「チェリー君、待って! 今度はどこへ行こうっていうのさ」
「にゅーわ」
突然の腰痛もすっかり回復したのか、チェリーちゃんは拾った雑誌を持って茂みから出てきました。
その後をジャン君が追いかけます。
「チェリー君、あ、あの、その雑誌……どうするつもりなの?」
恐る恐る、というべきでしょうか。
ジャン君は先に進んでいくチェリーちゃんに小さな声で問いかけました。
小さいながらもはっきりと聞こえたのでしょう。チェリーちゃんは泳ぎを止めて立ち止まり、そしてジャン君のほうへ振り返りました。
んまっ! なんていやらしい顔……この世のものとは思えませんね。何かたくらんでいるんでしょうか。
「あ、あの……チェリー君?」
「にゅわ」
チェリーちゃんがジャン君にメモを渡しました。
そこには「君の通っている小学校へ案内してくれない?」と書かれています。
これは……犯罪臭しかしませんね……
「え、僕の学校? い、いいけど……どうして?」
さらにチェリーちゃんはメモを渡します。
「エロ本が欲しいか?」と書かれています。
「………………」
ジャン君はしばらく黙った後、ゆっくりと頷きました。
…………まぁ、年頃ですから。
男の子なら仕方のないことなのでしょう。
そしてもう一枚、チェリーちゃんはジャン君にメモを手渡しました。
「俺が捨てられたエロ本の正しい使い方を教えてやる」
チェリーちゃんとジャン君は、小学校の校門の前にやってきました。
ジャン君が通っている学校のようです。
ただ、校門の前とは言っても、誰にも見つからないように、校門の前にある道を挟んだ向いの茂みに身を潜めています。
「チェ、チェリー君、どうして隠れるのさ?」
「にゅー」
「ここでしばらく待ってろ」というメモをジャン君に渡し、チェリーちゃんは茂みを出て行きました。
時間は十八時。ジャン君のように下校してしまった子供たちがほとんどで、校門には誰もいません。
職員は専用の門があるので、ここを通る子供はもう少ないでしょう。
チェリーちゃんは校門の前に、わざとらしく雑誌を置きました。
そして茂みに帰ってきます。
「ちょ、チェリー君!」
「にゅーわにゅーわ」
まぁまぁ見てろって、みたいなジェスチャーです。
ジャン君は納得できないような顔ですね。
私にも、チェリーちゃんが何をしたいのかが分かりません。
ジャン君は欲しがっていた雑誌を捨てられたのですから、特に意味が分からないでしょうね。
「にゅにゅ!」
「え、な、なに?」
校門を三人の男子児童達が通ろうとしています。
校内のグラウンドで遊んでいたのでしょうか。
……あっ! こ、このまま行けば……ま、まさかチェリーちゃん……!!
「んでな、そんときケイタロウがさ……って、ん? あ? なんだこれ?」
「雑誌じゃね? なんでこんなところに捨てられ──」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!」
他の二人に先んじて雑誌を読み始めたワカシ(ツバス)の子供が叫び声を挙げました。
うわぁ……な、なんてことを……
ワカシの子供は驚く二人を無視して、残った雑誌を慌てて抱え込みました。
「タケちゃん、どうしたんだよ?」
「びっくりさせんなよ。その雑誌がなんだってんだよ?」
「こ……これ」
ワカシの子供は雑誌を開いて二人に見せました。
そこにはブリの女性の写真が載っています。
「っっっっっっっっ──────!?」
「おまっ! これっ!」
食い入るように雑誌を凝視した後、三人は激しく、周囲を警戒しました。
そして、頷きあって猛スピードで泳ぎ出しました。
ここが地上なら夕日のほうへ向かって走ったのではないでしょうか……
全てを置き去りにするような泳ぎですね……
「にゅわーーーーーーーーーーっはっはっは! にゅひっ! にゅひっ! にゅひひひひひひひひぃっ!」
「チェリー君! と、取られちゃったよ! 何がしたいのさ!」
一部始終を見ていたチェリーちゃんはお腹を抱えて下品に笑っています……
こいつは……本当に最低ですね……
何がそんなにおかしいのか、本気で理解に苦しみます。
「なんで笑ってるのか分からないよ! あんなことして何の意味が──」
チェリーちゃんは笑いながら書いたメモをジャン君に手渡します。
「な、なんだよ……え? こ、これ、なんて読むの?」
「捨てられたエロ本は巡るもの。一所に置いてはいけない。それはエロ本のあるべき形ではない。輪廻し、新たな持ち主の下で転生するもの。そして役目を果たし再び野に放たれ、また巡るのだ。」
…………
は?
「え?」
「りんねって読むんだよ。いいから、今日の事は生涯忘れるな。時間つぶしに付き合ってくれたお礼の授業だよ」
使い方間違ってますけど。
チェリーちゃんは、きょとんとしたジャン君に、メモをもう一枚渡します。
「あとでエロ本買ってやるから、そうがっかりすんな」
ジャン君は一瞬だけ笑顔を見せてから照れ隠しで小さく頷きました。
結局何がしたかったのか……エロ本を拾った小学生を見て喜びたかっただけではないのでしょうか。
悪質ないたずらとしか思えませんね。
何が授業ですか……
この出来事がジャン君の成長に変な影響を及ぼさなければいいのですが……
「にゅわっ」