ゲンジョーさんと珍宝は、大きな海峡沿いの細い道をタカアシガニを引き連れて旅を続けています。
山が終わったと思ったら今度は谷です。
クラゲの珍宝はともかく、ウニであるゲンジョーさんも、タカアシガニも泳ぐことは出来ません。
道を歩くしかないのです。
そういう意味でもゲンジョーさんの旅はとても厳しいものでした。
お供である珍宝は、泳いではいますがゲンジョーさん達に
海峡の横幅は百メートルはあるでしょうか。
海峡の裂け目はどこまで続いているかは分かりません。
何しろ、両端が遥か遠くのほうまで続いています。
一度海峡の底まで降りて、どこか登れそうな場所から登ったほうがよいというゲンジョーさんの判断でした。
元々太陽の光も届かない場所でしたが、海峡を降るにつれ暗さを増しています。
私ならすぐに足を踏み外しそうですが、みんなには見えているのでしょう。
「お待ちなさい、珍宝」
ゲンジョーさんと、ゲンジョーさんが手綱を引くタカアシガニが歩みを止めました。
先を泳いでいた珍宝に声をかけます。
「珍宝……これ、珍宝!」
「にゅ……にゅわ?」
珍宝は呼びかけられていることに気付き、後ろを振り向きました。
あ、これは無視ではなくて、完全に自分が呼ばれていると思わなかったのでしょう。
「珍宝、あそこに寺があるのが見えますか?」
「にゅ~?」
抵抗しても無駄だと分かってからの珍宝は、意外にも従順な姿勢を見せています。
案外世渡りは上手いほうなのかもしれませんね。
珍宝はゲンジョーさんが針の一本で指しているほうを見ました。
それは、ようやく見えてきた海峡の底の方でした。
……おや、確かに底にお寺らしき建造物が見えますね。
「珍宝、あなたはクラゲ。泳げますね」
「にゅわ」
「一足先にあの寺の様子を見てきてはもらえませんか。もしもご住職がいらっしゃるのでしたらご挨拶もお願いします。今夜はあの寺で休ませていただけたらと思います」
「にゅうぇ~!」
あ。今あきらかに面倒そうな表情になりましたね。
ゲンジョーさんもそれが分かったのか、胸の前で数珠を構えます。
「にゅにゅ! にゅわ! にゅわ!」
「素直でよろしい。ではよろしくお願いいたします。我々は引き続きあの寺を目指して歩みを進めることにします」
「にゅ!」
ちょっと不遜な態度を取ったら痛みを思い出させてやる。
ゲンジョーさんの教育方針は間違っているとは言い切れません。
珍宝にはそれくらいしないと分かってもらえませんから。
素直になった珍宝は、そそくさと海底を目指して泳いでいきました。
「ふぅ……行きましたか。それでは我々も行きましょうか」
珍宝が急いで去っていったのを見届けて、ゲンジョーさんは再びタカアシガニと共に歩みを進め始めました。
……珍宝、ちゃんと帰ってくるでしょうか。
これも仕事ですので、私は珍宝を追いかけることにします。