女ってやつは弱いね。
その弱みにつけこむ男もまた、弱いね。
過去に縛られちゃいけないよと誰かに言われた気もするけれど。
忘れるために、縛りを解くためにお酒を飲んでいると、飲んだ数だけ深まっていくんだね。
満たされた平穏な日常の中で、突然おとぎばなしのような話をされて。
初めて恋をした生娘のように、頬を染めて頷いたんだろう。
こんなところで隠れるように暮らして、心を殻に閉じ込めて。
もう二度と心は表に出さないつもりで殻を硬く作ったつもりでも、その殻はひどく脆いものだ。
涙で簡単に溶けちゃうものさ。
過去に触れれば崩れちゃうものさ。
あなたはきっと忘れられない。
この港町はあなたの心のようだ。
二度と来ない船をずっと待っている。
旅人が真っ先に立ち寄る場所に灯りをともして。
二度と来ない人をずっと待っている。
おまえのことなど忘れたと、潮の流れで届いても。
それでもあなたはずっと待っている。
おとぎばなしはおとぎばなしだと、分かっているくせに。
それでもまだ信じてしまう。
いつまでも待ち続けなさい。
時が全てを洗い流すまで。
あれはおとぎばなしだったと言えるまで。
俺はまた流れよう。
俺もまた、おとぎばなしだから……
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翌朝、寝室で目覚めた女将さんは違和感に気付きました。
裸の女将さんはシーツで胸元を隠しながら上体を起こして、部屋を見回しています。
隣で寝ていたはずのチェリーちゃんがいないことに気が付いたのでしょう。
枕元に封筒がおいてあることに女将さんは気が付きました。
女将さんはその封筒を見て、唇をきつく結び、震える手つきで拾い上げました。
そこには手紙と、現金が入っていました。
「シャングリラに行こう。夢の続きがそこにある」
悩んだ挙句についた酷い嘘。
慰めるなら責任を取ればいいのに……
しかしチェリーちゃんは一人で旅立ったようです。
封筒の中の現金は、二百五十万円。
今年を生き抜く生活費だと私に言っていたのに。
男とは本当に、どうしようもない生き物ですね……