ここは海の底。
お日様のあかりが届くほどの深さの、穏やかでとても美しい場所。
お魚たちもうたた寝し、珊瑚たちが合唱して遊んでいます。
海草が気持ち良さそうに、ゆらゆら揺れています。
そしてその向こうに、人魚の女の子と小さなクラゲが泳いでいました。
「あん、待ってよ! チェリーちゃん!」
「にゅーにゅー!」
追いかけっこでもしているのでしょうか?
二人ともとても楽しそうです。
「つーかまえた! もう、急に泳ぎだすんだもん、びっくりしちゃったよ。だめだよ? 迷子になっちゃうからね? お姉ちゃんの後ろにちゃんとついておいで?」
「にゅわ! にゅー!」
人魚の女の子はくらげのチェリーちゃんを捕まえると、大切そうに胸で抱きしめて撫でてやりました。
「おや? ララベルちゃんじゃないか。そのくらげの子はどうしたんだい?」
人魚のララベルちゃんは、チェリーちゃんがまた急に泳ぎださないようにしっかりと手を繋いで声の主を探しました。
どうやら声はララベルちゃんの後ろにいたタコのおじさんだったようです。
「あ、スミオおじちゃん! こんにちは!」
タコのスミオおじさんはねぐらの穴からゆっくりと出てきました。
そしてララベルちゃんが抱えているチェリーちゃんの頭を、そっと撫でながら尋ねました。
「はいこんにちは。それで、そのくらげの子は? 迷子かい?」
「そうなの。まだ言葉も喋れないみたいで……私、放っておけなくて……」
「なるほど、それでこの子のご両親を探してやっているというわけだね」
「にゅ! にゅ! にゅぅーーー!!」
チェリーちゃんが嫌がったからか、スミオおじさんは頭を撫でるのをやめました。
そして少し考えてから遠くのほうを指さしました。
スミオおじさんの指した先は、暗くて冷たい海域がある方です。
「もしかしたらこの子は、暗い海から来たのかもしれないね」
「うん……私もそう思ったの。この辺じゃ見かけない子だから……」
ララベルちゃん達がいる場所は海の中では比較的浅い海域です。
ここは暖かくてご飯もたくさんあって、とても住み心地のいい場所です。
スミオおじさんの言う暗い海とは、ここよりももっと深くてお日様の光も届きません。
だからいつも暗くて、とっても寒いのです。
ララベルちゃんは暗い海のほうを眺めながら、少しだけ身震いしてしまいました。
「……行くのかい? とっても危ないところだよ?」
「……うん……でもやっぱり、チェリーちゃんを放っておけないもの。私、行くわ!」
「そうかい。ララベルちゃん、気をつけて行くんだよ? 危なくなったらすぐに帰っておいで」
「うん! ありがとう、スミオおじちゃん!」
その時のことでした。
「あ、あれ? チェリーちゃん? どうしたの!?」
突然、チェリーちゃんが震えだしてしまいました。
「ララベルちゃん、どうしたんだい?」
「う、うん、チェリーちゃんが震えだして……怖がってるの? それとも体調が悪いのかな?」
次第に震えはおさまりました。
しかしチェリーちゃんはさっきまでの明るい表情など嘘のように、虚空をぼんやりと眺めていました。
「チェリーちゃん? チェリーちゃん!」
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………………
………………お?
おお? およよよ? あれ、もしかして本当に聞こえてる系?
あら~、驚いたね。あ、いや、どうも初めまして。
ララベルちゃんは俺のこと「チェリーちゃん」とか勝手に呼んでるけど、俺の本当の名前はミスターシャングリラっていうんだぜ。
いや~、皆の言葉は分かるんだけどさ、俺って言葉が喋れねんだわ。
あ~こうして自分の意志を伝えられるのって40年生きてきたけど初めてじゃね?
いや~おじさん嬉しいわ~。あ、なんかララベルちゃんは俺のこと子供とか勘違いしてるけど、実際は40歳だからね?
立派なおっさんですわ。
俺さ、クラゲの楽園「シャングリラ」を目指してふんわり旅してるんだけどさ。
迷子に間違えられてララベルちゃんに捕まったのね。
いやぁ彼女さ、おっぱい、でかいじゃん?
人魚だからケツはねぇけどさ。ま、しゃーないわ。
でも、さすがのおじさんも、おっぱいには弱いわけよ。おっぱいに捕まったって感じ。
逃げた嫁なんて同じクラゲだから胸もねぇしさ。
あ、くだらない?
ごめんね、おじさんあんま若い子が好きな話題とか分からないんだ。
あのね、作者の人と名前が似てるからって理由で読者の皆にだけ心の声が聞こえるようにしてくれたのね。
作者の人の気が向いた時だけみたいだけど、いや~嬉しいね~。
あ、そうそう、さっきのタコ!
あのおっさん、俺の頭を撫でるふりしてララベルちゃんのおっぱい触ろうとしてたんだぜ?
俺のおっぱいだっつの。必死にガードしたよね。
諦めて何か誤魔化すみたいにどっかを指さし始めてさ。
まぁでもさ、おっぱいもいいんだけど、そろそろララベルちゃんに放してほしいかな~。
おじさん、ヤニカスだから、そろそろタバコ吸いてぇんだよなぁ……まいったなぁ。
どこまでついてくるんだろうなぁ……
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「チェリーちゃん! チェリーちゃん!!」
「にゅ!? にゅわ!」
「おお、気が付いたか!」
ララベルちゃんとスミオおじさんが心配そうに見守る中、チェリーちゃんがやっと目を覚ましました。
「にゅ~……」
「どうしたの? チェリーちゃん。やっぱり体調が悪いの?」
「にゅ? にゅ! にゅ! にゅわー!」
「元気……そうだね」
大丈夫だよ、というアピールでしょうか。
チェリーちゃんはララベルちゃんの胸から飛び出すと、ぐるりとひと泳ぎし、そしてまたララベルちゃんの胸に潜り込みました。
「……ララベルちゃん、今日は私の家で休んでいくかい?」
スミオおじさんはチェリーちゃんが心配なのでしょう。
休んでいくことをララベルちゃんに提案しました。
「う……うん……そう、しようかな」
「にゅ!? にゅわーーーーー!!」
「あ! チェリーちゃん!?」
突然チェリーちゃんがララベルちゃんの胸から抜け出して、そのまま勢いよく泳いでいきました。
「おじさん、ごめんなさい! ありがとう! やっぱり私行くね! 待ってー! チェリーちゃん!」
「おやおや、気を付けて行くんだよぉーーー! ……………………チッ」
こうしてララベルちゃんはスミオおじさんに別れを告げて、暗い海へと向かうのでした。