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港町から

 突然ですが皆さんは、海にも港があることをご存知でしょうか?

 私は知りませんでした。

 どうやら大きな街と、遠くにある大きな街を繋ぐ海の道にある、玄関のような役割を持った小さな町を港と呼ぶようです。


 チェリーちゃんは今、港町に来ていました。

 しかし、チェリーちゃんのいる港町は閑散としていました。

 どこを見ても魚影は見当たりません。

 建物はどれも古く、今にも壊れてしまいそうです。

 ここは、海の道が変わってしまったために、今ではもう訪れる人もいなくなった忘れられた港町です。


 チェリーちゃんは、宿を探して港町にやってきたのですが、当てが外れてしまったようですね。



「にゅわ~……」



 海の道に面したお店はどこもシャッターが下りてしまっています。

 しかし、そんな中で、暖簾をかけているお店が一軒だけありました。

 飲み屋さんでしょうか。

 店の中からほんのりと明かりがこぼれていました。


 チェリーちゃんは、誘われるようにそのお店の暖簾をくぐりました。

 私は久しぶりにまともなナレーションができて満足です。



「いらっしゃ……あら? 子供?」


「にゅ」


「……じゃなさそうね。……ごめんなさい。失礼なことを言ってしまって。さ、どうぞ。お好きなところへかけてくださいな」



 まぁ……チェリーちゃんを子供ではないと一目で見抜くなんて……

 お店はやはり居酒屋さんだったようですね。

 カウンター席しかない、小さなお店ですが、和風の内装で小奇麗にまとめられています。

 中年の……と言っても四十代前半くらいでしょうか。イカの人魚の女性が割烹着を着て煮物を煮込んでいるようです。

 女将さんすね。


 お店にはお客はチェリーちゃんしかいないようです。

 チェリーちゃんは、女将さんの前の席に座りました。

 すると、女将さんはメモとボールペンをチェリーちゃんに差し出します。



「にゅわ?」


「……お客さんのようなクラゲさんと、昔知り合いだったの。話をするなら必要でしょう?」



 店内は演歌が流れています。

 なんなのでしょうか。

 チェリーちゃんと女将さんは見つめあったまま固まってしまいました。

 ……なんだかこの雰囲気、私はとても苦手です。

 なんとなくですが。



「にゅ」


「ふふ、知ったような口をきいてごめんなさいね。本当に、昔の知り合いと似ていたから……ミスターシャングリラさんというのね。私はアケミよ。このお店の名前もアケミ。シャングリラさん、この辺の人じゃないわね?」


「にゅわ」


「まぁ……旅をなさっているの……そう。やっぱりクラゲさんには自由な人が多いのね。どうしてまたこんな港町に? 行くところなら他にもあったでしょうに」


「にゅにゅ」


「え……それならどうしてこんなところで店をやっているか……ですって? ふふ、そうね。ごめんなさい。詮索はルール違反ね。お詫びに……飲んで」



 女将さんはチェリーちゃんに熱燗を持ってきました。



「え? さっきから何を煮ているのかって? ああ、これはね、母が教えてくれた故郷の料理なの。里芋の煮付けよ」


「にゅ」


「はいはい、ただいま。──さ、どうぞ。お口に合うかしら?」



 チェリーちゃんは、里芋を一つ頬張ると、お猪口を手に持ち、ぐいっと一気に飲み干しました。

 女将さんはそれを、どこか懐かしむような視線で見ています。



「シャングリラさんが入ってきたときね……少し驚いちゃった」


「にゅ?」


「さっき言ってた昔の知り合いにね、そっくりだわ。食べた端からお酒を煽る仕草までそっくり。ふふ、おかしい」


「にゅわ?」


「え? 知り合いは知り合い。ただの知り合いよ。遠い昔の……ね」


「……にゅ」


「え? おかわり? あら、もう食べちゃったの? はいはいただいま。他のおかずもご用意するから少し待っててくださいな」



 そう言うと女将さんは別の食材を取りに、奥へ行ってしまいました。

 チェリーちゃんは手酌でお猪口にお酒をつぎました。


 お猪口を揺らして、合わせて揺れるお酒の表面に映った自分を無言でぼんやり眺めています。


 気持ち悪いんですけど……

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