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第89話 挑戦

(あったかい。それに心臓の音が心地よくて眠くなってきちゃった)

 累の温もりでうとうとし始めると、彼は優しく頭を撫でてくれて愛おしそうな瞳で私を見つめてくれた。

(累は本当に私のことを愛してくれているんだな…ちょっとした合間にそのことが垣間見える。私も早くそれに応えられるようになりたい)

 そう思いながら眠りに落ちた。

 どれくらい眠ったのだろうか。目が覚めた時にはもう累は隣にいなかった。


「累?どこ?」


 寝ぼけたままフラフラとリビングに行くとそこにはキッチンに立って朝ごはんを用意している累がいた。


「ああ。目が覚めた?ご飯ちょうどできたから起こしに行こうと思ってたんだ、顔、洗っておいで」


「うん。ありがとう」


 私は累にお礼を言うと洗面所で顔を洗う。冷たい水で顔を洗うとさっぱりとして目が冴える。そのまま寝室で着替えを済ませるとダイニングテーブルに座った。そこにはトーストとスープ。サラダにフルーツが2人分用意されていた。


「結菜はヨーグルトも食べるんだよね」


 私が食卓についたのを見計らって冷蔵庫からヨーグルトのちご味を出してきてくれた。


「朝から色々してくれてありがとう。でも私も自立した大人だから、自分でできるよ」


 やってもらえるのはありがたいが、それが当たり前になりそうで怖くてそう言うと累はいい笑顔で微笑んだ。


「いいんだよ。結菜には俺がいないと生きていけないようになって欲しいから」


(怖い…笑顔でそんなこと言われたら…正直引いちゃうけど言わない方がいいのかな)

 顔が引き攣っていたようで、それを見た累はしまったという表情になる。


「あ…こういうのが駄目なんだよね、ごめん…結菜と一緒にいられるのが嬉しくてつい」


 やっぱりこういうところは変わっていない。でも私は笑顔を無理に作ってフォローする。


「累が私のこと好きだと思ってくれてるのは伝わってくるから嬉しいよ。でも、私もいい大人だし、人に世話されて生きていくのはちょっと恥ずかしいから。ごめんね」


「うん…そうだよね。結菜は変わってない。それが嬉しいよ。これからは結菜に関することで色々過剰に世話するのはやめにする」


「わかってくれてありがとう。じゃあ覚めちゃうしご飯食べよう」


 私達はゆっくり朝ごはんを食べながら色々な話をした。私の仕事復帰のこととか、家にいる間の暇つぶしとか、累は色々調べてくれていた。


「こんなに沢山!仕事をしながら調べるの大変だったでしょ?ありがとう!」


「結菜のためならこれくらいなんでもないよ。むしろ楽しかったから」


 ここまで色々考えてくれる累に感謝しつつもらった資料をめくってみてビックリした。それは正式にクライアントなどに提出する資料のような作りで、軽く作ったものではないことが一目で分かった。

(嬉しいけど…気持ちが重たい)

 私は資料をそっと机に置くと食事の片付けを始めた。


「どうかな?参考になりそう?」


「うん…すごくまとまってていいね。ありがとう」


 まさかあまりの完成度の高さに引いたとはいえなくて苦笑いしてその場をやり過ごした。


 朝食の後はまだ体を休めた方がいいと言われてソファでもらった資料を読んでいた。

2週間でできることが事細かく書かれているが、それは多岐にわたっていて色々目移りする。その中で気になったのが色彩検定の勉強をすることだった。

(色彩について勉強したら今後に活かせるかも。資料作りでもセンスのあるものができるだろうし。これにしよう!)


「累、お願いがあるんだけど、本屋さんで色彩検定の本を買ってきてもらってもいいかな?」


「ああ!資料見てくれたんだね。結菜がきっと興味を持つだろうからそこは文量多めにしておいたんだ


(こんなとこまでお見通しなんだ)

 累の好みの把握力に驚きつつ本当は自分で参考書を選びたいけど外出はまだ心配だからと累が行ってくれることになった。


 家で待っている間、ネットで色彩検定について検索をする。色々な職業に活かせる資格だと分かって俄然やる気になった。試験日までまだ時間があるから、2週間でまず一通りの勉強を済ませて、仕事に戻ったら合間に復讐をしながら試験日を迎えようと計画する。

(何だか、学生の頃に戻ったみたいでワクワクするな。早く勉強したい)

 しばらく待っていると累が本屋で参考書と問題集を買ってきてくれた。それだけではなく、勉強用のノートにシャーペン。赤鉛筆に消しゴムに定規、筆箱と勉強用具一色を揃えてくれていた。


「最近の本屋ってすごいね、オシャレな文具が沢山おいてあって。色々目移りしたけど、結菜だったら何を買うのか想像しながら選んできたよ」


 揃った文具はどれも私好みの色とデザイン。やっぱり累の把握力に驚いた。


「ありがとう!じゃあお金を…」


「ああ。これは退院祝いだからいらないよ。それに俺が探した資料を活用してくれたから嬉しいし。ね?」


「そっか…ありがとう。じゃあ絶対合格するよ!勉強頑張るね」


 私はそう言って買ってきてもらった参考書を開いて早速勉強を始めた。



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