どうしよう……
どうしよう……
どうしたらいいんだ……
「のう、イオリよ。トンネルになってしもうたもんは、どうしようもないと思うんじゃがの。そのように落ち込むでない」
……くぅ……分かってる……分かってるけど、チラチラとトンネルが見えるたびに考えざるを得ない……
くっそ、もう昼だってのに畑仕事に集中できねぇから作業が全然進んでねぇ!
「落ち着いて茶でも飲もう? の?」
「そのお茶はトンネルの下だよ……」
「ぬ……す、すまぬ……」
……謝らせてしまった……
そ、そんなつもりじゃないんだけど……ううう……自分の中でもかなりダメージがでかい……
「ええんじゃええんじゃ。わらわに気を遣う必要はないぞ?」
「ご、ごめん。スゥ……」
「かかか。素直なやつめ。キミオにも見習わせたいの。あ、死んだんじゃったわ。かーっかか」
「親父か……今頃どこで何やってんだかな。成仏したのかな……」
「……まぁ、成仏されても天界が騒がしくなるからの。それはそれで迷惑じゃ。……おっ?」
ん、なんだ?
スゥが何かに気付いたように視線を外したな。
俺の後ろか?
「イオリ君……」
「ん? おお! ミミィじゃないか! 久しぶりだな!」
畑の向こう側の道に、見知った顔があった。
ショートカットの赤い髪。遠出するからだろう、旅をしやすい軽装に大きめのリュックサックを背負ってる。
幼馴染のミミィだ。お袋の葬式以来だな……背は……相変わらず小さいままだな。
「イオリ、誰じゃ? 知り合いかの?」
「うん。ミミィっていってな。実家に住んでた頃の……まぁ、幼馴染なんだ」
「ほぅ? 彼女かの?」
「いや、違うよ」
「なんじゃ、面白うない。小さいなりにナイスバディではないか。まぁ、わらわには負けるがの!」
そうなんだよな。ミミィのやつ結構出るとこ出てるな。背が小さいままで体つきだけ成長するってどういう仕組みなんだろうな。
「イオリ君……あのね……落ち着いて聞いてほしいことがあるの……」
「…………」
あー……親父の訃報を持ってきたのか。
誰だよ、ミミィにこんな役目を押し付けたのは……
どうしよっかな。知ってるって言うのもおかしな話だしな。
でもそう言えばミミィの気持ちも楽になるよな……よし。
「親父が死んだんだろ? 知ってるよ。わざわざこんな田舎まで知らせに来てくれて悪かったな」
「え! ど、ど、どうしてそれを!?」
「うーん、話せば長く……はないか。とりあえず長旅だっただろ? 家でお茶でも飲んでまずは一息ついていけよ」
「イオリ、茶はトンネルの下じゃなかったのかの?」
んっほ……! そうだった……わ、忘れてた。
「イ、イオリ君……お、お家はどうしたの? あんなトンネル、前に来たときはなかったよね……え? え?」
やべぇ、ミミィ、相当きょどってるな。
いや、別にやばくはないな。
いや、なんだ、きょどってるのは俺もか。
「え、えっとだな。なんていうかだな。家はトンネルになったんだ……何言ってんだ俺……」
「え! イオリ君……トンネルに寝泊まりしてるの?」
「いや、うーん、今日から寝泊まりしようと思ってた……というか、それ以外に選択肢がないっていうか……」
「そんなにトンネル好きだったの……? か、変わったね……イオリ君……もう私の知ってるイオリ君じゃない……のかな?」
いやー、ミミィの知ってるイオリだよ。何も変わっちゃいないよ?
急によそよそしくなったな! 変な人を見るみたいな目で見るなよ。
もうこれ一から順を追って話をしたほうがいいよな。そのほうが誤解がなくていい。
「イ、イオリ君」
「ん? なんだ?」
おどおどしてる。こういうところも相変わらずだなぁ。
なんかミミィのこういうところ、好きじゃないって人もいるけど、俺は落ち着くんだよな。
小動物みたいっていうかな。
「そ、その、そちらの女性は……お嫁さん……なの? イオリ君……結婚したんだね……教えて……欲しかったな……」
ぶっはっっっ!
え、ちょ!
「かかか。わらわがイオリの妻か! う~ん、これからのことを考えると、あながち否定もできんの」
「イオリ君……」
「おいっ! ち、違うぞ! こいつはスゥって名前でな……えーっとその、なんだ、なんて説明したらいいんだ……」
「かかか。冗談じゃ冗談。まぁ、立ち話もなんじゃ。そろそろ昼じゃし、一旦帰ろうではないか。のう、イオリ」
「帰る家はトンネルだけどな」
「ま、まぁそう言わずに……の?」
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スゥに促されるまま、俺は家に帰ってきた。
まぁ、家って言ってもトンネルだけどな……
「うわぁ……広いお家だね……イオリ君……解放感……すごいね……」
「ああ、まぁ説明するから好きなところに座ってくれよ。トンネルだけどな」
ミミィは物珍しそうにキョロキョロとトンネル内を見渡している。
そんなに見ないでくれよ……
さて、どこから説明するべきか……
「親父な、幽霊になってんだ。それで俺の前に現れてさ……いや、信じてくれっていうのも無理かもしれないけど、だから親父が死んだことを知ってたんだ」
「へ、へぇ……そうなんだぁ……」
うわぁー……信じてねぇなこれ。絶対信じてる目じゃない。
「とりあえず信じようが信じまいが話を全部聞いてくれ。頼む。信じてもらえないって分かってて喋ってるんだ」
「う、うん。分かったよ、イオリ君……」
それから俺は今日まであったことを全部ミミィに伝えた。
証拠になりそうなものは腰に下げたアイテムボックスとポケットに入ってる金貨と白金貨、それにこのトンネルくらいであとは全部そのトンネルの下敷きだ。
一応スゥも証拠になると言えばなるんだけど……
「て、天使!? え、ほ、本当に……?」
「うむっ! わらわは全能の神様にお仕えする天使じゃ!」
スゥが喋れば喋るほど嘘に聞こえるんだよなぁ……
「イオリ、聞こえとるぞ! 無礼な!」
「はぁ……」
「イオリ君、そのアイテムボックス? からトンネルを出しちゃったっていうのは分かったけど……これからどうするの?」
そう、それなんだよなぁ……それなんだよ……俺にだって分からねぇし、俺が聞きたいっていうか……
生活必需品も何もかもトンネルの下で、残ったものって畑に置いてあった鍬くらいだもんなぁ……
現実逃避で畑を耕してみたものの、真っ先に考えなきゃいけないことだったんだよな。
「イオリよ、わらわも聞きたかったのじゃが……今夜は本当にこのトンネルで寝るのかえ?」
「…………だって家ないじゃん」
「そ、そんな顔をするでない。困ったの……」
「あのね、イオリ君。私はおじ様の訃報を伝えに来たのと、イオリ君を迎えに来たんだよ? その……おじ様のお葬式が始まるから……」
……はっ。そうか、そうだったな。
元々親父が死んだことを知りつつも今日まで家に居続けたのは訃報を持ってくるであろう遣いの人を待ってたからなんだよな。
それがミミィだとは思ってなかったけど。
とりあえず親父の葬式の為に王都に行かなきゃいけないんだった。
……元気な幽霊だったんで親父が死んだ実感がないんだよな……
「そ、そうだな。ごめんなミミィ。明日には王都へ立とう」
「うん……それでね、イオリ君。その……この際だから王都に帰っておいでよ……おうち、トンネルだし……」
…………そう……なるのかな。いや、その選択肢も確かに頭を過ぎったんだ。
うーーーーーーーーーーん…………
王都での暮らしが嫌になってここに流れてきて、今更王都に帰るのもなぁ……
「ミミィじゃったかの。そなたの気持ちは分かるが、イオリにも何やら事情があるようじゃ。答えを聞くのはもう少し待ってやってはくれんかの」
ん、スゥ……フォローサンキューな。
「え、あの、スゥ様」
「なんじゃ?」
「私の気持ちって何ですか?」
「なんじゃ、さっきも言うたじゃろう。わらわは人の心が読めるのじゃ。ミミィの気持ちはよぉ~分かった! 後でそれとな~くイオリに言い含めておいてやろう」
「え、え、ま、待ってください……それって……え、ほ、本当だったんですか!?」
「なんじゃ、まだ疑うのかえ?」
なんだ、ミミィのやつ。急に顔を赤くして慌てだして……二人してなんの話してるんだよ。
「ん~? イオリよ。まぁまた今度聞かせてやろう。とにかく明日に王都へ出発するのじゃな?」
「お、おう……そうなるけど……なんだよ、もやもやすんなぁ」
「その後イオリがどうするかはまたおいおい、おいおい考えようではないか。の? ミミィ」
「…………」
あらら。赤くなって俯いちゃった。
なんで赤くなってんだろ……なんか恥ずかしいこと考えてスゥに心を読まれたってことだよな……
ミミィの気持ち……?
俺に王都に帰ってこいって……それでスゥが気持ちは分かるけどって言った後に赤くなって……
………………あっ!
「おやおや、イオリまで赤くなってしもうたの……もうわらわが説明してやる必要もないかの? ん? ん?」
「え……マ、マジでか……いや、その……」
「ス、スゥ様、もう……やめてください……」
「かーっかっか! ええの、ええのう、若いのう! まぁ後は二人でゆるりと話すがよい! かーーーっかか!」
ス、スゥめ……その顔やめろ。
くっ、ミミィが見たことなくらいに赤くなってる。
な、なんて話しかけてやればいいんだ……
っていうか、スゥに気持ちを暴露されて可哀想に……
「イ、イオリよ、そう睨むでない……わらわも悪気があったわけではないのだ。ミミィも許しておくれ?」
「…………は、はい……」
「ん? なんじゃミミィよ、そのようなことを考えておるのか? 安心せい、イオリもまんざらではないわい。このまま押し切れば大丈夫じゃ! わらわが保証するぞ?」
「スゥーーーーー!!」
俺の大声がトンネルに反響する。
別に怒りがあったわけではないが……恥ずかしいことをもうこれ以上言ってくれるな。
「ひっ! まぁまぁ……ミミィとイオリ、これでおあいこということで……の?」
なんだよおあいこって……
もういいよ。
それよりミミィだ。
「ミ、ミミィ……」
「イオリ君……」
ミミィは俺の名前を口にした後、ブンブンと頭を横に振った。
気持ちを切り替えたいんだな。
「ううん、ごめん。イオリ君、今はおじ様のことで大変なのに……ごめんなさい……えっと、今のことは……忘れて?」
あ、なかったことにしたいのか……いや、親父のことで俺の気持ちを心配してくれてるのは本当か。
やっぱりミミィってこういうところあるよな。
……押しが弱いんだよな。
……スゥ、その顔やめろって。ワクワクした顔で見るな。
「そうだな……ミミィ。さっきも話した通り親父は幽霊になってるんだ」
静かにミミィが頷いた。
ん、信じてくれるみたいだな。
そりゃ散々スゥに心を読まれたらそうなるか……
「だからな、親父が死んだってあんま実感がないんだ。多分まだ成仏もしてねぇから会えると思う」
「え……おじ様、まだ成仏してないの? え、あ、いえ、成仏してほしいわけじゃないけど……ごめんなさい」
「はは、気を使わなくていいさ。でもありがとうな。そんなわけだからさ、その……今のこと、忘れねぇよ」
「え……イ、イオリ君……」
「その、だからな、葬式終わったらまた話そうぜ? 俺がどこに住むかも含めて……さ」
「イオリ君……」
ミミィ、涙ぐんで……そういや俺が王都を出るときも……
……ってなんでスゥまで涙ぐんでるんだよ……
「うう……イオリぃ……ミミィを好いとるんじゃのぉ。ミミィもイオリを……ううぅ……愛が、愛が溢れとるのぉ」
…………王都に住むにしてもこいつと一緒に住むのは考え物だな…………
「な、なぬーーーーーーーーー!? なぜじゃ! なぜそんなことを言うんじゃ!」
そういうとこだぞ。
相手がミミィでよかったけど、俺の心や相手の心を口に出すんじゃない! ったく!
「……す、すまぬ……見捨てないでたも……」
こうして俺達はトンネルで一夜を過ごしたのだった。
めちゃめちゃ寒かった……