目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
愚痴

 あれから一週間が経ちました。

 私はナレーターとして、物語の主役を見失ってしまうという失態を犯してしまいました。

 ゴクーさんと揉め事になったとき、チェリーちゃんの姿が見えなくなってしまったのですが、てっきりゲンジョーさんと一緒に居るものだとばかり思っていました。

 しかしあの後、どこを探してもチェリーちゃんの姿は見つからなかったのです。


 三日ほど探したのですが見当たらず……

 とうとう、作者さんに泣きついて見つけました。


 見つけたとき、チェリーちゃんは海の浅い階層を漂っていました。

 何をするでもなく、ただ降り注ぐお日様の光を眺めていました。


 最初はゲンジョーさんのところへ戻るように言おうかと思ったのですが、そんなチェリーちゃんを見ると、声をかけることが出来ませんでした。

 作者さんは「心配しなくても、放っておいていいっすよ」と軽く仰っていましたが、放心状態で漂うチェリーちゃんを見るとそんな気にもなれず……

 この物語の主人公は間違いなくチェリーちゃんです。

 タイトルだって「くらげのチェリー」ですもの。間違いありません。

 チェリーちゃん自身もそのことを分かっているはずです。

 ですから、よほどショックだったのでしょう。

 正直、作者さんも気まぐれが過ぎると思いました。

 こんなにキャラクターを弄ばなくても……



「にゅわ……」



 あ、チェ、チェリーちゃん。

 心配しなくても無理に連れ戻そうとは思っていませんよ?

 さすがの私も今回ばかりはその……同情しているわけではありませんが、あまりにもその……





────────────────────────────────



 うぉー、おーおー……さ、輪ーにーなってーおーどろー……らんらぁらんらぁらぁー……すぅーぐに分かるかぁらぁ……


 ……か。


 あーあ……


 くっそ……くっそ……俺が主役じゃねぇのかよぉ……

 なんだよこの小説……くっそ……やってらんねぇ……



 ……


 …………?


 あ、あら?

 繋がっちゃってる?

 ちょ、あ、ごめんね、みんな。

 おじさんだよぉ……



 ……はは。

 みっともないところ、見せちゃったね……

 今見たこと、忘れてね?


 ……


 ……っていうか、ここ最近のお話全部忘れてくれると嬉しいなぁ。


 あーあ……

 なんだろうね。


 最近なんだか上手くいってた気がしてたんだよね。

 なんとなくだよ?

 なんていうかこう、物語の主人公として! みたいな感じでさ。

 おじさん、勘違いしちゃってたのかな……


 おじさんさ。

 他の作品の主人公みたいにさ。

 魔法が使えたり、剣がうまかったり、めちゃくちゃ賢かったり、異性にモテモテってわけじゃないでしょ?

 なんの能力もないのよ。

 はっきり言って隙間だよ、隙間。隙間産業。

 そういう主人公らしい主人公達に挟まれて、その隙間で主人公らしいことができたらなって思っちゃってたわけですよ。


 実際このお話の中ではおじさんを中心にお話が展開しててさ。

 ちょっと名前は忘れちゃったけど、女将さんといい雰囲気になったり、ヌメ彦と仲良くなったり……

 結構主人公っぽいなって自分でも思ってたわけ。


 そしたらこれだよ。


 なんか、作者さんにさ、勘違いするんじゃねぇって、自分が主役だと思うなよって言われた気がしたよ。

 見てよ、あれだけ仲が悪かったナレーションのお姉さんにも同情される始末だよ……


 こんなことで落ち込むおっさんってのもどうかと思うけどさ……

 だってさぁ……

 だって、だってなんだもん。

 もうおじさん、それしか言えないよ。



 ……


 …………ごめんね。

 なんか吐き出したらおじさん、ちょっとすっきりしたよ。

 読者さん様様だね。

 ごめんね、愚痴聞いてもらっちゃって。

 小説の中のキャラの愚痴聞かせるとか、ほんとどうかしてると思うよ、このお話……


 でもそうだね、おじさん、主人公っぽくないけど、読者さんが見てくれてると思って頑張ることにするよ。

 もうちょっと旅らしい旅もしようと思う。

 なんか、いつものおじさんらしからぬ発言だけど許してね……すぐに元通り戻るから……



────────────────────────────────





「にゅひっ!? ……にゅわ」



 チェリーちゃん……

 そうですね、この物語をお読みくださっている皆さんのために頑張る。

 私もチェリーちゃんのその言葉に同意です。


 チェリーちゃん、今回の事は仕方がなかったのです。

 気を取り直してまた旅を続けましょう。

 私は仕事ですけど、頑張ってチェリーちゃんを追いかけてナレーションをしようと思います。

 その……なんというか……はじめはチェリーちゃんのことがどうしても許せませんでした。

 ですが、最近はそのように思うことも少なくなっています。

 一緒に物語を作っていきましょう。

 やっぱりチェリーちゃんが主役だと、私は思っています。



「にゅ? ……にゅわ……にゅひひ」



 チェリーちゃんは少し照れたように触手で頭を掻いたあと、元気に泳ぎ始めました。

 ダメなところも沢山あるし、意外と傷付きやすい人だけど……なんだか不思議なくらげです。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?