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会議をしよう そのに

「次の議題は我々の活動目的についてだ……我々は邪神様復活を一つの目的として活動していた。しかし邪神様のお姿が分かっていなかった……何せ書物や肖像画でしか知らぬからな。残された情報の通り、残忍な性格で次々と怪しげな道具を開発され、禍々しくも凛々しいお姿であると思っていた。しかし、今日実際にももこ様の尊くも愛らしいお姿を拝見し、私は考え方が変わったといってもいい。皆もそうではないか?」



 熱気が渦巻いていた先ほどの様子とは打って変わり、会場内が静まり返っていた。

 大僧正は更に続ける。



「我々の一番大きな目的は、腐りきったこの国を邪神様のお力で滅ぼし、新しい国を興すことだ。天帝と天子の横暴で我々民衆は苦しめられる一方だ。……正直に言おう。今日私はももこ様のお姿を拝見し、その目的が本当に正しいのかという考えが頭を過ぎってしまったのだ。ここはどうか、皆の意見も聞かせてほしい。まずは私の意見からだ──」



 大僧正は再び立ち上がった。

 白装束達はフードを被っている為その表情までは見えないが、全員が大僧正に注目している。



「この国のことも、我らの悲願も、邪神であらせられるももこ様には一切関係のないことだ。我々の事情にももこ様を巻き込み、さらにはももこ様の意思を確認せずにそのお力を利用することなど、私にはできそうにない……仮にももこ様がこの国を、世界を滅ぼすことを望まれたときは喜んでそれに従おう……だが、もしも、もしもだ……我々に名を呼ぶことを許し、着席を許し、そして食事を共にすることを許されたお優しいももこ様が……それをお望みにならないなら、私も望まない! 我々の力はももこ様のお力だが、ももこ様のお力はももこ様だけのものである! 全ては、ももこ様のお望みのままに……それが私の意見だ……」



 大僧正は自身の意見を述べ終え、静かに着席した。

 そして白装束の中の一人が立ち上がり、フードを取った。

 ポニーテールの女性信者である。



「私は……天子の陰口を叩いたとかいう訳の分からない罪で家族ごと投獄されました。……私はなんとか逃げ延びることができましたが、他の家族の消息は未だに分かりません……私はこの国が許せない……一刻も早く邪神様にどうにかしてほしいという思いでここにやってきました……」


「そうだったか……事情は人それぞれだ。言いにくいことを皆の前でよく言ってくれたな。それでお前はどう思うのだ?」


「はい……国が許せない気持ちは揺らぎません。何よりも家族の行方が心配です……ですけど……ももこ様は私が想像していた邪神様なのでしょうか? あのように可愛らしい少女のお姿で復活なされました……そしてももこ様は先ほど、私の手を取って椅子に座らせ、そしてお名前を呼ぶことを許してくださいました。そして私の皿にあるニャンニャの実を食べさせてくださいました……こんなにお優しく愛らしいももこ様に、我々の都合を押し付けることは……私は不遜であると考えます!」


「よく分かった。ありがとう。お前の家族の消息は教団が力を合わせて全力で探すと約束する。後ほど詳しく報告にきなさい」



 大僧正はそう言って女性信者を座らせると、次に別の席の白装束が立ち上がった。

 フードを取った白装束はキリッとした眉の好青年であった。



「私も大僧正と同じ考えです! この気持ち、ももこ様の能力のお陰かもしれません……ですが、それだけではないと思っています! これは自分の気持ちです! そして、我々の目的は我々の手で成就すべきです! いえ、それ以前に、私はももこ様の望まれることを、ももこ様のためにしてさしあげたい。まずはももこ様のご意思を確認したいと思っております!」


「そうだそうだ! いいこと言ったぞ!」


「全てはももこ様の望まれるようにっ!」



 白装束は女性と青年に、それぞれ拍手を贈っていた。

 大僧正の言うように、教団に入った理由はそれぞれ違うかもしれないが、気持ちは一つだったのだ。



「では我々の目的はももこ様のご意思を確認できるまで保留とする。しかし、農業部門と商業部門の活動はそのまま継続するように。くれぐれも教団との繋がりを気取られぬようにな。そして今青年が言ったことこそが、今回の会議の一番の議題だ……これこそ皆の意見を聞きたい。ももこ様は復活なされたばかりだが、どうも我らの言葉をご理解なされていないご様子であった……これではももこ様の意向を確認することもできぬ。我々が今なすべき最優先事項は、ももこ様との意思の疎通である。……しかしその方法なのだが……」



 大僧正は少し口ごもった。

 その様子を見て言いにくいことであると白装束達も悟った。

 ふぅとため息を一つ付いて、大僧正は言葉を続けた。



「我々が所持する翻訳本も使えなかった……またももこ様が眠りからお目覚めになられたら試そうかとも思うのだが……もし本当に使えないと分かった場合、とるべき道が二つある。一つはももこ様に我々の言葉を覚えていただくこと。二つ目は我々がももこ様のお言葉を覚えることだ」



 会場が再びざわつき始めた。

 白装束の一人が挙手しながら立ち上がる。



「しかし大僧正! 我らの言葉をももこ様に覚えていただくというのは……不遜に当たりませんか?」


「そう、そうなのだ……分かっておる。本来であれば我らがももこ様のお言葉を理解するのが筋なのだ……しかしこの世界にいつまでももこ様が顕在なさるか分からないが……ももこ様に不都合があっても困る……やはりももこ様がこちらの言葉を喋れて理解できる方が、ももこ様にとって便利なのだ……そうは思わんか?」


「しかしそれにはももこ様に多大な苦労をおかけしてしまいます!」


「その通りだっ! ももこ様はそのままでいらしてもらうべきだっ!」


「いや、大僧正の仰ることももっともだぞ!?」


「しかし言葉を覚えるとは相当の努力を要するもの、苦痛に歪んだ表情のももこ様をお前は見たいのか!?」


「皆、一旦静かに! ……お前達のももこ様を想う気持ちは尊い。誰も間違ってなどいない。しかし、決めなければならないのだ。現実的な話をしよう。仮に我々がももこ様に言葉を教えていただくとして、どうやって言葉を教えてほしいというこちらの意思をももこ様にお伝えするのだ? そして何より、本が使い物にならない以上、教材がない。ももこ様のお使いになられている言葉は全く未知の言語である。ももこ様がそれらもなしに、不出来な我々に一から教えていくことこそ苦労や苦痛が伴うのではないだろうか……」



 大僧正のその言葉を最後に、意見が出なくなった。

 確かに一理あると全員が判断した為だ。

 そしておずおずと遠慮がちに挙手している一人の白装束がいた。



「あ……あの、わ、私……大僧正の仰るとおり、ももこ様に言葉を覚えていただく方が早く、確実だと思います。このような言い方はしたくないのですが……そ、その、我々全員が今の仕事を投げ出して言葉を覚える時間に費やすよりも、ももこ様お一人が覚えられた方が効率的かと……」


「その言い方はなんだっ!」


「ももこ様をなんだと心得ているっ!」


「こんの……効率厨がっっっ!!!!」


「ひっ! す、すみません……」


「いいのだっ! 皆静かに彼女の意見を最後まで聞きなさい! 間違ったことは言ってはおらん。続けなさい」



 大僧正の一喝でヒートアップしていた白装束達が黙る。

 そして挙手をしていた白装束が控えめに言葉を続けた。



「わ、私もももこ様のお言葉を覚えたいです……ですが全員が覚えるにはももこ様のご負担があまりにも大きいし、それにももこ様にこちらの言葉を覚えていただく方が、ももこ様にとって有益です……ですから私は、ももこ様に言葉をお教えする教師役を当番制にすることを提案します……」


「おお……」


「な、なるほど……」


「それは理に叶っているな……」


「ふむ……なるほどな。ももこ様の教師役を全員に回すことで、ももこ様は言葉の勉強が進み、我々も少しずつではあるがももこ様のお言葉を勉強できる……そしてももこ様と触れあえ……あ、いや、ももこ様にお相手していただけるチャンスを平等に全員にまわすこともできる、というわけだな?」


「そ、その通りです……すみません」


「いや、なかなかにいい意見だ! 皆どうだ? この意見に賛成のものは起立せよ」



 白装束達が次々に立ち上がった。

 座っている白装束は挙手をして意見を述べた白装束だけであった。

 周りを見渡しあたふたしながら自身も立ち上がった。



「全員賛成……だな。よし、ではももこ様に言葉を覚えていただこう。教師役は私も含め全員だ。しかし分かっていると思うが、ももこ様に触れてはならぬぞ? 触れられることは咎めはしない。しかし触れることは厳禁とする。邪神語で言うところの、イエスももこ様・ノータッチだ! くれぐれもそれは忘れぬように!」



 拍手が巻き起こる。

 今宵の会議はとても有意義で熱いものとなった。

 ここまで教団員の心が一つになったことは今までになかったかもしれない。

 大僧正は非常に満足いく結果に胸を撫で下ろした。



「皆! 紳士、淑女たれっっ! 以上で会議を終了するっっ!」

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