「イオリ、そろそろ起きる時間じゃぞ」
肩を揺さぶられる。
……ああ、そうか。
昨日から同居してるんだっけ……
誰かに起こされるなんていつ以来だろう……
昨日アイテムボックスの中から引き当ててしまった天使のスゥ。
彼女が遠慮するから床で寝させたけど、今日から木工細工の仕事はおいといてベッドを作らないとだなぁ……
「しかし、質素と言うておったが……本当に何もない家じゃの」
自給自足生活の朝は早い。なんつってもまだ深夜だぜ。
上半身を起こして背伸びをしている俺を尻目に、スゥが改めて家の中を眺め回した感想を述べた。
うるせっての……だから言ったじゃん。質素だって。
木造建築。
大きさは部屋一つ分。実家の屋敷の自室の半分以下の広さだ。
作業机とベッドしかない。
水汲み場も調理場もトイレも全部外。
何しろ全部自作だからな。
いいんだ。このくらい質素で。俺は不自由してない。
「……考えてくれとるようじゃが、寝床ぐらいは作ってたも」
「はいはい……分かってます」
昨日はスゥと話した後はいつも通りの生活に戻っていた。
スゥは興味津々で畑仕事や木工細工の様子を見ていたけど、仕事だからな。
見てても楽しいことなんてなかっただろうに。
でも普通の生活に変わったことなんてないほうがいいと俺は思ってる。
正直そういった思いがあって親元を離れたこともあるんだよな。
ちなみに、あれ以降親父は出てきてない。
今度こそ成仏……してねぇだろうなぁ……
「ふん、キミオになど会いたくないわ。それよりもイオリよ。今日もアイテムボックスを使うのか?」
「ん? そうですね。仕事の前にぱぱっとやっちゃいますか」
「ふむ、神様にはしこたま怒られたが、こうなってくると純粋に中身が楽しみじゃの」
「…………あまり期待しないほうがいい……というか、スゥ様は見ないほうがいいですよ……?」
スゥは俺の言葉がよく分かっていないようだ。首をかしげている。
まぁとりあえず、やってみますか。
俺はアイテムボックスの中に手を入れた。
「ワクワクするの!」
んー、おっなんか掴んだ。
……スゥが見てるんだ、せめて普通のもん、きてくれ!
「んー、また握ってるな……小さいものかな……って!!!! く、くさっっっ!」
手のひらは握った状態で引き出された。
臭い。
ものすごい異臭がする。
あきらかに俺の手だ。
なんかとんでもなく臭いものを握ってるんだ。
っていうかこの臭いって……
「くっさ! イオリ、離れろ! わらわに寄るでないわ!」
「よ、寄ってませんよ! スゥ様が離れてください! っていうかこれ、ウンコだ! なんで? 神様から貰ったんだろ!? なんでそんな大事なものにウンコ入れちゃうの!?」
「キミオめ……信じられん奴じゃ……罰当たりにも程があるわ!」
と、とりあえず外行って手を洗わなきゃ……
異様に臭いウンコだな……
…………………………
これさ……動物の……だよな?
「イオリ! そ、そなた、何ということを考えとるかっっっ!」
「い、いや、違いますって! 俺じゃなくて親父……いや、もういいです! 手を洗ってきます!」
「早う行ってまいれ!」
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「洗ってきました」
「随分遅かったの。臭いは取れたか?」
そう言われて再確認の為にもう一度手のひらを嗅いでみる。
うん、川で流した後、森まで行ってハーブをしこたまこすり付けたからな。
しかし気分的に大ダメージを負ったぜ……しばらくは手で掴んだ物を口に入れたくないな。
「気持ちは分かるぞ。そのほうがええじゃろな」
はぁ……まぁ気を取り直して次に行くか。
「布団が出てくれたらええの!」
そんな予感は全くしない。
っていうかもうアイテムボックスを触りたくないまである。
だって碌なもん出ないしなぁ……もうこれ自体が親父の形見ってことでもいい気がしてきたな。
「な、何を言うとるか! イオリ、話が違うではないか!」
「もう! いちいち心を読まないで下さいってば! 分かってますよ! 引きますって。約束を破る気はないけど、マイナス思考になることくらいあるでしょう?」
「ぐぬ……す、すまん。騒いだわらわが悪かった……」
黙って座ってたら可愛いのにな、この人。
「にゅわー! そ、そんなことを言うでない!」
…………うーん、この、なんだろうな……面倒くさいなぁ。
「そなた、キミオ同様イケメンじゃが意外と辛辣なことを考えおるの……わらわを、もてあそんどるのか?」
お、俺がイケメン!? は、初めて言われたな!
ちょっと嬉しいな!
別にもてあそんでなんかない。心はいつだって正直だ。
俺が口に出した言葉だけを信じてくれたらいいのに、心の言葉にまで反応するから面倒だと思っただけだ。
まぁ、この話は堂々巡りになりそうだから二回目に行こうかな。
「そ、そうじゃの。すまんかった」
がさごそ。
お、何か掴んだぞ。
なんかもう使えるものじゃなくていいから、当たり障りのないもの出てくれ……頼む……頼む……えいっ!
「ん、また握ったまま……小さいものだな」
「わらわは離れておるからそっと手を開いてみるがええぞ」
……巻き込まれたくないから離れたか……無理もないな。俺もスゥの立場なら離れていたい。
さて、開いてみよう。
俺はゆっくりと手のひらを開いた。
手のひらの中には硬貨が一枚入っていた。
「ん、お、おおおおおおおっっ! スゥ様、当たりですよ! いやぁ、よかった! お金だ!」
「なんと、銭であったか。面白みはないが、そなたにとっては良かったのじゃろう? ふむ、いいではないか」
「あれ、なんだこれ……」
硬貨は硬貨なのだろうが……縁だけ金であとは白い。銀貨じゃない……外国のお金? い、いや、うちの国の文字が刻印されてるぞ! って、ことはもしかしてこれ……
「白金貨か!!!!」
うわーーーーーーーーーー初めて見た! こ、これはめっちゃ嬉しい!! やっばい! ひえー!
「うぬ、どうしたのじゃイオリ。相当喜んどるの」
「あ、すみません。スゥ様、これは多分白金貨ってやつで、この国では一番高価なお金なんです。多分これ一枚で王都の一等地にでっかい家が建ちますよ!」
「ほう……それはなかなかじゃな。イオリは王都に行きたかったのか?」
…………まぁ、そうだな。
別に王都に帰りたいとは思わない。というか、色んなしがらみが嫌になって田舎にいるんだ。
考えるまでもなく、自給自足生活してる俺には、お金って言うほど関係ないんだよな。
基本物々交換してるしな…………
はしゃぎすぎたな……恥ずかしい……頭が冷えてきた。
「かかか、恥ずかしがることはない。まぁ銭はあるに越したことはないではないか。のう?」
ん、そう言ってもらえると助かるな。
まぁ、これも貯金だな貯金。
「ほう、貯金か。そなた本当にキミオの息子なのか? キミオは金を持ったら女を買ったり、女に貢ぐことばかり考えておったぞ?」
「親父と一緒にしないでください」
さて、次が最後だな。
しかし、やっぱり当たりが出る確率も結構高いんだな!
こんな白金貨みたいな大当たりが出るならたまに出てくるゴミにも目が瞑れるってもんだ。
ウンコ握って白金貨が貰えるなら何度も握っていいな!
さぁ、もういっちょ引くか!
「おー、最後はなんじゃろうの。アイテムボックスも結構面白いではないか」
ガサゴソガサゴソ。
お、掴んだ掴んだ!
よし、ゆっくりと引き抜くぞ。
「ゆっくりと、ゆっくりと……って、なんだこりゃ?」
……石……だな。
俺、石を引っ張ってるな。
「なんじゃつまらん。ただの石か」
「なんだよ親父のやつ……石まで入れてるのかよ……」
完全に石だ。
でもアイテムボックスよりも大きな石みたいだな。まだ全部は出てない。大きく開いた袋の入り口で石が歪んでやがる。
こういうの見ると神様が作ったんだなぁって分かるよな。
「早く引き抜いちまうか……って、うおっ!」
ちょっと手を動かしただけで、にゅるっと大幅に石が出た。
いやいや、手の動きよりも石が出た長さのほうが長いぞ!?
な、なんだ、もしかしてアイテムボックスよりも大きなものって、手の動き無視して無理矢理出ちゃうの?
……考えてみりゃそれもそうか……
だって一度掴んだら手が離れねぇもんな。
つまり無理矢理出てくれないと両腕を開いた状態よりも大きなものが出せない。
あまりにも大きなものは今みたいにちょっと引っ張っただけでたくさん出るんだな。
そういやスゥのときも違和感あったな。
「だ、大丈夫か? イオリ? な、なんかでかいの……その石……いや、岩か?」
不思議なことに重さを感じない。
手を離すまで重さを感じることがないのだろうか。
いや、そんなことよりも、アイテムボックスから引っ張り出した石はもはや天井スレスレにまで達してしまっている。
もちろん戻すこともできないし、ここまで引き抜いてしまっては、もう家から出ることもできない。
くっそ……しまった……まさかこんなでけぇもんが入ってるとは思わなかった!
今度から屋内で使わないほうがいいな……
「イオリ! 冷静に考えとる場合じゃないわ! こ、これ! どうするんじゃ! ぶぇっ!」
あ、スゥが岩と壁に挟まれた……
ど、どうするって言われても……これ、どうしたらいいんだ……
「ぐぇええ……イ、イオリぃぃぃ!」
くっ……仕方ない……ちょっとくらい家が壊れることも覚悟するしかない!
「スゥ様、もう一気にいきます!! ええええええいっっ!」
メシメシって嫌な音がそこかしこから聞こえる……あ、天井ぶち抜いた……か、壁が支えをなくして外側に倒れていく……
で、でかい……この岩でかすぎて、あああああーーーーー!
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俺の家の近辺に他の家はない。
限界集落のその先に俺は一人で住んでいる。
だから轟音とも言える地響きや振動に、誰かが駆けつけることはないし、誰にも迷惑をかけることもない。
中が空洞の半月型の岩の塊……
俺の家があった場所には今、巨大なトンネルが建っている。
「……俺の家……俺の家……」
「ふぇ~……ひ、酷い目にあったわい……わらわが天使でなければ何度も死んでおったかも知れぬ……」
「…………なんだよこれ……」
「う~ん、イオリよ。わらわはこれに見覚えがあるの。これはトンネルじゃ!」
「見りゃ分かりますよ!!」
綺麗なトンネルだなぁ……あはは……
しかし全長が五メートルくらいか……。短いトンネルだな! おい!
なんなんだよ、これはっ!
「そ、そのように興奮するでない……わらわが怒られておるように感じるではないか……」
「……す、すみません。……スゥ様はご存知なんですか?」
「ふぅむ……そうじゃの、それを答える前にイオリよ、わらわを心の中で呼び捨てにしておるであろ? わらわを軽んじているわけではないことは分かっておるゆえ、別に心の中と同じように話してくれて構わんぞ? そしてまずは深呼吸をするのじゃ。そう慌てるでない」
……あー……気を使わせてるな……
う~ん、この人結構優しい人なんだなぁ。
申し訳ねぇな。
「よいよい。家が壊れて平静を保っておられんのは、よぅ分かる」
「すみま……いや、悪かったよ、スゥ。それでこれは一体何なんだ?」
「ふむ。これはの、キミオが若かりし頃、自分の生まれ育った村と山を隔てた向こうの村を繋ぐために作ったトンネル、その試作品じゃな」
「…………はぁ、その試作を処分するのに困ってアイテムボックスに放り込んだってことかよ……」
「その通りじゃ」
くっそ……くっそ! これは親父を責めきれない……くっ、いや、親父を責めてどうこうって話じゃないんだけど。
なんていうか、なんだ、なんだろ、この理不尽に対する怒りを向ける先がない……!
俺の家……必死になってやっと作った俺の家が……こんな一瞬で!
「イオリも優しい奴じゃの。本当に、キミオの息子とは思えん。うむ、気に入ったぞ!」
「はは……そりゃどうも……くぅぅ」
こうして長年お世話になった自作の我が家は、一瞬でトンネルと化したのだった。
自分でも意味が分からん……