ルールは単純で、屋敷の中ならどこに隠れてもいいというものである。

 こうして始まったかくれんぼであったが、ももこは隠れるのがとても上手かった。

 あまりにも見つからずに鬼役の白装束がギブアップしてしまい、とうとう信者全員でももこを探すことになったのだ。



「ももこ様ー! 我々はもう降参でございます! どうか、どうかその可愛らしいお姿を! 愛くるしいお姿を我らの前にお見せになってくださーーーい!」


「ももこ様! これほどの長時間、ももこ様のお姿を見られないと我々は狂ってしまいます! どうか一目でもよいのでその神々しいお顔を!」


(も、もう……みんななんでウチのことがこんなに好きなんやろう……なんか聞いてるこっちが恥ずかしなってまうわぁ)



 邪神復活の儀式をした地下一階へ続く隠し階段。

 その階段を隠す役目を担う初代邪神の石像。

 実はこの石像は中身が空である。

 先日、偶然にもそのことを知ったももこはその中に隠れていたのだ。


 すっかり言葉も理解できるようになっていたももこは、この屋敷での生活に慣れてきていた。

 しかし未だに信者達のマグマのように熱い愛は慣れないでいたのだった。

 信者達のももこを探す声に、耳を赤くしながら蹲っていた。


 その時であった。

 玄関の大扉が開く音がして、白装束がざわめきだしたのだ。

 明らかに空気が変わったことを、石像の中に居ながらも、ももこは感じ取った。



「えっと、入信希望者の方でしょうか?」


「あん? なんだおめぇは……おいおい、揃いも揃って怪しい格好をしやがって。邪神がいる帰らずの屋敷っつうから楽しみにして来てみれば……なんなんだ? 本当に帰らずの屋敷かここは?」



 どかっと大きな音が響いた。

 ももこは石像の目の部分から恐る恐る外を覗いてみる。

 かなり大柄の男。

 ボロボロの黒いTシャツに腹巻を巻いている。背負っているのは鞘である。

 ベージュ色のズボンにブーツ。ボサボサの黒髪の下から鋭い眼光で信者達を睨みつけている。

 話しかけた白装束は男性信者だが、その二倍はあるであろう身長に、筋骨隆々の体つき。

 大きな音の正体は、自身の身長と同じほどの長さのある真っ黒な大剣をフロアに突き立てたものだった。



「拍子抜けだなぁ……全員武装でもしていてくれりゃあ、まだ楽しめたんだが……おいお前」


「え、あ、はい!」


「邪神ってのはぁーどこにいるんだ? 復活したって聞いたぞぉ?」



 突然訪問してきた男の不躾な質問。

 その男はどう見ても暴力で生計を立てている野盗や傭兵の類の人間。

 その場にいた信者達は恐怖で誰も言葉を発することができなくなっていた。

 ただ一人を除いては──



「私はこの屋敷の責任者、ヒラムェチャルと申す者だが……何用でここへこられましたのかな?」


「なんだ、おっさん……俺はこの白いのに聞いてんだぜ」


「黙れ! 人の館へ押し入っておいて自分の都合が全て通ると思うなよ、小僧。ここにいるのは皆、非戦闘員だ。今は武力でお前の相手ができる者などおらんわ。その上で、私が責任者だからお前の話を聞いてやろうと言ったのだ。感謝するがいい。皆、石像の付近まで下がっていなさい」



 白装束達は大僧正の命令通り、玄関から距離を取った。

 そしてももこの隠れている石像の前に、わらわらと集まりだしたのだ。



(あ、ちょ、見えへん! 見えへんって)



 白装束達の一人が玄関を睨みながら小声で囁き始めた。



「ももこ様……ご安心ください。大僧正のご命令で我らがお守りいたします……!」


「えっ!? み、みんな……ウチがここにおるって知ってたん!?」


「はっ! い、いえ……その……かくれんぼされておられるももこ様が可愛くて……つい」


「大僧正がまだ見つけるなと仰いまして……つい」


「も、もー! ウチめっちゃ恥ずかしいやんかぁ!!」



 その時であった。

 沈黙し、大僧正と睨みあっていた男が大笑いをし始めた。



「わーーーーーーっはっは! おう、おっさん! 言うじゃねぇか。気に入ったぜ。それにこの俺様を小僧呼ばわりとはな……くくっ」


「それで、何の用だ? 小僧」


「ああ……そうだな。おっさんよ、巷で噂になってる邪神復活ってのは本当か?」


「本当だ」


「ほぉ……それで邪神ってのはどこにいるんだ?」


「答えてやっても構わんが、その前に。邪神様に何用だ」



 男はフロアに刺した大剣を片手で一気に引き抜き、肩に担いでみせた。

 舞い上がる大理石の破片に大僧正の眉がピクリと動いた。



「俺はぁ邪神を始末しに来たのさ。ま、腕試しってところだな!」



 更に大僧正の眉がピクリピクリと動き、こめかみに青筋が浮かび上がった。



「…………なに?」


「俺はよぉ、今まで傭兵だの用心棒だのやってきたが……俺よりも強い人間に会ったことがねんだ。邪神っつーと神なわけだ! もう俺様の相手は人間では不十分だと思ってここに来たのよっ! 邪神こそ俺様に相応しい相手だ! わっはっは!」


「……小僧、それで邪神様を傷付けるつもりか?」



 大僧正は男が担いでいる大剣を指さして尋ねた。

 その表情からは感情の一切が消えており、男は怪訝に思った。



「なんだおっさん……俺とやんのか?」


「邪神様を傷付けると言うのであれば全力で盾になるつもりだ」


「そうかい。じゃ武器を持て。俺は武器を持たねぇ奴とはやらねぇ主義だ」


「武器などこの館にはない。それに小僧、お前は勘違いをしているぞ。相手になるのは私だけではない……」


「あん?」



 白装束達が大僧正の後ろに戻ってきていた。

 どの白装束もフードを被っていて表情は分からないが、皆殺気立っているのが分かる。



「この屋敷にいる人間、全てがお前の相手だ」


「……ちっ。誰も武器を持ってねぇのかよ」


「武器などなくとも我らがここを通さない!」


「そうだそうだ! 死んでも通さん!」


「そうよっ! 絶対に守ってみせるわ!」



 男は深いため息を吐いた。

 男には「武器を持たない者とは戦わない」という信念があった。

 早い話が興醒めしてしまったのだ。

 しかも鬼気迫る様子で邪神を守ろうとしているその姿は男の望んでいたものとは大きく違っていた。

 もっとフランクに、単純に、邪神との力比べに興じられると思っていた。

 そして大剣を背中の鞘に納めながら辟易した様子で喋りだす。



「はぁぁぁぁぁ……やめだ。もういい。冷めちまったぜ。しかしなんだ。邪神の面くらいは拝んでもいいか? 折角ここまで来たからな」


「みんな……大丈夫なん? そのおっちゃんにいじめられてるん……?」



 その鈴を転がしたような声に、白装束達は一斉に後ろに振り返った。

 そこには信者達を心配して様子を見に来たももこが立っていた。



「も、ももこ様! お下がりください!」


「ここは危険です! ももこ様、どうかっ!」


「だめですももこ様! 逃げてください!」


「な、なんだなんだぁ? どうかしたのか?」



 ももこが男の前まで歩いてきた。

 イエスももこ様・ノータッチである。ももこが歩けば白装束達は道をあける以外にない。

 男の前に立ったももこは恐怖で震えていた。

 ももこの身長は男の太ももにも満たない。



「なんだ? 嬢ちゃんは? ここはガキの出る幕じゃねぇぞ?」


「ぴ、ぴっぴにゅーいうん、ウチのことやろ? おっちゃん、ウチに用事があるんちゃうん?」


「あーん? おい、おっさん。なんだこのガキは? 誰か屋敷の奥へ連れて行ってやれよ……って、お前……」



 男はその場に座り込み、ももこと目線を合わせた。

 感情が高ぶり、薄紫に輝くももこの瞳を興味深そうにジッと覗き込む。



「なんだその目は……見たことねぇ色だな……こいつは珍しい」


「ウチ、ももこいうん。おっちゃんは?」


「わっはっは。なんだガキが。震えやがって。俺様が怖ぇのか? まぁとうぜ──」


「おっちゃんは!?」


「も、ももこ様……」



 大僧正も白装束達もいつでも飛び掛かる心づもりだけはしているが、手が出せずにハラハラしながらその会話を聞いていた。

 武器を持たない者とは戦わないという男の言葉がなければ、ももこがこの場に姿を見せた瞬間に、白装束の誰かがももこを担いで屋敷の奥へ逃がしていただろう。



「お……おぅ。俺はテムジャってんだ。お前……まさかお前が邪神か?」



 テムジャは大僧正の方をちらりと見た。

 大僧正は相変わらず警戒を解いていないが静かに頷きで返す。



「驚いた……な……お、俺ぁ邪神っつぅからもっとこう──」


「てっちゃん! ウチ、ももこ!」


「あ、あん? 俺はテムジャ──」


「ももこ!」


「あ、ああ……ももこ……」


「てっちゃん、みんなをいじめやんといて? ウチに用があるんやったらウチ、なんでも聞くしみんなを傷付けんといて?」



 ももこは相変わらず震えている。

 今にも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 それでもみんなの為に、精いっぱい声を張り上げた。

 テムジャはそんなももこをキョトンとした表情で見つめていた。

 そしてとうとう、噴き出してしまった。



「ぷはっ! わっはっはっは! あーあー、すまねぇなももこ。悪かった。くくく、そりゃ邪神がこれじゃあ必死に守ろうとするわけだな。あー……当てが外れちまったがまぁ、面白ぇもんは見れたな」



 テムジャはももこの頭を二度、ポンポンと撫でて立ち上がった。



「ヒラムェチャルのおっさんよ。騒がせたな。どうやらここには俺の求めてたもんはねぇようだ」


「ふん。テムジャの小僧よ、ももこ様は間違いなく邪神様だ。仮にお前が暴れたとしても、ももこ様には指一本触れられんかったさ」


「あん? それはどういう──」



 テムジャのズボンをちょいちょいとももこが引っ張った。

 テムジャは再びももこへ視線を落とす。

 薄紫色の瞳がテムジャをジッと見つめていた。



「てっちゃん、みんなと仲良くして? みんなほんまにええ人やねんで? そうや、お友達になってや? なぁ? おねがいやし」



 テムジャの背筋に電流が走り、それはそのまま脳に到達した。

 膝が崩れそうになるのを何とか耐え、テムジャは引きつった笑顔でももこに答える。



「おう、俺はこいつらの友達になってやるぜ、ももこ」



 その光景を見て、ぷっと白装束の誰かが噴き出した。

 正気に戻ったテムジャが赤面しながらうろたえ始めた。



「お……? おおっ!? 俺は今何を……も、ももこ、お前今何を──」


「それがももこ様のお力だ。分かったか? テムジャの小僧」


「なんだと……これが邪神……そうか……くくっ、わっはっは。こりゃとんでもねぇ能力だな。確かに力じゃ敵わねぇわな! わっはっは!」


「てっちゃん……」


「へん、ももこ。分かったぜ。男に二言はねぇ。もうお前の大切な奴とは喧嘩はしねぇよ。その……友達かどうかは分からねぇが、まぁ、なんかあったら頼ってこい。荒事なら力を貸してやるぜ」


「喧嘩はあかん!」


「わっはっは! ヒラムェチャルのおっさん、まぁそういうことだ。今日見たことも特に他言はしねぇよ」


「当たり前だ」



 テムジャは踵を返す前にもう一度ももこの方へ視線をやった。

 ももこは相変わらず薄紫色の瞳でテムジャの方を見つめている。

 何となく、テムジャはももこの頭を撫でてやった。

 ももこは抵抗することなく、テムジャの手のひらを迎え入れた。



「…………ふむ」



 細い髪がさらさらと心地いい。

 ももこは、乱暴に頭をグリグリされているが、じっと受け入れている。



「…………おい、小僧。いつまでそうしているつもりだ」


「──っ!? あ、ああ……そうだ。なんだ……おう……」


「てっちゃん、また遊びにきてな? でも今度は喧嘩しやんといてな?」



 邪神の能力の一つ。

 「魅了」

 これはももこが屋敷にいることが条件で永続発動する。

 屋敷内に足を踏み入れたものは徐々にその心を侵されていく。

 それはある種の呪い。

 屋敷にいる時間が長ければ長いほど、ももこのことを好きになっていく呪いである。

 いや、もしかしたら能力などなくとも、その美しくも可愛らしい、ももこの薄紫の瞳に見つめられてしまっては、誰もがももこを好きになっていくに違いない。



「ああ。分かったぜ、ももこ。喧嘩はしねぇよ。じゃあまたなっ!」


「おい小僧」



 先ほどよりは幾分か落ち着いた表情となった大僧正が、テムジャに歩み寄った。



「あ? なんだよ」


「大理石のフロアの修繕費、請求させてもらうぞ」


「…………お、おぅ……」

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