イソギンチャクの触手が刺さったまま、口をパクパクさせるクマノミを見て、ゲンジョーさんもなんと声をかければいいのか分からないようです。私も分かりませんし、あまり実況もしたくありません……
「それはそれは……なんと言えばいいのか……奇特なことですね」
ゲンジョーさん、余り直視したくないのでしょう。
目をそらしています。
ようやく出てきた言葉ですが、そうとしか言えませんね。
「それでは我々は先を急ぎますのでこれで」
「ま、待ってください!」
そそくさと泳ぎ去ろうとするゲンジョーさんをイソギンチャクが呼び止めました。
……まだ何かあるのでしょうか。
「じ、実は触手が抜けないのですわ……抜こうとすればするほど奥に入ってしまって……」
「カ……ヘッ! チカ……チカ……」
余り言いたくはありませんが、クマノミの目の焦点が合ってませんね……チカチカって……
「い、いや、普通に抜けば良いのでは?」
「それができるならこんな気持ちの悪い状況になってませんわ……お坊さん、何かいい方法はないですか?」
「いい方法と言われましても……」
ゲンジョーさんは考えながら、チラッとクマノミを見ます。
「ぬい……ぬい……て! ぬき……!」
「はぁ~……仕方がない……」
そう言うとゲンジョーさんは、近くに生えているワカメを一房抜いてきました。
そしてワカメを珍宝に差し出しました。
「珍宝、触手を使ってこのワカメをしごきなさい」
「にゅわ?」
「いいですか? 最初はなるべく力強く、粘りが出てきたら優しくしごきなさい」
ゲ、ゲンジョーさんは一体何をするつもりなのでしょうか。
珍宝も特に逆らうつもりもなく、必死にワカメをしごき始めました。
「にゅ! にゅ!」
「もう少し早く!」
「にゅわっわっ! にゅにゅ!」
おや? ワカメから薄緑色の何かが出てきました。
何でしょうか?
「珍宝、優しく! 溢れてきた液体をこぼさないように!」
「にゅ、にゅわ!」
珍宝の触手がヌルヌルし始めていますね。あれは……ロ、ローションでしょうか……
「さ、珍宝。そろそろよいでしょう。その液体をクマノミの肛門に塗っておやりなさい」
「にゅ、にゅっっ!?」
珍宝のあからさまに驚いた顔……ぷっ。
さすがの珍宝もそれは嫌でしょうね。
「天然由来のものですから粘膜に塗っても安全です。さ、早くしておやりなさい」
「にゅ……にゅにゅ」
いや、そういうことじゃなくて……という珍宝の心の声が聞こえてきますね。
あきらめて、珍宝はクマノミの肛門周辺にローションを塗ってやることにしました。
「カヘ……カッッッッッ!! …………oh Yes……」
「にゅ、にゅわ゛ぁぁ……」
めちゃくちゃ嫌そうな顔です……あっ! ポンっていう凄い音ともに、イソギンチャクさんの触手が抜けました!
「ケッッッハッッ!」
「お、おお! 抜けましたわ! やった! お坊さん、ありがとうございます!」
クマノミがお腹を海面に向け、ゆっくり浮かび上がっています。
あれ、大丈夫なのでしょうか……このお話が小説で本当に良かったです。
ちょっとした衝撃映像ですね……
「良かった。それでは今度こそ我々はこれで。珍宝、参りますよ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
一刻も早くその場を立ち去りたいであろうゲンジョーさんを、進路に立ちふさがるように回りこんできたイソギンチャクさんが止めました。
「こ、今度は何ですか……もう問題は解決したでしょう」
「お願いします、私達も旅のお供をさせてください!」
「にゅわ?」
なんと。
まさかの提案ですね。
それよりクマノミがどんどん浮かんでいっていますが、誰も気付いていないのでしょうか……
「ここより先の海域は、誰彼構わず襲い掛かってくるような危険な輩が沢山いますわ。危険な海域を抜ける間だけでも、我々を供にしてください! せめてものお礼として!」
「な、なるほど……それほどまでに危険なのですか……そういうことでしたらお言葉に甘えましょうか……」
「ありがとうございます。私はサゴジョーと申しますわ。こいつはハッカイです。……あれ? ハッカイ?」
おお、サゴジョーとハッカイ! ますます西遊記っぽくなってきましたね。
ですが、ハッカイは海流に乗って更に海面近くへ昇っていってしまって、ここからでは既に点くらい小さくなっていました。
「ハッカイ! ハッカイどこだ!」