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第87話 消えた感情

 累や両親が去った後、私はベッドに横になって累のことを考えていた。

(今はすごく優しい表情をしていた。ストーカーしていた頃と全然違う。記憶を失う前の私も累のことを許して愛していた。なのに。今の私はどうして累を怖いと思ってしまうのだろう)

 実際、累が起こしたことはよくないことだが心から反省して、しかも私もそれをもう忘れて累と新たな関係。家族になろうとしていた。それだけ深く累を愛していたのに何故という気持ちが強かった。


「累…どうしたらまたあなたを愛することができるの?」


 累のことを怖いと思う反面、愛する人は累以外いないと心が叫んでいる。

(考えすぎたらきっとダメなのよ。心は累を愛してるって思っているから…大丈夫。すぐに恐怖心は消えるわ)

 そう自分に言い聞かせて深呼吸をした。


「結菜。今日は調子はどう?」


一般病棟の個室に戻ってきた私のところに両親がお見舞いに来てくれた。


「今、少しいいかしら?昨日累くんのことが怖いと言っていたわよね?もしかして累くんからDVを受けているの?」


 驚いた。両親にはそのように受け取られていたとは。でも私を心配して聞いてきてくれているので応えないわけにはいかない。


「違うの。DVとかは一才ないよ、ただ。少し執着心が強くて人間関係が拗れそうになったことがあるだけ。その時の喧嘩が少し怖かっただけだよ。だから何も心配しないで」


「結菜…本当に大丈夫なんだね?何かあったらいつでも私たちを頼るんだよ」


 父が私の頭を撫でながら言う。

(お父さんに頭を撫でられるのは子供の頃ぶり、嬉しいな)

 お母さんもその光景を微笑ましくみていた。その時、扉が控えめにノックされる。


「はい。どなた?」


 母が扉を開けるとそこには花を持った累が立っていた。


「累さん…」


 母は困ったように私を見ると、私は無理に笑顔を作って累に話しかける。


「来てくれてありがとう。累、どうか入って」


 両親は累の登場にピリついていたが、私は両親にお願いして2人きりにしてもらった。


「累、昨日はごめんなさい。混乱していたのもあって、あなたのこと怖がって」


「いいんだよ、それだけのことをしてしまったんだから。怖がる方が正常なんだ」


 累は力無く微笑んで買ってきてくれた花を花瓶にいけてテーブルの上に飾ってくれた。それは私が好きな花。ブルースターの花束。

(やっぱり過去の私はこういう細やかなところに惹かれていたんだろうな。花、素直に嬉しいし、昨日に比べて恐怖感が薄らいでる)


「あの…累、提案があるんだけど、いいかな?」


「もちろん。俺はどうしたらいい?」


「もう一度累に恋をしたいの。そうしたらきっと前みたいに累と一緒にられるから」


 累は驚いた顔をした後、泣きそうな顔で微笑んだ。

(累も辛いんだろうな。私だったら記憶喪失の恋人に忘れられて、思い出されたら怖いってつっぱねられたら…きっと泣いちゃう)

 そう思って昨日必死に考えた案だった。


「わかった。俺はもう一度結菜に恋してもらえるように努力するよ。隣、座ってもいい?」


「うん。いいよ」


 累は椅子を私の枕近くに置いて座るとそっと手を握った。不思議と嫌悪感はなかったが、心がときめくこともない。やはり恋心がどこかに行ってしまったようなのだ、


「あのね、累、私、記憶が戻ったけど、あなたへの恋心だけが消えてしまったみたいなの。今手を触れてもらっても何も感じない。知り合いに手を握られてるな〜って思う程度なの。ごめんね。累は変わらず私のことを好きでいてくれるのに」


私が申し訳ないと思いながら告白すると累はなるほどといった表情になる。


「ああ。それで…わかった、もう一度やりなおそう。できるだけがんばって結菜にかっこいいところを見せるから」


 優しく微笑む累をみて心の奥が少し疼いた。

(ちょっとだけ反応があった。やっぱり私累さんのことまた好きになれそうな気がする) 

 少し希望が見えてきて私は安堵した。その後両親が戻ってきてこれらかもう一度最初からやり直す旨を伝えると、父は累に私に何かあったら許さないからと軽く脅し、母は何も言わなかった。


「じゃあ今日は仕事があるからもう行くね。また会いに来るから」


 累はそういうと足早に去って行った。

(今ちょっと寂しいって思った。やっぱり累のこと好きになり始めてる?)

 私は昔から単純なたちなのでこれならきっと早い段階で恋に落ちることができそうだった。

 両親も私が単純なことを知っているからか、先ほどの提案に何も言わずにいてくれたのがありがたい。

 気分を紛らわせるためか、ハワイの暮らしを色々と話して聞かせてくれて、最後に言いにくそうに付け加えた。


「結菜、やっぱりハワイに越して来ないか?お前は英語もできるし、仕事にもきっと困らないから。お前一人を日本に置いておくのが不安だよ」


 父がそう言うと母も頷く。嬉しい提案ではあったが、私は累と同居している。ならばそこに帰るのが筋だろう。仕事も楽しいから辞めたくなかった。


「お父さん、お母さんありがとう。でも私、今の生活が好きなの。だからごめんなさい。ハワイにはいけません」


 結果はわかっていたのだろう、両親は寂しそうに微笑んでわかったと言ってくれた。


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