適度に女将さんとの会話を楽しみながら、いい具合に酔ったチェリーちゃんは時計を見やりました。
「あら、もうこんな時間?」
「にゅわ」
「え……また来るって、シャングリラさん、しばらくこの町にいらっしゃるの?」
「にゅにゅ」
「そうですか……泊まるところなんてこの辺りにはないのだけれど、大丈夫?」
なんとかなる。
そうメモに書いて、チェリーちゃんはカウンターにお金を置いて店を出て行きました。
「シャングリラさん……また、お待ちしてるわ」
その日の海底は荒れていました。
地上に嵐があるように、海底にもそれに似た現象が起きます。
海流が目に見えるほどに荒れ、様々な物が揉みくちゃにされています。
こんな日に外に出る生き物はいません。
チェリーちゃんは、野宿になれているのか、身を隠すところを見つけると、嵐など気にするそぶりも見せずに眠りについてしまいました。
翌日の午後三時。
ようやく嵐が去りました。
女将さんは店の前で掃き掃除をしています。
嵐によって飛ばされてきた砂利やゴミを片付けています。
そこへ、ふらりと、チェリーちゃんが現れました。
「にゅ」
「……はっ! や、やだ、シャングリラさん……ごめんなさい、また驚いちゃったわ」
チェリーちゃんを見た女将さんは強張り、言葉が出せない様子でしたが、落ち着いて呼吸を整えてからそう言いました。
「昨日はどちらにお泊りになっていたの? こんな見捨てられた港町に滞在するなんて、シャングリラさんも本当に変わったお人ね」
「にゅ? にゅにゅ」
「え……野宿? き、昨日の嵐の中で野宿をされたの?」
「にゅーわ」
「そんな、いくら慣れてるって言っても……え? 今晩? ええ……お店はやるつもりだけど……」
「にゅ!」
今晩、またご馳走になります。
そう書いたメモを女将さんに手渡して、チェリーちゃんはふらりとその場を立ち去りました。
最近、メモを渡して立ち去るのが流行っているのでしょうか?
ちょっと意味が分かりません。
そして、午後八時。
チェリーちゃんは女将さんのお店、アケミの暖簾をくぐりました。
「いらっしゃ……あ、シャングリラさん」
「にゅ」
今日は先客が二人いました。
アコヤ貝の男性とアジの男性の二人組みで、お店に来て長いのか、すっかり顔を赤くしています。
チェリーちゃんは特段気にすることもなく昨日と同じ場所、カウンター席に座りました。
「にゅ」
「はいはい、里芋の煮付けですね。少々お待ちくださいな」
「なんだい、子供かと思ったら、女将の知り合いかい?」
「クラゲは歳の分からねぇ人が多いからなぁ」
二人はどうやら店の常連客のようですね。
絡む、という程ではないですが、チェリーちゃんを見てそんなことを言い始めました。
「あんた、この辺じゃ見ない人だねぇ」
「旅人さんかい? こんな町に来たってなぁんも見るところなんてないぜ?」
「にゅわにゅわ」
「おっと、メモかい? えっと……なになに? 女将さんのお店がある? はっはっは違ぇねぇや」
「俺たちも週に三度は来てるからな。人のことは言えねぇな」
常連二人は気さくに笑っています。
チェリーちゃんも悪い気はしていないようで女将さんのついでくれたお酒を飲んでいます。
「でもよ、クラゲのお兄さん。アケミさんはやめときな。この人は今までどんな男に口説かれても、なびいた試しがねぇんだ」
「そうだぜ。まぁ、だから女一人で店をやっていけるのかもしれねぇけどな」
「ちょっとお二人とも、やめてくださいな」
「いやぁ、俺ぁ勿体ねぇと思うぜ?」
「まぁまぁ、人それぞれ、色んな事があらぁな」
女将さんの制止も空しく、二人は二人だけで盛り上がってしまいました。
「シャングリラさん、騒がしくてごめんなさいね」
「にゅわ」
「あら? ちょっとごめんなさい。調味料を足しておくのを忘れちゃったわ。すぐに戻ります」
少し慌てた様子で、女将さんは店の奥へ行ってしまいました。
「アケミさんなぁ……三年前にこの町にふらっとやってきたかと思うと急にこの店をやり始めてな」
アコヤ貝の男性がチェリーちゃんに語り始めました。
相当酔っているようです。
「訳アリ……なんだろうなぁ。まぁ、誰もそれを詮索したり咎めたりする奴ぁこの町には居ねぇけどよ」
「そうさ。まぁ、寂れた町に一つ灯りが灯ったんだ。最初こそ物珍しかったがなぁ」
「にゅわ……」
「そういう兄さんも、訳があって旅してるのかい? ……っと。詮索してぇわけじゃねぇよ」
「そうさ、まぁ何にもねぇ町だけど、ゆっくりしていくといいさ」
「にゅにゅ」
それからすぐに常連の二人は御代を置いて店を出て行きました。
三十分経っても女将さんは戻ってきませんでした。
そして、お店に一人残されてしまったチェリーちゃんも、仕方がなく御代を置いて店を出るのでした。
女将さんは体調でも崩してしまったのでしょうか?
普通にナレーションが出来ていることはいいことなのですが……なんだかソワソワしてしまいます。