暗い海を抜け、チェリーちゃんはフワフワと当てのない旅を続けます。
何度も言いますが、シャングリラなどあるかどうかも分からない夢物語であると私は思います。
ですので、チェリーちゃんの旅は当てのない旅と言って差し支えないでしょう。
いい大人が定職にも就かず、現実も見ずにフワフワしているだけの話です。
「にゅ、にゅわ……」
チェリーちゃんの視界が急に開けました。
なだらかな斜面の向こうに、海の生き物たちの街がありました。
街の光が輝いています。歓楽街でしょうか。
「にゅ! にゅわ!」
久方ぶりに街を見たチェリーちゃんは興奮しているようです。
どうせ碌でもないことを考えているのでしょうが、自分が無一文であることを忘れているのでしょう。
クラゲの記憶力など高が知れているのですね。
「にゅ……にゅにゅにゅ! にゅ!」
チェリーちゃんは歓楽街に向かって泳ぎ始めました。
まるで蛍光灯に群がる虫のようなその行動に、いささか嫌悪感を覚えますね。
みなさんはこんな大人にはなってはいけませんよ?
「帰りな。ここは子供の来るところじゃねぇ」
歓楽街に着くやいなや、チェリーちゃんは居酒屋に入りました。
子供だと思われて追い出されること数回。
それでもあきらめずに入った店でもやはり断られています。
「にゅ! にゅにゅ!」
店主のウツボに、泣きながらすがりつきます。
見苦しいですね。
「にゅにゅじゃねぇよ……まったく、困ったなぁ」
「にゅわ! にゅわぁ~!」
「なぁ坊主、お父ちゃんとお母ちゃんはどこだ?」
「……にゅぅ」
んまっ! あざとい。
チェリーちゃんは過剰に瞬きを繰り返し、目をウルウルさせながら、さも悲しげに首を横に振りました。
もちろんクラゲに首はありません。
「なんだよ……捨て子かよ……嫌な世の中になっちまったもんだなぁ……坊主、腹減ってるのか?」
「にゅ! にゅ!」
「仕方ねぇな。店の中に入れてやることはできねぇけど、これ持って帰りな。ほれ」
なんて優しいウツボでしょう。
見事にチェリーちゃんに騙されたウツボは、たこ焼きを包んでチェリーちゃんに渡しました。
「食べるときはタコに見つかるんじゃねぇぞ?」
「にゅ! にゅー!」
大喜びでたこ焼きを手にしたチェリーちゃんは、ようやく店の前から立ち去りました。
いつかまた、天罰が下ることでしょう。
皆さん、そのときを楽しみにしていましょうね。
「にゅ~にゅにゅ~わ~にゅにゅにゅわ~」
たこ焼きを頬張るチェリーちゃんはご機嫌で大通りを泳いでいました。
プライドも何もないのでしょうね。カスとはこういう人物のことを言うのでしょう。
そして、何かに気が付いて立ち止まりました。
「にゅ……」
チェリーちゃんが立ち止まり見つめる先には、怪しいピンク色のネオンが光り輝く夜のお店がありました。
「にゅほほ……」
チェリーちゃんは、とてもいやらしい、スケベな笑みを浮かべ店に入っていきました。
なぜ教えてもらうまで見抜けなかったのでしょう……今となっては悔しくてなりません。
自分の、人を見る目のなさに辟易としてしまいます。