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一緒にくらそう

 ももこがこの世界へやってきて、早くも一ヶ月が過ぎていた。

 少しずつだが現地の言葉も覚え、簡単な意思疎通であれば問題なくおこなえていた。

 そんなももこに、一つの仕事が与えられた。

 もちろん、与えられたと言っても丁寧にお願いをされて、それをももこが快く引き受けたのだ。

 仕事というのは入信希望者の面接である。

 これは、それまで大僧正がやっていた仕事の一つであり、本来は邪神が行うべきものだった。

 未だ全ての言葉を理解できないももこには「新しい仲間と挨拶」といった風に伝えてある。



「ももこ様、次の者をお通ししてもよろしいでしょうか?」


「あい、いーよ」



 今、邪神教内にあった禍々しい物の一切は取り払われ、ももこの好きそうな可愛いもので揃えられている。

 邪神復活前に用意していた邪神専用家具などがその筆頭である。

 面接用の部屋の一番奥にはももこの身長に合わせて作られた可愛らしい机と椅子が設置してあり、専用おざぶを敷いてももこが座っている。

 そしてももこの席に向き合うように、面接に来た者用の普通の椅子が置かれている。

 もちろん室内には数人の白装束達がそれぞれの役割を持ってももこに侍っていた。



「失礼しますだぁ」



 室内に入ってきたのは腰の曲がった老婆であった。

 頭に白い頭巾を被り、首からはタオルをさげている。長袖にオーバーオール。そして土の付いた長靴を履いている。

 一目で農作業をする人物だということがわかる。


「ももこ様、こちら近所の農村のミモモという老婆です。なんでもももこ様にお願いがあるということでお通ししました」



 邪神復活の噂は、既に国中に広がっていた。

 邪神を信じる者もいれば、一笑に付すものもいる。

 物珍しさで館を訪れる者も多くなっていた。

 最初は入信希望者以外は門前払いしていたのだが、なるべく全員の話を聞いてみたいというももこのお願いにより、今はほぼ全員がももこの前に通されることとなっていた。



「え……えっと……」



 ももこは声をかけられるも難しい顔で困っていた。

 ミモモを紹介した白装束の言葉が早すぎるのと覚えきれていない単語が多くて言葉の意味が分からなかったのだ。


 ももこの右に控えていた白装束が一歩だけももこに近寄り小声で囁いた。



『ももこにゅー。彼女、ミモモ言いまんねん。ももこにゅーにお願い、ある、言うとるで』


『あ、そうなんや? いつもありがとうな、めっちゃ助かるわぁ~』



 ももこに囁きかけた白装束は通訳である。


 ももこがこの世界の言葉を覚えるための努力は目覚しいものがあった。

 しかしそれ以上の努力を白装束達はやってのけている。

 ももこと接触できる日に、できる限りももこの言葉をメモに取る。そして邪神教内の人間にフィードバックする。

 その情報は解析班に回され、日々「ももこ様語」のテキストが更新されていくのだ。


 大会議で決定した内容とは微妙に違ってきているが大僧正もこれに関しては口出ししていない。

 というよりも、ももこ様語が一番達者なのは大僧正である。

 とにかく「ももこ様だけに苦労はさせない」という信者達の執念とも言っていいかもしれない努力の結果、早くも通訳ができてしまう者が現れるほどになっていた。

 なるべくこの世界の言葉を喋ろうと努力するももこが困ったときに、そっと通訳をしてくれるのだ。



「あんのぉ、邪神様がおられるって聞いたんだけんども? 邪神様はどちらにおいでだべかね?」


「こ、こらっ! なんて失礼な! ももこ様なら目の前におられるじゃないか!」


「はぁ~? こんなめんこい娘っこが邪神様だっつうんけぇあ~?」


「そうだ! ももこ様に対して失礼だぞ!!」



 ミモモは白装束に強い口調でももこが邪神であると言われ、まじまじとももこの顔を凝視した。

 そしてしばらくたって、全身の力が抜けたように用意してあった椅子に腰掛けて、うな垂れてしまった。



「そぉかい……ああ、当てがはずれちまったなぁ……」


「き、貴様! ももこ様に対してその言葉! なんたる無礼!!」


「まって!」



 ミモモに掴みかかろうとした白装束を制止したのは他でもない、ももこであった。



「いーの。理由、きいて」


「ももこ様、しかし……!!」


「おねがい」



 ももこの黒い瞳が淡い紫色の光を放った。

 ももこは未だに気付いていないが、感情が高ぶったときや邪神の能力を発動すると瞳の色が紫色に変化するようになっていた。

 白装束はももこの「お願い」の言葉が脳に刺さり、条件反射的に跪く。

 そしてそれを見ていた別の白装束が老婆に理由を問いただすのだった。



「おばあちゃん、ももこ様へのお願い事ってなぁに? せっかくここまで来たのですから、事情を話すだけでも話してみたらどうかしら?」


「はぁ……まぁ、そだべなぁ……ワシのところは代々農家での、じいさまは早ぅに亡くなってしもうたで、息子夫婦と孫とワシで暮らしておったんだべあ」


『ももこにゅー、ミモモ、農家、おじいさん死んでしもて、息子、息子妻、孫でハッピー』


『え!? お、おじいさん死んでしもうたのに、ハッピーって……? あ、もしかして一緒に暮らしてるいうことなんかな?』



 更にミモモは続ける。



「一年前だったかの……息子がの、なんたらっちゅー訳の分からん罪でお国にしょっぴかれてしもうてやぁ……それ以来帰ってこんのだわ……そいでからすぐに、探すっちゅーて嫁は孫を連れて出て行ってしもうた……二人もまだ帰らん……それでの、この前のことだべが年寄り一人に贅沢じゃと役人様に家を追い出されてしもうたんやわぁ」


「そう……それはお気の毒に……」



 こういった話はこの国では良く聞く話でもあった。

 天帝とその息子の天子は自らを神と称し、その絶大な権力を持って長きに亘り悪政をしいていた。

 一部の特権階級を除き、国民はその犠牲となり苦しんでいる。

 それがももこがやってきた国、ポポニャン神聖国である。



『ももこにゅー、一年前、息子、国に、誘拐されてん。息子妻、孫、探す行った。帰ってこんねん。ミモモ、家、国に、追い出されおった』


『え、えっと……ミモモさんの息子さんが誘拐されてしもうて、息子さんのお嫁さんとお孫さんが探しに行ったまま帰ってこうへんってことやんな? そ、それで追い出されたって……えぇ……ミ、ミモモさん大丈夫なん? めっちゃかわいそう……』


「おばあちゃん、ももこ様にお願い事ってなぁに? 遠慮することはないわ。ももこ様は聞き届けてくださるわ。それに私たちもできる限り協力するから──」


「……ああ……」



 ミモモは疲れきった目をしていた。

 大切なものを全て失い、希望すら抱けない暗い目をしながらももこの方へ視線をやった。



「殺してけろ」


「……えっ!? お、おばあちゃん?」


「もうなんも楽しゅうない……ワシはもう生きとうないわぁ……邪神様にワシを殺してもらおう思うてここにきたんだべが……娘っこではのぉ……」


『…………っ』


『え? え? つ、通訳さん、ミモモさんは何て言うてはるん? ウチまだ言葉が良く分からへんくて……な、なぁ! なんかミモモさん、生きたくないって言うてはるんちゃうん?』



 通訳をしていた白装束は、ミモモの言った内容をそのまま通訳してよいものかどうか悩んでいた。

 実のところ、教団内には暗黙の了解があった。

 それはももこに、ももこ自身が「邪神」であることを伝えてはならないというものである。

 ももこは自分が邪神であることを知らない。

 それは誰が見ても分かることであった。

 それ故に地下にある初代邪神の作ったアイテムがある部屋にも案内していない。

 この件はももこがある程度言葉を覚えてから大僧正が伝えようということになっていたのだ。



『も、ももこにゅー……ミモモ、生きたくない。死にたい……言うとる』


『…………っ!』



 悩んだ結果、白装束はミモモが死にたがっていることだけを伝えることにした。


 それを聞いたももこはひゅっと息を吸い込んでしまい、胸が苦しくなった。とてもとても、苦しくなってしまったのだ。

 目頭が熱くなり、もやもやとしたものが身体の中に入ってきたような感覚を覚える。

 ミモモが席を立とうとした。

 願いは聞き届けられないだろうと判断したのだ。

 その姿を見て、ももこは居ても立っても居られなくなった。

 椅子から飛び降り、ミモモへ駆け寄る。



「ミモモ、まって!」



 ももこは、力なく退室しようとするミモモの袖を引っ張って引きとめた。



「んぁ? じゃ、邪神様……?」


「ミモモ……死ぬ、やだ!」



 ボタボタボタっと、ももこの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

 その瞳は澄んだ紫色になっている。

 能力を使っているわけではない。感情が高ぶっているのだ。



「邪神様……ワシのために泣いてくれとるんかぇ?」


「ミモモ…………やだ…………死ぬ、やだぁぁ……」



 ミモモはももこに向き直って、そして少しかがんでももこと目線の高さを合わせた。

 覗き込んでみたももこの瞳の色に意識が吸い込まれそうになる。



「あんれ、邪神様……なんちゅう綺麗な……んだども……」



 ミモモは泣きじゃくるももこをそっと抱き寄せた。

 ももこもきゅっとミモモに縋りつく。



「あっはっは。こうしてると、孫を思い出すべなぁ。ほうかほうか、邪神様……ワシャ死んだらいかんけぁ……んーんー」



 白装束達は抱き合う二人を止めるわけでもなく、静かに見守っている。

 ミモモはももこの頭を優しく撫でてやっていたが、ももこがゆっくりと離れた。



「ウチ、ミモモの息子、探し、行く!」



 ミモモはその言葉を聞いて、目を大きく見開いて驚いた。



「ミモモ、屋敷、待ってて。ウチ、今、探し、行く!」


「ももこ様、それはなりません!」


「そ、そうです! ももこ様!」


「やだ! 行く!」



 スッと、ももこの頭の上に、再びミモモの手のひらが優しく置かれた。

 ゆっくりと撫で始める。

 そしてもう片方の手で、ももこの濡れた頬を拭ってやる。

 ミモモは優しい顔でももこに語りかけた。



「邪神様はももこ様っちゅうんけぇ?」



 ももこは相変わらず「ぴっぴにゅー」が何を意味するかは分からないが、自分の名前を言われて静かに頷いた。

 ミモモは自身を指差した。



「ミモモ」



 今度はももこを指差した。



「ももこ」



 そして、にまっと笑みを浮かべてから両手のひらでももこのほっぺを挟む。



「もも同士でお揃いだっ! あっはっは」



 言われた内容はなんとなく分かった。

 だが、ももこはミモモが笑顔を見せてくれたことが嬉しく、そしてなんだか安心したのだ。

 そしてももこも微笑を返した。



「あんれ、ほんにめんこいだべなぁ、ももこ様は……ほんに邪神様けぁ?」


「ももこ様、提案がございます」



 白装束の一人がももこ達の会話に割って入ってきた。



「ミモモさんのご家族は、我々が探しに参ります。ですのでももこ様はどうか屋敷にいらしてください」


『ミモモの家族、ウチらが探すで。せやしももこにゅーはここに、おってもうてええ?』



 通訳の言葉を聞いて、ももこは眉を寄せた。

 そしてしばらく考えた後、白装束の方へ再び視線を戻す。



「あい、おねがい……」



 ももこはこの世界のことを、まだ何も知らない。

 外にすら出たことがない。

 感情に任せて探しに行くと言ってしまったが、そんなことができるはずもない。

 白装束達に迷惑をかけてしまうかもしれない。

 そう考えるとももこは心苦しくなってしまうが、しかし頼らざるを得ない。

 そうして出た言葉だった。


 きらめくももこの瞳の色に、白装束は背筋が伸びる。



「ももこ様、お願いを承りました! しかし、仮に力がなくとも我らはももこ様のお願いは何でもお聞きいたしますのでっ! それでは私は急ぎ大僧正にご報告してまいります。失礼致します!」



 ももこは白装束の言葉の後半部分が聞き取れなかったが、言葉が通じたのだと安堵した。

 そして今度はミモモのほうへ向き直った。



「ミモモ、ここ、一緒に、いよ? ウチと、一緒、暮らそ?」



 その言葉を聞いたミモモは、目を見開くだけではなく今度は口までぽっかりと開けたままで驚いてしまった。

 瞳が潤み、湿り気を帯びた。

 ミモモは慌てた様子で周りに居る白装束達の方へ視線をやる。

 どの白装束達も、頷くばかりである。



「も、ももこ様……ワ、ワシは……ええんだべか、そんな……」


「ミモモ……一緒、いて……



 邪神の能力の一つ。

 「命令」

 これはももこの「おねがい」という言葉をキーワードにして発動する。

 能力を発動したときのももこの言葉には例外なく誰も逆らうことはできない。

 いや、もしかしたら能力などなくとも、その美しくも可愛らしい、ももこの薄紫の瞳に見つめられてしまっては、誰もそのお願いを断ることなどできないのかもしれない。



「……へぇ、喜んで!」

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