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第96話 デート

 約束の日がやってきた。

今日は郊外にある大きなショッピングモールに入っている映画館に行くことになっているので、累が車で迎えにきていくれることになっていた。

 私はできるだけ可愛くオシャレして、累とのデートを楽しめるようにヒールは低いものを履いてマンション前で待っていた。しばらくすると累の車が目の前に止まった。


「おはよう。待った?遅くなってごめんね」


「ううん。今出てきたばかりだから大丈夫だよ。今日はよろしく」


「よろしく…か。うん。一緒に過ごせること、嬉しいよ。よろしくね」


  累は何か引っかかる反応をしていたが、路駐を長時間はまずいので私はさっさと助手席に乗り込んでシートベルトをつけた。


「今日見たいのってミステリーだよね。実は俺も気になってたやつなんだ」


「良かった!私が見たいからって提案したけど、累が興味なかったらどうしようって思っていたから」


 累と折角のデートなのだ。楽しんでもらいたい気持ちが強かったので、映画の提案が間違っていなかったことに安心した。


 累の運転は丁寧で、減速や加速がとてもスムーズだったのでとても安心感があった。累は私も好きな歌手の歌をスマホから転送して聞いていたのだが、私に確認してくれる。


「この歌手結菜も好きだったよね?気分じゃなかったら別のにするけど、大丈夫?」


「うん。私もこの歌手好きだから大丈夫だよ。ありがとう」


 ちょっとした気遣いがありがたくてお礼を言うと累は嬉しそうに微笑んだ。その顔があまりに綺麗で私の心が少しだけトクリと動いた。


「あ…今…ちょっとだけ累が笑ってくれて嬉しいって感じた」


 私がそう言うと累は驚いた顔をしてから泣きそうな顔になった。


「嬉しいよ。結菜が俺に感情を持ってくれたこと…ありがとう」


 累はほんの少しだけ心が動いただけで心から喜んでくれた。

(累が喜んでくれたことが嬉しいって感じる。少しずつだけど気持ちが戻りつつあるのかな?)

 そうだといいなと思うけど、それ以上心は動かなかった。まだまだ恋愛感情まで取り戻すのは難しそうだ。


 しばらく車を走らせるとお目当てのショピングモールにつく。駐車場に車を停めて映画館に向かう時、累は自然な動作で私の手を握ってくれた。

(あ…手…繋いでくれるんだ)

 そう思ったが、嬉しい、ドキドキする、そういた感情が湧いてこなかった。ただ事実として手を繋いでもらったのが感情を取り戻す一歩になるかもしれないと思っただけだった。

(自分にがっかりだよ。普通こういう時ってドキドキするものなのに…。どうして感情が戻らないんだろう)


「手繋いで良かった?」


 私が一人で色々考え事をして沈黙していたためだろう。累が心配そうに尋ねてきた。


「あ!ごめんなさい。色々考えちゃって。手繋いでるの大丈夫だよ」


「そっか…でもまだ繋いでるっている事実しか感じないんだね。いつか、また手を繋いで嬉しいとか、ドキドキするって思ってもらえたら嬉しいんだけどな」


「うん。努力する。だからこれからも手を繋ぎたい。感情を取り戻したいから」


「そっか…うん。じゃあ手を繋げる時はずっとそうしているよ」


 ぎゅっと強く握ると累はその手の甲にキスをした。だが私の感情は全く動かなかった。累もそれに気がついているようで困った顔をしてそのまま手を引いて映画館に向かった。


ポップコーンとドリンクを買ってから、スクリーンの中に入ると薄暗い映画館独特の雰囲気にワクワクした。

(累にキスされても全く何も感じなかったのに、映画館にはワクワクするんだなあ。どうなってるんだろう、私の感情)

 自分で自分に抗議する。ワクワクするなら累にワクワクしたい。どうしてそれができないんだろう。


「累は嫌じゃない?私、本当に累に感情が持てないのに。こんなに優しくしてくれて」


「う〜ん。寂しい…とは思うけど、一緒にいられるならそれだけで幸せだよ。結菜は俺の全てだからね」


「ありがとう…。私のことを見放さないで一緒にいてくれて…うん。今嬉しいって思った」


「本当!?嬉しいよ!結菜が俺にも少しずつでも感情を持ってくれて」


 累は本当に嬉しそうに幸せそうに微笑んだ。それをみて私は嬉しいと思った。また一つ感情が芽生える。ゆっくりではあるけど、前進していることにホッとする。これだけ献身的に尽くしてもらっているのに全く進展がなかったら申し訳なさすぎるから。


 その時、ようやく長い番宣が終わって本編が始まったのでそちらに意識を向ける。映画はすごくよくできていて、俳優や女優さんの迫真の演技でずっとドキドキし通しだった。最後に結末が分かった時など、切なすぎて涙が止まらずタオルハンカチで涙を拭った。(事前に泣けるところがあると調べてあったので、タオルハンカチを用意しておいて良かった)

 映画が終わっても余韻でズビズビと鼻を啜りながらスクリーンを後にした。相変わらず手は繋いだまま。

 映画を見て気持ちが高揚しているためだろうか。累と繋いだ手が心地いいと感じていた。


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