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レアガチャ?

「……ちっ」



 親父はいなくなった。

 本当に成仏したのか、逃げたのか。

 もうなんかこの手紙読んだらどっちでもよくなっちまったな……


 俺は無意識に便箋をアイテムボックスに入れようとした。



「おわっと、なんだこりゃ」



 便箋がアイテムボックスに入らない。

 脳裏には「×」印と知らない文字がでかでかと表示された。



「ああ、そっか。物を入れられないって言ってたっけ……親父の言う通りだったんだな」



 しかし参ったな。

 こんな手紙。形見になるわけがないし、とっておくことも憚られる。

 ……後で燃やしておくしかないな。



「しかし……まぁ、使えるものが出るまで取り出してみるか。これ以上壊れることもないだろうしな」



 そう決めた俺は便箋を机の上に置いて、さっそくアイテムボックスに手を入れてみた。

 物を掴んだ感触を覚え、手を引き出してみる。



「……お? 今度は何だ?」



 手が握られたまま、ということは握れるほど小さいものということかな?

 恐る恐る手を開いてみると、そこには一枚の金貨があった。



「うおおおおお! え? これは当たりか! 明日は街に食べに……」



 ……あーいや、貯金だな。貯金。

 思わず浮かれてしまったけど親父の遺産じゃねぇか。これはありがたく貯金させてもらおう。



「まぁでも、親父の口ぶりから考えるとこれは当たりなのかもな」



 ちょっと考えてみた。

 アイテムボックスの中に一体どれだけの数の物が入っているかは分からないけど、とにかく途方もない数が入っていることには違いない。

 親父は国が買えるだけのお金が入っていると言った。

 金貨、銀貨、銅貨はもちろんだけど、俺も見たことない白金貨もたんまり入ってるかもしれない。

 銭袋みたいな感じで入ってるかもしれないけど、お金を引き当てる可能性は結構高いんじゃないだろうか。


 うん、まぁ、親父の私物には目を瞑ろう。

 誰だって人に見られたくない物の一つや二つあるだろう。

 本人が隠しているものをわざわざ暴いて騒ぎ立てるのも可愛そうだ。

 というか、もう死んでるしな。

 ……そうだ、死──



「死因が結局分からねぇままじゃん……」



 俺はぼりぼりと頭を掻きながらベッドに腰を下ろした。

 時間は深夜である。

 普段ならそろそろ起きて畑に向かう時間だ。



「まったく……本当に自分勝手だよなぁ……しかし参ったな。動くに動けないぞ……」



 お袋が死んだときは遣いの人が訃報を知らせにきてくれた。

 それを聞いてすぐに王都に旅立ったのだ。

 亡くなって三日後のことだった。


 今俺は幽霊の親父に会ったから死んだと知ってるけど、今すぐ旅立つわけにはいかない。

 遣いの人を待たずに旅立つと、なんで死んだことを知ってるんだってことになるからな。

 早く実家に帰って詳しい死因が知りたいところだけど……うーん。



「待つしかねぇか……」



 仕方ないな。

 こんな田舎で誰に聞いたんだって話だ。

 殺されたって言ってたけど……まぁ行けば詳しく分かるだろう。というか遣いの人が知ってるだろうし。



「考えても無駄だな。それよりもアイテムボックスの最後の一回を引いてしまおっかな」



 アイテムボックスから物が取り出せるのは一日三回まで。

 だったら毎日三回きっちり取り出すべきだ。

 見られたくないようなものなら燃やして処分すればいいだろう。

 親父、悪く思わないでくれよ。

 自業自得とも言うんだぞ?



「よぉし、今度もいいもん出てくれよぉ……」



 何かを掴んだ感触。

 俺はアイテムボックスから勢いよく腕を引き抜いた。



「おっ! またお金かな?」



 握ったままの形で出てきた手。

 これは小さなものを取り出した証拠だな。そっと開いてみる。



「あん……? なんだこりゃ?」



 手のひらにあったのは硬化じゃない。これはバッジかな?



『うおーーーーーーーーーーー! そ、それはワシの親父の形見のバッジじゃ! イオリよ、よく引き当ててくれたな!』


「ってうおっ! 親父! まだ成仏してなかったのかよ!」


『いや……うむ。成仏しそうになったがの……』


「…………まぁさっきのことは聞かないでいてやるよ。それより、これ、じいちゃんの形見なのか?」



 親父の父親。つまり俺のじいちゃんは大工だった。

 元気なじいちゃんだったけど、なんのバッジだろう?

 結構細かい作りしてるぞこれ。



『いやの、うーん、さっき転生してきたと言ったが、それは日本での親父。つまり転生前の親父の形見じゃな。異世界にまで持ってこれた荷物の一つじゃ。いやぁ本当に良く引き当てたのイオリ。それは大事にとっておいてくれんか』



 なんかややこしいな……まぁでも大事なものが引き当てられたみたいで良かった。



「しっかし、いいバッジだな。名のある細工師の作ったものなのか?」


『親父は市会議員でな。それは議員バッジじゃ』


「シカ……なんだって?」


『まぁそうじゃな、役人の証みたいなもんじゃ』


「へぇ~そうなのか……」



 立派な人だったんだな。


 …………さっきからなんか忘れてると思ったら死因だ。

 親父があまりにもナチュラルに再登場するから忘れてた。



「ところで親父、親父の死因をもっと詳しく聞かせてくれよ」


『ワシ、答えとうない』


「あっ!」



 それだけ言うと親父はすいーーっと再び天井へ消えて行ってしまった。



「はぁ……なんつー親父だ……」



 意地でも説明したくないんだな……

 消えた親父を待っていても仕方がないので、俺は小物入れに大切にバッジを保管して、畑に行くのだった。



∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽



 それから一日経った。

 親父はあれから姿を見せない。

 成仏したのか、どっかでフラフラしてるのか。

 とりあえずアイテムボックスを貰ったからと言って俺の生活が変わるわけでもない。

 昨日は普通に畑仕事をして、街に売りに行く為の木工細工を作って普通に就寝した。

 これから顔を洗ってまた畑へ行くつもりだが……



「日付が変わったからまたアイテムボックスからアイテムが出せるな」


『こら! アイテムボックスを使うなと何度言えば分かるんじゃ!』



 ……出た。

 なんだろ。

 もしかしたら屋根裏で監視してるんじゃねぇだろうな。

 実の父親でもそれは物凄く気分が悪いな……



「いたのかよ……いいだろ? 昨日はいいもんがでたじゃねぇか。もし都合の悪いもんが出ても咎めたりしねぇよ。見て見ぬ振りで処分してやるからさ」


『都合の悪いもんが大体九割くらいあるんじゃ』



 あ、言い切っちゃった。

 どんなもん入れてんだよ。

 いや、人のものにあまり興味はないけど、ここまで言われるとさすがの俺もちょっと気になってきたな。



「親父、死因を教えてくれよ。教えてくれたら使うのをやめるわ」


『何? 卑怯者め』


「はーい、一個目いきまーす」


『待てっ! ああ、待てと言うにっ!』



 がそごそ。

 む、何かを掴んだ感触。

 よし、一気に引き抜いてみよう。



「とわっ……とととっ! コ、コップ!?」



 俺の手に握られていたのはガラスのコップだった。

 コップの中には黄色い液体が半分ほど入っている。

 飲みかけのリンゴジュースか? 危うくこぼしそうになっちまった。



「なんだよ……こんなもんまでアイテムボックスに入れてんのか?」


『いや……それは、その……』


「……? なんだよ?」


『いや……なんでもないんじゃ。早く捨てておくれ』


「俺だって飲みかけのジュースなんていらねぇよ。まぁこれははずれかな」



 …………?

 コップが温かい。

 へぇ、アイテムボックスって温かいまま保存しておけるんだな。便利だなぁ。

 …………


 温かいリンゴジュースってなんだろ?


 俺は不審に思ってコップに鼻を近付けてみた。



「……ん? なんだこりゃ? 親父、これなんのジュースだよ? お茶か?」


『も、もも、もうええじゃろ! いつまでそんなもん持っとるんじゃ! はよ捨てんか!』


「え、そんなもんって……ん? お、親父……まさかこれ……おし……」


『もーーーーーーーーええから、さっさと次にいかんか!!』



 すぐさまコップをテーブルに置く。

 うぇぇぇ……なんでこんなもん入れてんだ……誰のだよ……マジかよ……ちょっとどころかかなり引いたわ……

 こぼさなくて良かった……



「親父……」


『実の父親をそんな目で見るな。ワシ、死んどるんじゃぞ?』


「……はぁ……もういい。何も言わねぇよ……」



 さっさと次にいけと言ったな。

 許可も出たことだし遠慮なくいかせてもらおうかな。

 気分が悪くなったから次はいい物出てほしいな。


 がそごそ。

 本当に、どんなものが入ってるか分からんからな……

 今度は慎重に取り出そう。

 ん! 何か掴んだぞ!



「おお……おおお……?」



 紐か?

 俺の手には薄桃色の紐が握られていた。

 アイテムボックスの中に紐が続いている。

 引っ張り出してみよう。



「おお……おおお……おおおお……」


『…………あっ』


「親父……」


『…………うむ』


「これブラジャーじゃん」


『そうやな』



 そうやなじゃねぇよ。

 俺のお袋は田舎の出の娘だ。

 親父の幼馴染らしいけど、貴族の女性にも引けを取らないほど美人だった。

 ただ、お袋はそんなに胸が大きい人ではなかった。

 しかし出てきたブラジャーはどうでしょうか? どうでしょうよ? めちゃめちゃサイズ大きくないですか?



「誰のだよ」


『母さんのだ』


「しれっと嘘つくんじゃねぇよ!! こんな大きなサイズなわけねぇだろうが!!」


『母さんのだ』


「…………っっ……もういい! 突っ込んでも無駄みたいだからやめる!」


『助かる』



 助かっちゃった。

 バカ親父……何やってんだよ……お袋にばれたりしてねぇだろうな……


 いやーもう、ほんと、何入れてんだよ……

 神様から貰ったアイテムボックスじゃねぇのかよ……

 本当にまともな物のほうが少ねぇな!



「次で最後だけど、死因は教えてくれねぇんだな?」


『…………』


「はーい、じゃあ最後いきまーす」



 もう遠慮はしない。

 俺は乱暴にアイテムボックスの中に手を入れた。


 がさごそ。

 よし、何か掴んだな。

 ゆっくり引き上げよう。



「うわああああっっ!!!! な、なんだこれ!! か、か、髪の毛!? 人の髪の毛か!?」


『何っ!? そ、そんなもん入れとらんぞっ!? さすがにそんな性癖はないぞ!! 無礼な!』



 手を離そうにも離れない。なんだこれ、アイテムボックスって一度掴んだら出すまで手が離せねぇのか!?

 黒髪……艶々してるのが、なんとも気持ち悪ぃな……なんつーもん入れんだよ……

 仕方ない、一気に引き抜いてそのままゴミ箱に入れようっと……



「いたたたたたたたたたっっっ! ちょ、引っ張るな! 引っ張るでない!」



 …………は?

 今……女の人の声……したよ?



「……親父?」



 ブンブンブンと首を振っている。

 え……何? 親父にも分かんねぇの……?



「痛い! 痛いと申しておろうが! この無礼者! わらわを誰と心得とるかっ!」



 握ったまま髪を引っ張るしかない。

 戻すこともできないし離すこともできないんだ。気味が悪いけど仕方がない。

 掴んだ髪を力任せに引き抜いていくと、アイテムボックスから女性の顔が出てきた。

 痛みに表情が歪み、涙を流している。



「や、優しくして! 優しくしてたもっっ! 後生じゃ! あーーーーーいたたたたたたたっっ!」


『ぬっっっっ! こ、こいつは!!』


「なんだよ、親父? 知り合いか……って、あ!」



 女性の顔を確認した親父は、青ざめて天井裏へ消えていった。

 なんだってんだよ……

 それよか本格的に気持ち悪いな……小さな袋から女の人の顔だけ出てるよ……



「こ、小僧! 貴様! わらわの髪を引っ張るなど、万死に値するぞ! 分かってやっておるのか!」


「す、すみません! でも手が離せないんです! 本当は顔を引っ張りたいけど掴んだ手が解けないんだ!」


「な、なんじゃと……あ! 貴様! ……キミオじゃな!」



 キミオは親父の名前だ。



「いや、俺はイオリっていう名前で、キミオは俺の父の名前ですけど……」


「何をわけの分からぬことを! おいこらキミオ! 思い出したぞ! わらわを騙してアイテムボックスに放り込みおったな! よくも、よくも! よくもぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!」


「い、いや、話を聞いて! 話を聞いてください! 俺はキミオじゃありませんって!」


「問答無用じゃぁーーーーーーーー!」


「おい、親父! そこにいるんだろ! 戻って来い! おい! 親父! 責任取れって!!!!」



 アイテムボックスの口から頭だけ出した女の子は、俺に髪を掴まれたまま、噛み付こうと歯をむき出してきた。

 なんだよ、本当に親父の奴、一体何を入れてんだよ……


 その後、誤解を解くのに二十分ほどかかりました。

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