珍宝は知り合ったクラゲの女の子、ミチちゃんと共にお寺の前までやってきました。
「あれぇ、お寺の門が開いてる! 誰かお客様がきてるのかなぁ?」
ミチちゃんは一礼してから門をくぐると、外にもう誰もいないことを確認してから門を重たそうに閉じました。
ふふ、かわいらしい子ですね。
「にゅ~わ」
「え? なぁに? あー、早くご飯を食べさせろって顔してるぅ。お兄ちゃん、言葉は喋れないけど分かりやすいね」
「にゅ!」
まさか長年続けてきたこの仕事で、四十にもなる大人が子供にたかる姿をナレーションすることになるとは思いませんでした。
改めてひどい物語だと思います。
珍宝とミチちゃんは門から真っ直ぐ進んで本堂へ入ります。
本堂の奥は、私には暗すぎて見えませんが、お釈迦様のような仏像が鎮座していました。
「おしょーーーーさまぁーーーーー!」
「おぉ~ミチ! こっちじゃぁ~!」
お年を召した男性の声が、ミチちゃんの声に答えました。
和尚様ですね。
声の聞こえ方からして、本堂と少し離れたところにいるようです。
「多分離れのほうね。お兄ちゃん、こっちだよ!」
「にゅ」
二人は本堂を出て、参道から脇に伸びている細い道を辿って泳いでいきました。
ちょうど本堂の裏側にあたる場所、海草の茂みの奥にこじんまりとした苔むした石造りの小屋がありました。
「おや? 珍宝ではないですか。一体何をしていたのです」
「にゅひっ!」
「ははぁ、このクラゲの子供が三蔵様の仰っておられた子ですか」
「和尚、先程も言いましたが、私は確かに経典を授かる旅をしております。しかしまだ三蔵ではございません」
「ほっほ……まだ、ですか」
「あ、いえ……これはこれは……私もまだ修行が足りませんね」
「ぺっ」
あ! 珍宝! 今お二人のやり取りを見て唾を吐きましたよ! なんと不届きなっ!
これは酷い! 酷すぎますっ!
「これ、珍宝! なんという罰当たりなことをするのですかっ!」
「まぁまぁ、三蔵様。子供のすることです」
「むぅ……し、しかし……」
しかし、珍宝は子供ではありませんからね。後でしっかりと折檻でいいと思います。
「そ、そうですね。御使い……ではない、和尚の仰るとおりです」
「ほっほ」
「こんにちは! はじめまして! ミチはクラゲのミチっていいます! おじさんは偉いお坊さんですか?」
ほっ……心が癒される……
ミチちゃんは天真爛漫にゲンジョーさんにご挨拶をしました。
いい子です。間違いありません。
「こんにちは、ミチちゃん。私はゲンジョーという旅の僧です。今晩は珍宝と共にこのお寺にご厄介になろうと思っているのだが、許可をくれるかな?」
「はい! ミチも和尚様も、大歓迎です! どうぞ、ごゆっくりしていってください!」
ゲンジョーさんは自身の棘が刺さらないように気を使いながら、ミチちゃんの頭を撫でてやりました。
「とても賢い子だ……それに優しい」
「三蔵様、この子に法名を授けてやっては下さらんか?」
「和尚?」
ミチちゃんはきょとんとした顔で二人を見つめています。
何の話をしているのか分からないのでしょう。
そう言えば、法名とはつまり何のことなのでしょうね。弟子になった証のようなものでしょうか。
「ワシにはもう残された時間があまりないのです……三蔵様……誠に勝手なお願いとは分かっております。どうかこの子に法名を……」
「和尚……」
なるほど、この世界では法名を授かった仏弟子は、授けてくれた高位の僧の弟子となって修行をしなければならないのでしょうか。
つまり、和尚様は遠まわしに、ゲンジョーさんにミチちゃんを連れていってくれないかとお願いしているわけですね。
ゲンジョーさんはミチちゃんをじっと見つめました。
ミチちゃんは相変わらずきょとんとしています。
「ミチちゃん。ミチちゃんは将来は何になりたいのかな?」
「え? うーんとね、ミチは和尚様みたいに優しい人になりたい!」
「そうですか。でもミチちゃん、和尚様みたいになるにはとても厳しい修行に耐えないとなれないんだよ?」
「うん! 知ってる! だからミチ、一生懸命頑張る!」
「……ミチちゃんは、このお寺を出て、私と珍宝と共に修行の旅に出ようと言われたらどう思うかな?」
「え……」
それまでハキハキと答えていたミチちゃんが、答えに詰まってしまいました。
「どうかな? ミチちゃん」
「…………や、やだ」
「ああ、そうだろうそうだろう。和尚、聞いての通りです」
「し、しかし三蔵様」
「ミチちゃんは和尚と共に在りたいと願っています。法名は授けましょう。しかし和尚、その命が果てるそのときまでミチちゃんと一緒にいておやりなさい……それに私にはこの子を和尚から引き離すような真似はできそうにありません」
「し、しかし……う、うむぅ……」
「和尚様……ミチ、このお寺にいちゃダメなの?」
上目遣いで目を潤ませている……と思います。クラゲですからよく分かりませんが、きっとそうです。
ミチちゃんは和尚様にすがりました。
「いや……ミチ……う、うむ。ずっと寺におってもよいぞ」
「うわぁ、ありがとう、おしょーさま! ミチ、これからも一生懸命頑張るっ!」
「ふぅ……ミチにはかなわんの……」
「かぁっ……ぺっ」
そもさん。
「にゅひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっっ!」
「ところで、ミチちゃん、ミチちゃんはこれからも和尚様と一緒に仏様に御仕えするということでいいのかな?」
「うん!」
「でしたら私がミチちゃんに、仏様に御仕えするための新しいお名前を授けてあげよう。和尚、それでよろしいですか?」
「三蔵様ほどの徳の高いお方に法名を授かることは有難いことです。よろしくお願いいたします」
「ふむ。では……ミチちゃんのお名前はどういう意味があるのかな?」
「えっとね、和尚様がつけてくれたの! んとね、海の上のほう、海よりもっと上のほうに、お月様っていう光るものがあるって。お月様みたいに光って幸せに満ちるで、ミチってお名前なの!」
「そうかそうか、ありがとう。とても素晴らしいお名前だね。だったらそれに負けないように私も一生懸命考えるとしよう」
ゲンジョーさんはしばらく唸って考え続けました。
ミチちゃん……とっても素敵な名前ですね。
和尚様もなかなかロマンチックな考え方をされるようです。
それにしても、ゲンジョーさんもお優しい。和尚様とミチちゃんを引き離すのは私も心が痛みます。
是非とも和尚様には長生き──
「
ぶっっっっっっっっっふぁ!!!!!! ……ごっほ! げふっ、がっっっは! コ、コーヒーが……
し、失礼しました! ちょ、ゲンジョーさん!?
「にゅははは」
「さ、三蔵……様?」
「おじさん、ありがとう!」
いやいやいやいやいやいや! ちょっと待ってください! それはダメですよ!!!!