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家族

 自己紹介をした二人はしばらく見つめ合いました。

 何か通じるものでもあるのでしょうか。

 イカ頭さんの瞳は心なしか潤んでいるようにも見えます。



「チェリーちゃん……おなか、すいているかい?」


「にゅわ!」


「そうかそうか……おじさんの子供たちも、チェリーちゃんみたいに素直な子だったらどんなによかったか……」



 チェリーちゃんは素直どころか子供ですらないのに、イカ頭さんはしみじみと言いました。



「チェリーちゃん、うちにおいで。そんなにいい家じゃないし、もしかしたら怒られちゃうかもしれないけど、チェリーちゃんの前ではさすがに怒ったりしないような気もするんだ」


「にゅ?」


「おっとっと、もちろんチェリーちゃんさえ良ければ、だよ?」



 子供の誘拐に見えたら困るのでしょうね。

 イカ頭さんはあわててチェリーちゃんの意思を確認しました。

 確かに、チェリーちゃんが汚いおっさんクラゲだと分かっているので見落としていましたが、本当に子供だった場合、ちょっと言い逃れが出来ないかもしれないですね。



「にゅー!」


「そうかそうか、じゃあおじさんの家でご飯でも食べていきなさい。歓迎するよ」



 ただ飯にありつける。

 恐らくチェリーちゃんはそれしか考えていないような気がします。

 チェリーちゃん、イカ頭さんの希望もあるようなのでいいですが、イカ頭さんの善意を踏みにじるようなことだけは許しませんからね?



「にゅわっ!」



 本当に分かっているのかしら……











 チェリーちゃんとイカ頭さんは公園から出て三時間ほど泳ぎました。

 相当な距離ですね。

 二時間ほど泳いだところで崖を下ったり、穴に入ったり、そんなことを繰り返して今に至ります。

 街の方角すら分からなくなるほどに遠くに来たようです。

 途中疲れた……というか、本当は飽きてしまっただけだと思いますが、疲れたチェリーちゃんをイカ頭さんが抱っこしてようやくイカ頭さんのお宅へ着いたようです。

 イカ頭さん、毎日この距離を往復しているのですね……



「にゅ……わ」


「ああ、チェリーちゃん起きたのかい? これが我が家だよ」



 どこかで拾ってきた大小様々な形の石を積み上げただけの質素なお宅……これ、海流に何かしらの変化が起こったり、地震が起きたりしたら絶対に崩れてしまいますね……というか、壁にぶつかってしまっただけで崩れそうですが……大丈夫なのでしょうか。



「ごめんね、うち、貧乏だから……さぁ、あがって」


「にゅ、にゅわ」



 さすがのチェリーちゃんもイカ頭さんのお宅の質素加減にしり込みしているようですね。

 しかし、ただ飯にありつける誘惑には勝てなかったのでしょう、イカ頭さんのあとをついて泳ぎました。

 玄関をくぐった先には、妙齢のイカの女の子と5歳くらいのイカの男の子、そして中央で、でんと座布団の上に座りながらイカせんべいを頬張りテレビを見ているイカの女性がいました。

 イカ頭さんのお子さんと奥様ですね。



「あん? 何だお前? なんでこんな時間に帰ってきてんだ? 会社はどうしたんだよ?」



 イカ頭さんに気が付いた奥様が、唐突に声を荒げました。

 えぇ……こ、言葉遣い……



「い、いや、あの、じ、実はだな、えっと、そのだな……」


「はぁ? もごもごしやがって気持ちの悪い! はっきり言えや!」



 奥様は長い足でイカ頭さんの首をぎゅうぎゅうと締め付けながら更に怒鳴ります。

 イカ頭さんのもともと白い顔が青みがかってきました。

 え、え、これ、DVってやつなのでしょうか……



「おらぁ! 早く言えや! まさかお前、クビになったんじゃねぇだろうな!」


「ちょ……くる……し……はな……し……て」



 イカ頭さんの必死のタップも通じなかったようで、つかまれたまま放り投げられて家の壁に物凄い勢いで衝突しました。

 子供たちはその様子を見て「もっとやれっ!」とヒートアップしています。

 え、え、イカ頭さん、お父さんじゃないのでしょうか……なんなのこの家族……

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