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悪事

 風俗店があった街とは別の街に、チェリーちゃん達は滞在していました。

 あれから一週間は経ったでしょうか。

 誰も歩きそうにないビルとビルの隙間の通路で、チェリーちゃんは一人タバコをふかしていました。

 これが地上なら、なんだか雨でも降っていそうな雰囲気でした。



「にゅ」



 チェリーちゃんはタバコを地面に捨て、明るい表通りのほうを見やりました。

 そこには表通りの電飾の灯りを背に受けて陰になっているイカ頭さんが立っていました。

 息を切らしています。



「はぁ……はぁ……チェリー君! 盗ってきたよ!」


「にゅわ」



 イカ頭さんは体内からいくつもの食料をドサドサと地面に並べました。

 パンやおにぎり、中には冷凍食品もあります。



「ど、どうだい? 私も随分上達したものだろう?」


「にゅ~わ! にゅにゅ!」



 よくやったと言わんばかりにイカ頭さんの背中をさすってやります。

 褒められたイカ頭さんの嬉しそうなこと……


 最後のお金を使って風俗店で豪遊した二人は、そのまま街を出て野宿したり、適当な街によってパチンコ屋に入り、落ちているパチンコ玉でパチンコを打ったり、万引きをしたり、それを路上販売で転売したりと、本当にろくでもない生活をしていました。

 今もイカ頭さんの万引きの成果を見ているわけです。


 私は魔法の言葉で何度も止めようかと思いました。

 しかし、イカ頭さんの嬉しそうな顔を見るとどうしても出来ませんでした……



「にゅわ!」


「え、お肉を貰ってもいいのかい? す、すまないねぇ、二人分盗ってこれたらよかったんだけど……こういうところが私のダメなところなのかもしれないな……」


「にゅにゅ!」



 万引きをしたのはイカ頭さんだから、正当な報酬だ。

 チェリーちゃんが渡したメモにはそう書かれていました。



「チェリー君……ありがとう」


「にゅわ!」



 私はこのナレーションのお仕事を、一時は本気で辞めたいと思うほどに嫌でした。

 今でも出勤するのが憂鬱なことに変わりはありません。

 しかし、嫌々ながらでもこのチェリーちゃんをずっと見てきて分かったことがあります。


 チェリーちゃんは、基本的に面白半分で犯罪行為を行いません。

 もちろん非人情的な面は多々あります。

 しかし、生きるために仕方がなく悪事に手を染めていることが半分、あとはスケベな目的が半分くらいでしょうか。

 ……別にチェリーちゃんの肩を持ちたいわけではありませんが、私にはそのように見えます。


 生活に困ったら悪事に走らずに真面目に生きなさいと説教をしてやりたいですが、私とチェリーちゃんでは常識や善悪の判断基準が大幅に違うので、根本的に分かり合うことは不可能だと思っています。

 でも、だからと言って、理解が出来ないわけではないのです。


 ここ数日のチェリーちゃんの行動は、今までと比べて明らかに悪事を働く回数が増えています。

 チェリーちゃんはイカ頭さんに、積極的に、わざと悪事を教えているのだと思います。

 ……多分ですが。

 イカ頭さんは家にも職場にも居場所がなくて、今まで散々我慢をしてきたのでしょう。

 我慢を我慢とも思っていなかったと思います。

 虐げられながらも自分を犠牲にする生き方しか出来なかったのかもしれません。

 決められたレールの上から外れようと思うこともなく生きてきて、そして報われなかった。

 でも、こんな生き方もあるんだよと、チェリーちゃんは言いたいのかもしれません。

 まるで外に出ることを禁止されていた子供を、こっそり外に連れ出していたずらを教えるガキ大将のような……


 しかし教えたことが悪事と風俗とは……チェリーちゃんに教えられるのがこういったことだけなのでしょう。

 ……そう考えるとかわいそうな大人です。



「チェリー君、食べ終わったらまた次の町へいくのかい?」


「にゅ~~~……」



 考えながら書いたメモを、チェリーちゃんはイカ頭さんへ手渡しました。

 『少し小金を貯めて、もう一度風俗に行こう』

 そう書かれたメモを読んで、イカ頭さんの表情が一気に明るくなりました。



「楽しいねぇ……今まで自分がイカに狭い世界しか見えてなかったか身にしみて分かったよ……イカだけに! なはは」


「にゅわっはっは!」



 ……これだから注意をしそびれているわけです……

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