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天使のスゥ

 アイテムボックスから引っ張り出してしまった女性を、なんかかんとか説得した。

 今までの経緯とか、親父が幽霊で逃げたことももちろん話してある。

 そして双方合意の上でなるべく優しいめに髪を引っ張って、やっとのことでアイテムボックスから全身を引き出せた。

 床でうな垂れてる。


 気が付けば手のひらには抜けた髪の毛が結構な本数残っている……

 うわぁ……超痛かっただろうなぁ……こりゃ怒るわなぁ。


 ところでこの人ってなんだろ。

 珍しいな。着物ってやつだよな。着崩してるけど上品さを感じるな。

 上品って言えば抜けちゃった髪も艶々で、それなりの身分の人なんだろうな。

 そんな人をアイテムボックスに入れるとか……正気か?

 …………痴情のもつれってやつなのかな…………



「無礼な。もつれておらんわい! 誰があんな奴など!」


「うぇ!? お、俺、今何か言いましたか?」



 大きな赤い瞳が俺を睨みつけてきた。

 うーん、大人っぽく見えるけど……15歳くらいなのかな?

 俺とさほど年齢が変わらんように見えるな。



「ふん! わらわはもう500年は生きておるわ! 一緒にされては困るわ」


「え!?」



 まただ。

 なんだこの人。もしかして俺の考えてることが……



「分かるぞぉ? どうじゃ、驚いたであろ? わらわはの、全知全能の神様の使いじゃ。そなたらの言うところの天使じゃな」


「は、はぁ……天使……」



 まぁ本人が言うんだからそうなんだろう。



「なっ! そなた、信じておらんなっ!?」


「あ、いえいえ。なんて言うんでしょう。非常識な親父をもっているので慣れてるっていうか……」



 神様の話も何度も聞かされたしな。

 今更天使が出てきても驚かないんだよな……

 それにしてもなんで、その天使が親父のアイテムボックスに……



「ぬぁ! そ、そうじゃ! 忘れておった! キミオは今どうしておる!」


「ですから先ほどから申してますように、死んだそうです。でも幽霊になってさまよってますね。信じ難いことに」



 自称天使様はしまったという表情で立ち上がってオロオロし始めた。

 確か騙されてアイテムボックスに入れられたとか言ってたよな……



「自称じゃないわっ! ……はぁ……そうか、キミオは死んだか……」



 再び床にへたり込んでうな垂れ始めた。

 忙しいやっちゃな。そろそろ畑に行きたいんだけど……



「畑など後でよいわっ!」



 ぐっ……この人、やりにくいな。

 読まれて困るようなことは別にないけど、俺の心の声にいちいち相槌打たれるとやりにくいったらありゃしない。



「ぬ、そ、そうか。すまん。いやな、わらわは元々キミオの監視で現世についてきたのじゃ」



 素直に謝った。

 別にいいですよ。楽ですから。

 それにしても聞いてもないのに語り始めちゃったよ……畑あるのにな……

 ……これは聞かないと終わらない系だな……うーん。



「その通り、まぁ聞け。息子なのじゃろ? わらわはな、異世界転生させた上にアイテムボックスを持たせたキミオを監視せよと神様から命を受けて今に至るのじゃ。そもそもが! キミオは、普通に転生させるだけのつもりだったのじゃが、あやつの口八丁手八丁でステータスはマックスで、アイテム引継ぎの上にアイテムボックスまで持たせるはめになったのじゃ! こら、聞いとるのか? 息子!」


「いやぁ、聞いてますよ。信じてないわけじゃないけど、あまりにも話が浮世離れしすぎてて……あと俺はイオリといいます」


「む。イオリか。わらわはスゥじゃ。まぁ、わらわはもう天界に帰るからの。短い間になろうかと思うがよろしく頼む」


「は、はぁ……よろしくお願いいたします」


「それでの、わらわはキミオがアイテムボックスを悪用せんように常に見張っておったのじゃ! それがあのとき……あのとき……お、思い出しただけでも腹が立つぅぅ! わらわにとってはついさっきの出来事じゃ! あやつめ、わらわを抱きたいなどと破廉恥なことを言い出しおって! そ、それでわらわの腕を掴んだかと思うたら……」



 あー……めっちゃ騙されてんじゃん……

 アイテムボックスもモリモリ悪用されてるし。

 親父、監視されるのがよっぽど嫌だったんだろうな。

 …………なんか、ここ数日で親父の印象がガンガン悪くなるな……



「……はぁ、やはり悪用されておったか……キミオが死ぬまで監視せよというのが、わらわのミッションじゃ……キミオが死んだとなればわらわもお役御免で帰れるのじゃが……なんとも釈然とせぬ……」


「ま、まぁよかったじゃないですか。ようやく故郷に帰れるんだし。ものは考えようじゃないですか」


「む。そなた、キミオの息子にしてはまともじゃの。まぁそうじゃな。肩の荷が降りたと考えるべきかの……」



 そのとき、スゥが突然背筋を伸ばした。

 目を見開き左耳に手のひらを当てている。

 ……? なんだろ?



「ひゃ、ひゃいいいい! ご、ご無沙汰しておりますぅぅぅ! え? はい、はい、………………え? わ、わらわ……いや、そのキミオは……」



 ん? 誰かと喋ってる? テレパシーみたいなもんか?

 邪魔するのも悪いから畑に行くか。



「……!!!!」



 椅子から立ち上がった俺の裾をスゥが喋りながら引っ張る。

 口で猛烈に謝罪しながら俺を睨みつけてくる。

 ……まだここにいろってことか。



「はい、はい、も、申し訳ございませぬ! いえ、わらわも必死に……いえ、はい、はい…………ええええ!? そ、それは…………いえ、はい……はい……そうです。わらわのせいでございます……はぁ……はい」



 ションボリし始めたな。相当怒られてるなこれ。



「はい……し、失礼致します……はい……」



 あ、終わったのかな?

 ……誰だったの? って聞いてもいいのか?

 聞いても分からねぇしなぁ……



「神様からじゃった……」


「は、はぁ……そうなんですね」


「どちゃくそ怒られた……」


「そ、それは……お気の毒様です」



 いや、俺に報告しなくていいよ? マジで。



「いや、聞け。そなたにも関係のあることじゃ……」


「ええぇ……俺、何にも悪いことしてませんよ?」


「そう、そなたは何も悪ぅない。全てはキミオ。キミオのせいじゃ……どうもわらわは四十五年もの間アイテムボックスに封印されておったそうじゃ……キミオと過ごしたのはわずか十五年じゃ……怒られて当然じゃな……」


「ええっと……神様はなんて仰ったんです」


「…………監視続行……だそうじゃ」


「ええ?」



 そんな涙目で俺を見られても……

 監視続行ってことは、今度は俺を監視対象にするってことかよ!?



「そのとおりじゃ……というわけでこれから厄介になりたいのじゃが……す、すまん……」



 うーーーーん。

 まぁ俺は監視されて困るようなこともないし、正直アイテムボックスを悪用しようだなんて考えもない。

 むしろ機能制限されてて悪用もできねぇよなぁ。

 しかし、ここまで申し訳なさそうにお願いされると弱いな。

 わー……めっちゃ上目遣いで見てくるじゃんか……



「た、頼む。わらわも行く宛てがない上、神様に言いつけられては断れんのじゃ……」


「わ、分かりましたよ。仕方がないですね……その代わり、うちの生活は相当質素ですよ?」


「え、ええのか! よかったぁ……恩に着るぞイオリ! やはりそなたはキミオとは違うの!」



 変な居候が増えてしまったな……

 独身のきままなスローライフもこれで終わりかな。

 まぁ親を亡くして丁度いい転機って言えばそうなのかもな……


 ……いっそ大きな街にでも引っ越して定職に就くかなぁ。



「そなた、前向きじゃな。そんなそなたにもう一つお願いがあっての……」


「なんですか? 他にも神様に何か言われたんですか?」


「そ、その通り。察しがええの。アイテムボックスを空にしてから持って帰って来いと言われたのじゃ……現世のものは現世に還せと……」


「ええ!?」



 いやぁ……そうは言っても俺、一日に三回しか中のもの出せねぇしな……

 俺が今十八歳だから八十まで生きるとして……67,000個くらいか?

 うーーーーん……いけるのかな?

 …………いや、親父の言うことが正しいとして……武器が全体の0.0001%にも満たないって言ってたよな……


 無理じゃね?



「いや、無理は承知しておる……先ほどそなたから聞いたからの。キミオが何でもかんでも考えなしにアイテムボックスに物を突っ込む癖があることも承知しておる……だから、できるだけ! できるだけでええんじゃ! 努力さえすれば神様も認めてくれるじゃろ!」


「そりゃまぁ……そういうことなら……」



 まぁ言われなくても毎日三回物を出すつもりではあったんだけど。

 ん、そう言えば……



「えと、スゥ……様? スゥ様はアイテムボックスを直せないんですか?」


「あー……無理じゃな。神様のお造りなった物じゃからな。いかなわらわとて、できんな……すまん」



 ……じゃあ天使って何ができるんだよ……もう。



「ぐっさーーーーーーーーー! そ、そんな風に言わんでもええじゃろ……」


「あ、いや、すみません。そんなつもりはなかったんです。っていうか人間誰でも反射的に考えちゃうじゃないですか。ふ、不可抗力ってことで。悪気もありません」



 め、めんどくさ……



「ぐっさーーーーーーーーー! いや、わらわとて心を読みたいと思って読んどるわけじゃないんじゃぞ?」



 う、うーーーーん! これは面倒くさい!

 いや、分かってる。スゥがしたくてしてるわけじゃないことも分かる。

 でもいちいち反応されると普通に会話することもできねぇな……どうしたもんか。



「ぐぬっ……す、すまん……気を付ける……許してたも……」



 ふぅ……この人、面倒くさいけど素直なところが助かるな。

 可愛い顔してるし、まぁこの人とならうまくやっていけるだろ……



「ぬなっ! なななな、何を言うておるのじゃ! めめ、め、夫婦などまだ早すぎるじゃろ! そ、それにわらわをか、可愛いじゃと……!?」



 あーやっぱめんどくさいな……

 親父が封印したくなったのもちょっと納得だな……

 ……っと、また余計なこと考えちゃった……



「ぬ、ぬ、ぬ、ぬわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!! そんなこと言わんでもええじゃろうがっっ!」



 この後、慰めるのに二十分かかりました。

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