女将さんに別れを告げてから二週間が経ちました。
あれからチェリーちゃんはひたすら南に向かって泳いでいます。
途中旅人とすれ違ったり、街に立ち寄ったりもしましたが、特に何事も起こらずに今に至ります。
……それにしても、女将さんとの件では驚かされました。
私もナレーションが上手くできなかった部分もあり、反省しています。
ただの社会不適合者、雲助、エロいだけで何の取り得もないクラゲだと思っていたのに。
あんな面もあったのですね……
いえ、あれ以降はチェリーちゃんは元通りの中年浮浪クラゲになっているのですけどね。
「にゅ?」
コホンッ。
なんでもありません。
そんなことより、チェリーちゃんの眼前には立派な街並みが広がっていました。
中心地には高層ビルが群れをなしています。
今回はこの街に立ち寄るつもりなのでしょうか?
「にゅ~わ」
まるで毎日この街に通っているかのような自然な立ち振る舞いで、チェリーちゃんは街に降り立ちました。
オフィス街とでも言いましょうか。
ビルばかりではなく、適度にサンゴや海草なども植えてあり、なかなかにオシャレな街です。
しかし……職もなければお金もない、おまけに臭いクラゲの自分にはこんな街はまぶしすぎる……とか、思わないのでしょうか。
ちょっとだけ尊敬します。
チェリーちゃんのようにはなりたくないですが、人間、生きていくうえで大なり小なりこういった図太さは必要なように感じますね。
チェリーちゃんはこの街並みが珍しくないのか、真っ直ぐに泳いでいます。
ビル街にもかかわらず、かなり広く作られた公園の中に入りました。
素敵な公園ですね……公園にはスーツを着た魚や、OL風の魚達が笑顔で喋りながら泳いでいます。
公園の一角にはカフェもあり、そこで軽食を取っている魚達もいます。
どうやらお仕事の休憩時間なのでしょう。ああ、うちの会社の近くにもこんな場所があればいいのに……
チェリーちゃんが立ち止まり、キョロキョロと周囲を見回し始めました。
……またろくでもないことを考えているのでしょうか……
誰もいないことを確認すると、チェリーちゃんは背後にあったゴミ箱に身体をねじ込みました。
……えぇ……
ゴ、ゴミを漁っているのですかね?
さも当然といった風に、流れるようにゴミ箱の中に入っていきましたが……間違えて捨ててしまったものを探すとか、そういうこと……ではないんでしょうね……はぁ……
チェリーちゃんの破天荒さには慣れてきたと思っていましたが、さすがにこれは改めてドン引きですね……
「にゅわー!」
ゴミ箱から出てきたチェリーちゃんの触手には、食べかけのハンバーガーと、既に開けられた缶コーヒーが握られていました。
うわぁ……