珍宝は海溝の底にあるお寺を目指して泳ぎました。
お寺の中で淡い光が揺れています。
誰かがいる証ですね。
海は綺麗な場所ばかりではありません。
この世界の海は魚達が集まって生活しているにぎやかな街もあれば、手付かずの自然のまま残った私たちが想像するような綺麗な海底もあります。
そして、今珍宝がいる場所は、皆さんに最初にご紹介した「暗い海」よりもなお暗い、とても恐ろしくて寂しい場所です。
私はナレーションをしているだけなのですが、画面越しに見ていても身震いしてしまいそうな光景です。
「にゅーにゅ、にゅ~」
珍宝ったら……のんきに鼻歌を歌ってます。
神経が図太いというか……こういう頼り甲斐があるところを見せないで欲しいです。
「にゅわっ!」
あ! 珍宝の進路方向が直角に曲がりました!
逃げるつもりです!
ゲ、ゲンジョーさん……は、もう見えてません。
本当に油断も隙もありません。
こら、珍宝! お寺に向かいなさい!
「にゅー……わっ!」
珍宝の体の傘部分の下から、体の大きさの半分ほどの空気がボコッと溢れ出ました。
うわ……きったな……
仕方ありません。
そもさん(ボソッ
「にゅわっにゅ~わっ……にゅ? にゅ……にゅわあああああああああああああああああああああああああああ!」
わー、ゲンジョーさんにはすべてオミトオシのようですネー。
珍宝は体をグネグネさせながらもがき苦しみ始めました。
本当に懲りないクラゲです。
「にゅ……にゅひぃ……」
珍宝は頭の痛みに成すすべもなく、力が抜けたのかそのまま海底へ沈んでいきました。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
「にゅ……にゅわぁ」
「あ、目が覚めた! お兄ちゃん、大丈夫?」
真っ暗な海底で珍宝は目を覚ましました。
目の前には……シンカイウリクラゲでしょうか……?
瓜のような形をしたクラゲがいました。
なんと、体の筋になっている部分が虹色に光っています。一体どういう仕組みなのでしょうか。とっても綺麗です。
どっかの汚いクラゲとは大違いです。
「にゅわ……」
「お兄ちゃん、ここに倒れてたんだよ? どうかしたの? おうちはどこ?」
「にゅひ? にゅ……」
「もしかして喋れない?」
珍宝はその質問に頷きをもって答えます。
「えー困ったなぁー。……うーん、あ、そうだ! ミチはね、クラゲのミチっていうんだよ! そこのお寺で和尚様と一緒に住んでるの」
「にゅにゅ?」
クラゲのミチちゃん……女の子でしょうか。
可愛らしい名前ですね。
とても素直そうで正義感溢れるいい子のようです。
「お兄ちゃん、お腹すいてない? 和尚様にお願いしたらご飯が、たぁーくさん、もらえるかもしれないよ」
「にゅー……」
あ、珍宝、ちょっと考えてますね。
実はゲンジョーさんとの旅が始まってから、精進だということで海草類しか口にしていない珍宝です。
あの顔は、脱走と食欲を天秤にかけてますね。
「にゅわ!」
「わ! お兄ちゃん急に元気になった!」
珍宝は腹を決めたようです。
「あん、待ってよ! お兄ちゃん! ミチをおいてかないで!」
お寺のほうへ向かって泳ぎ始めるのでした。