「あー!腹たつ!財閥の後継者になるためだけに結菜のこと利用したがってるの見え見え」
愛花はイライラした様子で歩いていた。私も同じく嫌な気持ちで歩く。黒沼は悪い人間ではないが、近づいてくる目的が見え見えなのがとても嫌だった。
職場に着くと仕事を始める。復帰したてなので簡単な業務のみ。今日は残業なしで帰宅できそうだった。
「どうだ?復帰初日だけど身体は」
課長が声をかけてくれたので私は笑顔で答える。
「大丈夫です。業務内容はしっかり覚えていますし。それより私がいない間フォローしていただいてありがとうございます」
「いやいや。君が急に休むことになって君が抱えていた仕事量に驚いたよ。言ってくれればよかったのに。君に言いやすいから色々押し付けていたことを皆反省してね。これからは無理なものは無理とはっきり断ってくれ」
「ありがとうございます。私も、断るのが苦手で…ですが難しい場合ははっきりと言えるように頑張ります」
それから業務が終わるまで集中して仕事をこなして帰宅することができた。
(残業なしで帰れるの久しぶり。たまにはに料理を作ってみようかな)
そう思いついて、家の近くのスーパーに寄って材料を買う。メニューは肉じゃがと味噌汁、マカロニサラダ。
全部自分が好きなものばかり。これで映画を見ながらのんびりしようとウキウキしながら買い物をしていた。そこで見知った人に声をかけられる。
「結菜ちゃん!もう大丈夫なの?」
「佐和子さん!あの時はお見舞いに来ていただいてありがとうございました」
佐和子は入院中何度かお見舞いに来てくれていたのだが、それっきりになっていた。
「そういえばまた隣で暮らすことになったのよね?今日はこれから家でご飯?よかったらうちで食べない?」
(それは…本当は嬉しいけど良平がいるから遠慮しよう)
私は良平がもう私に合わない覚悟を決めていることを覚えていたので、その意思を尊重してなるべく関わりを持たないようにしていた。
「すみません。一人でゆっくり休みたいので…」
「あらそう…それなら仕方ないわね。なにか困ったことがあれば遠慮なく頼ってね」
「はい…」
佐和子は名残惜しそうに会計に向かっていったので私は買い物の続きをした。映画を見るからポテトチップスかポップコーンが欲しくて菓子コーナーに行ってお目当てのものが見つかったのでカゴに入れる。
買うものが全て揃い、会計を済ませて外に出るとなんと良平と出会してしまった。
「あ…」
「結菜…」
かっこよく別れたのにまたすぐに再開してしまうあたりなんだか気まずい。
だが良平はそんなこと気にしていない風で普通に接してくる。
「今日は初日だったよな?身体。辛くないか?」
「ううん。課長がかなり仕事セーブしてくれているから」
良平は私が持っていたエコバッグをさっと持つと歩き始めた。
「え!?良平?」
「帰るんだろ?隣だし荷物持つよ」
そう言うと私の歩調に合わせてゆっくりめに歩いてくれた。
「栄から聞いたよ。婚約解消したんだって?」
「うん…だから実家に帰ってきちゃった」
記憶を失っていた時にすごくお世話になっていたのに、ちゃんとお礼を言っていなかったことに考え至って私は良平に頭を下げる。
「良平、入院中は支えてくれてありがとう!何もわからない中ですごく心強かったよ」
「いいんだよ。俺は結菜の役に立てたことが嬉しいんだから」
私は何も返せないのに良平は私のためならなんでもしてくれる。それが心苦しかった。
「それより俺のストーカーのせいで結菜が…本当にすまなかった」
「ううん。あれは仕方ないよ。あの人…どうなったの?」
「すぐに捕まって今裁判中」
「そっか…」
愛は恐ろしい。人を狂わせる恐ろしい感情だ。それだから私はその感情を捨ててしまったのだろうか。
2人の間に沈黙が落ちる。昔ならそれも平気だったけど、今では気づまりだった。
そのまま家に着くまで2人は一言も発さなかったが、別れ際、良平は私の手をとって言った。
「俺。お前のこと諦めるって言ったけどあれなしにする。お前がまだ誰も愛せないなら。俺にもチャンスがあるってことだよな?俺。お前のこと愛してるから。だから…今度こそ諦めずにアプローチさせてもらうから」
「良平…私は今、愛の感情をもてないの。だからいくら良平が私のことを思ってくれても無駄だよ。他の人を幸せにしてあげて」
私がそう言うと良平はきっぱりと言う。
「俺は生涯結菜しか愛さないと決めている。もし結菜が他の誰かのものになっても結菜のことを愛し続ける」
重たい愛だった。だけどそこまで思ってくれているのは少し嬉しくもあった。もしかしたら良平なら愛せるのかもしれない。だが累の二の舞になることを思うと踏みきれない。
(いいんだ。私は一人で生きていくの。それが一番いいんだ)
「良平は優しいね。私は…寂しくはあるけど愛の感情が戻るまでは誰とも付き合わないつもりだよ。もしかしたら一生一人かもしれない。だから良平も早く私のことなんて忘れて」
そう言うと掴まれた腕を振り解いて家に入った。