チェリーちゃんの旅は続いています。
ゲンジョーさんのもとから逃げるようにして飛び出してから一ヶ月は経ったでしょうか。
「にゅ! にゅわっ!」
……はいはい。「逃げるように」は余計でしたね。
今日は陸に近い浅い地域で、海面から顔を出し、日光浴をしながら泳いでいます。
最初に旅は続いていますと言いましたが、これは旅と言えるのでしょうか。
ついでに言うと、泳いでいると言うか海流に任せてフワフワと漂っているだけのような気もしますね。
「にゅ~わわ、にゅ~わわ~」
あらあら、チェリーちゃんったら鼻歌なんて歌っちゃって。
よっぽどお日様の光が気持ちいいのですね。
誰かに気兼ねすることもない一人旅ですから、たまにはこういったのんびりした時間もいいものですね。
「きゃ」
あら? 今、女性の悲鳴が聞こえましたね。
大きな悲鳴ではなく、少し驚いたときに出る小さなものですが……
どうやら海面を漂っていたチェリーちゃんがぶつかってしまったのですね。
「にゅひ?」
「ご、ごめんなさい。私ったら、ボーっとしちゃって。クラゲ君、怪我はない?」
黒髪の人魚の女性です。
腰の辺りまである黒髪はお日様の光を反射してとてもツヤツヤして美しいですね。
清楚で大人しそうな美人です。
これはまたよからぬ展開になりそうな気が……
「にゅへへっ、にゅひ」
ああ……案の定デレデレとした顔になってしまっていますね。
ここ最近、女性と言えばミチちゃんくらいでしたからね……
「よかった、怪我なんかはないみたい……クラゲ君はここで何をしていたの?」
「にゅ? にゅわ」
「……? もしかして喋れないのかな?」
人魚の女性は申し訳なさそうな顔をすると、チェリーちゃんの頭に手をやり優しく撫で始めました。
「私はユキっていうの。ごめんね、クラゲ君。まだ小さいから上手く喋れないよね。困ったなぁ、迷子かなぁ?」
「にゅー……にゅわ!」
チェリーちゃんは慣れた手つきでメモを取り出し、何かを書いた後ユキさんに手渡します。
「チェリー……君っていうの? あら? 私の言葉が分かるのね?」
「にゅーにゅ!」
ユキさんの言葉にチェリーちゃんは大きく頷いて見せます。
てっきりユキさんの体をまさぐるのかと思いましたが、自己紹介から入るようで少し安心しました。
……いやですね、私の思考も少しずつチェリーちゃんに毒されてきているのかもしれません。
「良かったぁ。ねぇチェリー君、お父さんとお母さんはどこかな? 迷子になっちゃってるなら私が連れて行ってあげるよ?」
「にゅ? にゅー…………にゅ!」
「ん……と……なになに? えっ! 実は……こう見えて大人……って、ええっっ!? チェリーく……えっと、チェリーさん? ごめんなさい。私ったら酷い勘違いをしてしまって……」
「にゅーわ」
チェリーちゃん、大人である事は伝えたようですが実年齢は明かさないのですね……ちょっとした下心を感じますがまぁいいでしょう。
久しぶりに人と会話することが嬉しいのでしょうか、更にメモを渡しています。
「呼び方はチェリー君でいい……の? ……ありがとう。…………そう、一人で旅をしてるのね」
「にゅわ!」
「旅かぁ……いいなぁ。 私ね、この辺の海から出たことがないんだ……」
「にゅ? にゅー……にゅにゅ! にゅー!」
チェリーちゃんが海底のほうを
浅い海域なので海面から海の底が見えています。
そこには黒くて腰をかけるのに丁度いい形の岩がありました。
そうですね、ちゃんとお話しするんですもの。座ってお話したほうがいいですね。
「ふふっ。良さそうな形の岩だね。うん、じゃああそこで少しお話しましょうか」
「にゅーわ」
そう言うと二人は岩に向かって泳いでいきました。
ユキさん、ちょっと警戒心がないように思いますが……少し心配です。