三日目の夜も、チェリーちゃんはお店にやってきました。
野宿して起きて、散歩したり海草を食べたりと、浮浪者生活を満喫していました。
そして夜になって、表情を引き締めたかと思うと店に向かったのです。
暖簾をくぐって入ったお店には、女将さんしかいませんでした。
「…………いらっしゃい」
「にゅ」
チェリーちゃんの姿を見た女将さんは、少し戸惑ったように声をかけました。
そして、スッと頭を下げます。
「シャングリラさん……昨晩は本当にすみませんでした」
「にゅにゅ」
構わない。と言うようにチェリーちゃんは触手を一本ひらつかせ、いつものカウンター席に座りました。
「にゅ」
「はいはい、里芋ですね。少々お待ちくださいな」
なぜ、とは聞かないチェリーちゃんに、女将さんも安心したのか、笑顔をこぼしました。
そしてメモを通して女将さんと談笑しながら、チェリーちゃんはお酒を飲み始めるのでした。
「あら、もうこんな時間……」
「にゅわ」
二人の会話が弾んでしまったせいか、時間が経つのも忘れていたようです。
時計の針は日付をまたごうとしていました。
チェリーちゃんはお金をそっと置いて立ち上がりました。
女将さんはそれを無言で見つめています。
チェリーちゃんがお店の引き戸に手をかけたときでした。
「……シャ、シャングリラさん」
「にゅわ?」
「あ、あの……今夜も野宿を……?」
「にゅーにゅ」
チェリーちゃんは照れたように、頭を掻きながら女将さんの言葉を肯定します。
そして、心配要らないというようなジャスチャーをして、再び引き戸に手をかけ扉を開きました。
「……うちに、うちにお泊りにならない?」
「……!」
ええぇ……うそぉ……
…………あ、いえ、ゴホン!
チェリーちゃんは女将さんの言葉に驚いて振り返りました。
女将さんはほんのり頬を染め、伏目がちに言葉を続けました。
「この家は私一人しかいないので……その、野宿ばかりでは大変でしょう? もしよろしければ、この町にいる間は遠慮せずに泊まっていって下さいな……」
「…………」
「……あ、あの……」
チェリーちゃんは、開けた扉をゆっくりと閉じました。
「……にゅわ」
女将さんに渡したメモには、世話になるとだけ書かれていました。
「……! ええ、こちらこそ。さっそくお風呂の準備をしてくるから、旅の疲れを癒してくださいな!」
「にゅ!」
えええ……ええ……
こ、これって……ええ……
まぁ、他人のことに口を出すつもりはないのですが……ええ……
これ、旅が終わるのではないでしょうか?
それならそれで嬉しいのですが……
お風呂からあがったチェリーちゃんは、女将さんに用意してもらった二階の部屋で布団に入っていました。
電気も消して、仰向けに寝転がりましたが、どうやら眠れないようです。
何度か寝返りをうったあと、おもむろに起き上がり部屋から出ました。
のどでも渇いたのでしょうか。
一階へ続く通路を泳ぎます。
通路の先の部屋から明かりがこぼれていることに、チェリーちゃんは気が付きました。
あの部屋は、さっきチェリーちゃんも入った浴室ですね。
今は女将さんが入っているのでしょうか。
………………
ま、まさかチェリーちゃん!!
だ、だめですよ?
そんなことは許しませんからね?
「にゅーにゅ」
触手をひらつかせていますが、大丈夫でしょうか……
チェリーちゃんは明かりがこぼれている浴室を気にするそぶりもなく、通り過ぎようとしました。
ほっ……
しかし、通り過ぎて一泳ぎして立ち止まります。
「…………」
な、なんでしょうか……
浴室から何か聞こえてきます。
「…………っ」
これはチェリーちゃんが立ち止まるのも仕方がないですね。
なにやら苦しげなうめき声のような声が聞こえてきています。
女将さんの身に、何かあったのでしょうか?
チェリーちゃんは引き返しました。
そして明かりがこぼれている隙間から、そっと中を覗きました。
女将さんがシャワーを浴びています。
いえ、浴びてるというか……なんでしょう……イカ人魚である女将さんは自身の触手の付け根にシャワーヘッドを……ああっ! い、いえ、なんでもありませんっ!
チェ、チェリーちゃん! 見てはっ! 見てはいけませんっっ!
「…………」
チェリーちゃんはそっと浴室の扉を閉めました。
あら、意外と素直ですね。
それにしても、女将さん……泣いているように見えましたね……
「にゅ」
クラゲの言葉は私には分からないので、チェリーちゃんがなんと言ったのかは分かりませんが、チェリーちゃんはそれ以上喋ることはなく、与えられた自室へと戻っていきました。
な、なんだかいつものナレーションとは違う嫌さがあるのですが……
正直怖くてたまりません……