まだ胸がドキドキしている。良平に掴まれた腕が熱い。
(この胸のドキドキは?まさか…そんな…)
久々に心が動いた。でもそれがもし愛情であれば累に申し訳ない。だから今のはなかったことにしようと思って心に蓋をした。それからはなるべく心が動いたことを考えないようにして夕食を済ませるとシャワーを浴びて早々にベッドに入った。寝ることで心をリセットしてしまおうと思ったのだ。
目を閉じて無になるとすぐに眠気が襲ってきていつの間にか眠ってしまった。
夢を見た。幼い私が良平に手を引かれて歩いている。季節は冬、雪がちらつく中2人は歩いていた。どこに行くのかもなぜ歩いているのかもわからずに。良平は泣いて
いた。なんとか慰めたいと思いながらも見上げることしかできない自分が歯痒くて良平の手を強く握って、良平は一人じゃないと言いたくて。でも伝えられなかったあの時の思いを。今。伝えたいと思った時にふと目が覚めた。
「あれは…良平のお父さんが亡くなった時の思い出」
いつも強くて優しくて私を可愛がってくれていた良平が初めて見せた涙。まだ3歳だった私はなんとか良平を慰めたくてぎゅっと抱きついて一緒に泣いた。
「どうしてあの時のことを思い出したのかな…」
考えても答えは出なかった。ただ…良平に対して親愛が戻りつつあって戸惑う。累に対しては未だ何も感じることができないのに。どうして良平にだけ心が動くのか。わからなかった。
(忘れよう。何もかも。眠ったらきっと気持ちも忘れる)
まだ夜中だったので眠ろうとしたが、目が冴えて眠れなくなってしまった。仕方なくベッドから這い出すと台所でグリューワインを作ってソファに座って間接照明の灯だけでそれをゆっくり飲んだ。スパイスが体を温めてくれるのでまた少し眠気が襲ってきた。このグリューワインは累が私が寝付けない時に作ってくれたもの。美味しかったのでレシピを教えてもらっていたのだ。
「累はちゃんと眠れているかな…」
累のことを考えるとまだ苦しいけれど、それでもちょっと気を抜くと思い出してしまう。
(思い出すくらいだから累のこと、今でも大切に思っているんだよね?だったら、累のこともまた愛せるようになるのかな?)
少しの期待を込めて累との思い出の写真をスマホで見る。写真の2人はいつも笑顔で幸せそうなのだが、その時の記憶ははっきりしているのに、感情がどうしても思い出せない。
(こんなに愛おしそうな表情をしているのに。どうして今は何も感じないの?)
ぽんこつな自分に苛立ちを覚えるがこればかりはどうしようもない。治療法なんてないのだから、自分で頑張って思い出すしかないのだ。
その時、LIMEにメッセージが入った。こんな時間に誰だろうと思って見てみると、それは累からのLIMEだった。
『家にはもうなれた?一人で困っていることはない?』
『うん。ちょっと寂しいけど、仕事も行けてるし大丈夫だよ』
累は私を心配してLIMEしてくれたらしい。あんな別れ方をしたのに相変わらず優しくて私はちょと涙が滲んだ。
『少し…通話してもいい?声が聞きたいんだ』
『うん…大丈夫だよ』
そう返信するとすぐに着信があったので、私は深呼吸して通話のボタンを押した。
『こんばんは。結菜…。もう寝るところだった?』
『ううん。眠れなくてグリューワイン飲んでたとこ。累に教えてもらったレシビ。美味しいね』
『そっか。役に立ててるなら嬉しいよ。声聞けて嬉しい。やっぱり結菜のこと愛してるから…。ねえ、もう一度チャンスをもらえないかな。一緒に食事したり、映画館に行ったり。そういう簡単なことでいいから』
『それは…そうだね。一緒に過ごしていたらもしかしたら思い出すかもしれないもんね。うん。じゃあ今週末映画館に行かない?今放映してるので見たい映画があるんんだ』
『嬉しいよ。じゃあ予定立てたら連絡するね。お休み』
『お休みなさい』
週末の予定ができて、ワクワクやドキドキはないが。一緒に累と過ごせる時間ができたので、感情が戻るかもしれないという期待があったので良かったと思った。
良平に対して感情が戻りつつあったので、余計に期待してしまう。
(婚約は…解消しちゃったけど、累はそれでも私のことを思ってくれている。だから私もそれに報いたい)
累はどういう気持ちで私を誘ってくれたのだろうか。考えてもわからない。ただ。諦めずにいてくれることがとてもありがたかった。
(普通だったら見限って次に行くよね。累は私のことをそんなに愛してくれているんだな。私も同じく愛していたはずなのに。全然何も感じない。ありがたいと思うけどl嬉しいとか、恋しいとか、そう言う感情が湧かない)
累は優しいのでそのことを責めない。それが私の心を軽くした。
「週末…早く来ないかな」
トクリと胸が疼いた。もしかしたら私は今累と会えるのを楽しみにしているのかもしれない。会ったらまた愛せるかもしれない。それに期待して私はベッドに潜り込んで目を閉じた。