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言いなり

「ユキ、お前病院抜け出して一体何やってんだよ!」


「……ごめんなさい」



 病院……ユキさんは病気なのでしょうか。

 抜け出して、ということは入院されていたのでしょう。

 一平さんは腕を伸ばしてユキさんの腕に絡み付いています。

 なんか……いえ、何でもありません。

 ユキさんは俯いて一平さんと目を合わせようとしません。


 そんなユキさんを構うことなく、一平さんは吸盤でぴったりと吸い付いています。

 ……あまりナレーションしたくありませんね。

 一平さんはタコの口を漫画のように伸ばして、ユキさんの耳元に近づけました。



「心配したんだぜ、ユキ……」



 一瞬、ユキさんの体がぶるりと震えました。

 腕に鳥肌が立っています。

 ……うわあ……



「にゅ」


「あん? なんだこのクラゲのガキは」



 一平さんは、チェリーちゃんに腕を伸ばしました。

 捕まえるつもりです。



「やめて! チェリー君は子供よ!」


「…………へっ、そうかい」



 子供ではありませんし、ユキさんも分かっているのですが、敢えて子供だと言ったのでしょう。

 ユキさんの強い言葉で、一平さんは伸ばしていた腕を引き下げました。

 何をしようとしたのでしょうか。



「おいユキ、俺から逃げようたってそうはいかねぇからな。何しろお前は──」


「分かってる! ……分かっているわ……私はここからどこかへ行くつもりはないの……でもたまには息抜きくらいさせてくれてもいいでしょう? それくらいだったら……必ず帰るから……」


「…………まぁ、分かってるならいいんだ。じゃあ、病院で待ってるからな」


「…………分かったわ」



 一平さんは、ユキさんの腕から離れると、八本の腕を使って泳いで行きました。

 ユキさんの腕には吸盤で吸い付かれて赤くなった跡が残っています。



「にゅわ……」


「…………学校を出たあと……本当は、大きな街で一人暮らしをしてみたかった……」



 俯いたままのユキさんの表情は分かりません。

 ユキさんは心配するチェリーちゃんに語り始めました。



「でも親がそれを許さなかったの……親元から離れることは絶対にダメだって……だから地元の会社に勤めたの」


「にゅ」


「ある日、お見合いをしろって……私は嫌だって言ったけど、地元で一番のお金持ちの息子さんとの縁談だって……私断れなくて……」


「にゅにゅ」


「あの時、家出したらよかったって……いつも思うの。チェリー君……私ね……妊娠してるの……」


「にゅひ?」


「お見合いの日、さっきの彼に出合ったの……私……親にも、あの人にも、逆らえなかった……悔しかった……親にはお前は俺達の言うことを聞いていればいいって……あの人には大人しくしろって力で抑え込まれて……私、私……男の人に産まれれば良かったって……いつも流されて……ひどい目に合わされて……もしも逃げることができてたら……私もチェリー君みたいに自由になれたかなぁ……」


「にゅー」



 チェリーちゃんはユキさんの肩に、触手をぽんと置きました。

 ユキさんが顔を上げました。

 チェリーちゃんが別の触手で、あさっての海の方角をクイクイと指しています。

 そうですね、チェリーちゃん。

 私も同じ気持ちです。



「チェリー……君」


「にゅっひ!」



 ほどなくして、二人は泳ぎ始めました。

 チェリーちゃんがユキさんの手を引いて。

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