「にゅ~にゅにゅ~にゅ~」
タツノオトシゴ夫妻と別れた後も、チェリーちゃんは暗い海をどんどん先へ進みます。
鼻歌なんて歌って、大丈夫なのでしょうか。
ちっとも怖がっている様子はないけれど、心配になりますね。
「にゅ~にゅ~……にょわっ!?」
突然、チェリーちゃんの体が何かに巻き込まれ、自由が利かなくなってしまいました。
海流が変わったのです。
大変、物凄い速さでもみくちゃにされています。
「にょ、にょわわ~~~~!!!!」
前も後ろも、上も下も分からないでしょう。
チェリーちゃん……ああ、なんてこと。
その時です。
海流の下から貝が泳いできてバクっとチェリーちゃんを挟み込んでしまいました。
「にゅひっ!?」
大シャコガイです。
もしかして、チェリーちゃんは食べられてしまったのでしょうか?
ああ、チェリーちゃん……!
「あん……? 何かと思ったらクラゲの子供か……」
「にゅ……にゅわっ!?」
大シャコガイに取り込まれたチェリーちゃんに語り掛ける声は、男性の低い声でした。
大シャコガイの声なのでしょう。
この分だと、食べられたわけではないようです。良かったですね。
「この時間帯は海流が変わるんだぞ? 坊主、この辺の子供じゃねぇな」
「にゅ、にゅわ……」
「なに? せっかく助けてやったってのに。最近の子供は、礼の一つも言えねぇのか?」
「にゅにゅ! にゅ!」
「何が『にゅ』だ。大人を馬鹿にしてるのか?」
「にゅ?? にゅにゅにゅ! にゅ!」
「……なんだ? 本気で怒るぞ?」
大シャコガイの中は当然真っ暗です。
チェリーちゃんは右も左も分かりませんでしたが、大シャコガイが怒ると言ったその時、奥の方が一点、ぼんやりと光りました。
「にゅわ?」
恐る恐る、チェリーちゃんはその光に手を伸ばしました。
「あはんっ! あっ……て、てめぇ! なんてガキだ! なんてところを触りやがる! 変な声が出ちまったじゃねぇか!」
「にゅ!? にゅにゅにゅ!! にゅわ……」
「坊主、この俺が命の恩人だってのに、随分と気持ちのいい真似してくれるじゃねぇか、こら」
どうやらチェリーちゃんは触れてはいけないところに触れてしまったようですね……もう見ていられません……ゴクリ。
「その態度と言い、助平な行いと言い、どうも気に入らねぇ……おい坊主!」
「にゅわっ!」
「…………もう一回触りやがれ……」
「…………にゅ?」
「何度も言わせるんじゃねぇ! もう一回触れって言ってるんだ! さっさとしねぇと本当に食っちまうぞ!?」
これは困ったことになりました。
チェリーちゃんは大シャコガイの殻に捕らわれてしまっていて逃げることも出来ません。
チェリーちゃんは大シャコガイに言われるまま、再び光に手を伸ばしました。
「おああああっっ! ……お……おぅ……おぅふ……いいぞ坊主……もう少し強く握ってくれねぇか……あっふ!」
「にゅ…………にゅわぁぁ……」
「さすがクラゲだぜ……あお……おおおおっっ」
「にゅ? にゅにゅ?」
「まだだ、まだイってねぇ……いいぞ、その調子だ、もう少しだけ早く揉め!」
…………ゴクリ。
「にゅにゅ……」
「手を休めるんじゃねぇ!!!!」
「にゅわぁーーー!!」
「そう……そうだ……いいぞ……だんだん早くしろ……そうだ、坊主……お前、クラゲだったら刺せるだろ?」
「にゅ?」
「大人のクラゲなら洒落にならねぇが、子供だったら……おぅふっ! いいか、ゆっくりだぞ? ゆっくり刺せ……」
「にゅわ……」
「いいからやれっ! 早くしねぇとどうなっても知らねぇぞ!!!!!!!!!!」
「にゅわぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
「あああおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!!!!!!」
…………あっ……い、いけない。
チェリーちゃんはゆっくりしろと言われていたのに、恐怖のあまり、大シャコガイの性……光る部分に、思い切り深く触手を突き立てました。
「ば……っか……やろ……ゆっくり……言った……」
「にゅ……にゅわ……」
そのとき、大シャコガイの殻の口が開き、うっすらと明かりが差し込んできました。
チェリーちゃん! 今の内よ!
「にゅ、にゅわわわわ!!!!!!」
チェリーちゃんは急いで大シャコガイの拘束から逃げました。
危機一髪でした。
あのままだったら本当にチェリーちゃんは大シャコガイに別に意味で食べられていたかもしれません。
本当に良かったですね。
「にゅ! にゅ! にゅ!」
チェリーちゃんたら、余程怖かったのですね。
今まで見たことのないような速度で泳いでいます。
チェリーちゃんは一体どこへ向かっているのでしょうか。
暗い海はまだまだ続くのでした。