風俗に行くためのお金を稼ぐ。
具体的な目的を提示されたイカ頭さんは、嬉々としてチェリーちゃんの指示を受けていました。
主にはパチンコで稼いだり、盗品を路上で売りさばいたりといった悪事です。
二ヶ月ほど経った今は、いつものように拾ったブルーシートを表通りに敷いて、ダンボールの値札をつけた商品を二人で売っています。
「チェリー君、もう少しで三万円になるね」
「にゅわ」
「ま、また、気持ちいいことができると思うと……こ、興奮が抑えられないよ」
「にゅーにゅ」
「そう言えば、私たちが目指すシャングリラも幸せなことが沢山あるのだろうか……」
「にゅ?」
シャングリラ。
チェリーちゃんの旅の目的、クラゲ達の楽園シャングリラ。
本当にあるかどうかは定かではありません。
チェリーちゃんが言っているだけですから、信用に値しないと私は思います。
それ以前に、言ってるチェリーちゃん自身が真剣に目指しているように見えません。
チェリーちゃんはいつものように、イカ頭さんにメモを手渡しました。
「何々? ここよりも遥か南の暖かい海、人間達も到達できない複雑な海流の先に、とても静かで安らぎに満ちた場所がある。そこは食べ物も豊富で争いごともなく、誰もが幸せな生活を送ることが出来る。それがシャングリラ……か……」
「にゅーわ」
「幸せ……かぁ」
南のほうにあるとは初耳です。
……チェリーちゃん、南のほうへ向かったことってありましたっけ……?
「でも、私は今とても満たされているよ……実はね……最近家族のことを思い出さない日があるんだ……旅に出たばかりの頃はあれほど心配だったのだけれどね……」
「にゅわ?」
今でも帰りたいのかい? と、メモには書いてありました。
「……いや、きっと私がいなくなって清々しているだろうね……私が守ってやらなければ、私がしっかりと稼いでこなければ……そう思ってたんだけどね……そういう意味では、なんだか糸が切れてしまったようでもあるね……」
「にゅ」
「初めて風俗店に連れて行ってもらったとき、人生であれほど興奮したことはなかった……もしかしたら風俗店が私のシャングリラなのかもしれない……」
イカ頭さんの言葉に、相槌を打つ声が返ってきませんでした。
さっきまでいたチェリーちゃんの姿がいつの間にか消えていたのです。
「あ、あれ? チェリー君?」
「あー、ちょっといいですかぁ? 今何をされているんですかぁ?」
「え、あ、はい?」
突然イカ頭さんに話しかけてきたのはチェリーちゃんではなく、警察の制服を身にまとったエイでした。
「ご主人ねぇ、こういう往来でお商売するのに警察から許可がいるの知ってますぅ?」
「え……いえ、あの、私は……」
「それとねぇ、最近近隣のお店で万引きの通報が沢山あってねぇ、ご主人、この商品、どちらで仕入れられたんですぅ?」
「そ、それは……」
「それは?」
「いえ、あの……」
「なに? 言えないの?」
「いえ、そ、その……」
エイの警察官はエラにつけていた小型の無線機にボソボソと何かをつぶやきました。
「うーん、ご主人、申し訳ないけどねぇ、一旦近くの交番でお話聞かせてもらいますかぁ?」
「ちょ、あの、え、チェ、チェリー君? あれ?」
「はーい、早く来なさい」
チェリーちゃんは恐らく警官の姿にいち早く気が付いて逃げてしまったのでしょう……
少しでも肩を持ってしまった自分に腹が立ってきました。
所詮はチェリーちゃんでしたね。
イカ頭さんはあれよあれよという間に、警官に連れて行かれてしまいました。