チェリーちゃんはユキちゃんと海底の岩場に腰を掛けて、楽しそうにおしゃべりを続けています。
とても浅い海です。
お日様の光が海の底まで届いています。
海水や海底の砂で乱反射した光がキラキラと輝いていますね。
通りがかるお魚たちもみんな笑顔です。
とても穏やかな海でした。
「まぁ、それじゃあチェリー君はそのヌメ彦さんと色んな町を旅したの?」
「にゅーわ」
「いいなぁ……凄く楽しそう……」
あら? ユキさんの表情が優れません。
チェリーちゃんのお話を楽しそうに聞いていたのに、突然うつむいてしまいました。
「……にゅ?」
「……あ……ううん。ごめんなさい。私もね、色んなところに旅が出来たらなって思って」
ユキさんが無理に笑顔を作っているのはチェリーちゃんにも分かるのでしょう。
なぜ落ち込んでいるのか、理由は分かりません。
こんなときは、どういう風に声をかけてあげるのがいいのでしょうね……
おや? チェリーちゃんがさっそく、何かを書いたメモをユキさんに手渡しました。
「えっと……旅の話を聞くのは辛い? って……ううん、そんなことないの。私ったらごめんなさい。そうじゃないの」
「にゅ」
「ごめんなさい……あのね……私、ずっとこの場所から出られないんだなって思っちゃったの。生まれてから死ぬまでずっとこの海しか知らないまま過ごさなきゃいけないんだろうなって……」
ここの海は凄く綺麗だけど、何か嫌なことがあったの?
チェリーちゃんはそう書かれたメモを渡します。
「嫌なこと……ううん。何て言うのかな……多分縛られてるんだと思う……色んなことに縛られてるの。それを振りほどいて飛び出す勇気も私にはなくて……ダメだね、私……本当は旅をしたいとか、外に出たいなんて思っちゃいけないのに。いっそ誰かが無理矢理連れ出してくれたらいいのに……なんて」
「…………」
チェリーちゃんはユキさんの言うことを黙って聞いています。
じゃあ行こう、とは言わないのがチェリーちゃんなんですよね。
最近ちょっと分かってきました。
多分、ユキさんが悩んでいることは、それで簡単に解決することではないのでしょう。
「にゅにゅ」
「え? なに? チェリー君」
「にゅー……にゅにゅ! にゅわ!」
「え? お正月にお金がなくなって、子供のふりをして道行く人からお金を貰ったこともある? 本当に?」
「にゅーにゅわ」
「ふふ……やだ、チェリー君ったら。……ねぇ、やっぱり旅って大変なの?」
「にゅーわ」
聞かれたチェリーちゃんは、いそいそとメモに記入し始めました。
「えっと、旅……は、大変だよ……でも、旅をしてなくても大変だよ。生きてるとどうしても、たくさん迷うことがあるよね。なんだかよく分からなくなっちゃうことも多いよね。だからいつも不安なんだ。実は俺はシャングリラっていう土地を目指して旅をしてるんだけどさ。本当にあるかどうか、分からないんだよね。俺はあるって信じてるんだけど、どこにあるのか分からないんだ。だからね、迷ったり、疲れたり、立ち止まったりしたとき、自分の位置が本当に分からなくなるときがあって、とても怖いんだよ………………チェリー君……」
「にゅひ」
「チェリー君も、怖いときがあるんだね……」
「にゅ? にゅわー」
「えっと……不安なときは誰にでもあるよ……そんなときは、どこにも行かないで立ち止まって自分の位置をしっかり確認したほうがいいんだよ……そう……なのかな? 本当にそれでいいのかな? 私……」
「にゅーわ」
チェリーちゃんはユキさんの頭を優しく撫でてやりました。
ユキさんが何に悩んでいるのか、相変わらずよく分かりませんが、慰めてあげることができたのでしょうか?
「チェリー君、ごめんね。私の話を聞いてもらってばかりだね……ごめんなさい……」
「にゅわ!」
「あっっ! ユキ! お前、こんなところにいたのかよ!」
そのとき、突然チェリーちゃんたちの頭上から男性の声が聞こえました。
どうやらユキさんの知り合いのようです。
二人は声のしたほうへ視線をやりました。
そこには、タコの男の子が泳いでいました。
「い、一平君……」