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第86話 累

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結菜は闘病生活のせいか手が細くなっていた。きっと婚約指輪もブカブカだろう。俺は首に2人分の指輪をネックレスにして下げて生活している。そうすることで結菜を近く感じられるから。

 この前お見舞いに行った後から面会謝絶になって会えていないが、看護師が言うには今あまり体力を使うことをして怪我の調子が悪くなるのが怖いのだそうだ。今は体を一才動かさないで療養させているとのことなので、差し入れに雑誌や本も禁止されている。

 もどかしい気持ちで過ごしている時、結菜の両親から結菜の急変が知らされてきた。

慌てて病室にいくとそこはがらんどうで、結菜は集中治療室に移動したとだけ知らされてた。急いで向かうとそ入り口で結菜の両親が憔悴しきった顔で椅子に腰掛けていた。


「お義父さん、お義母さん…結菜は?」


「危ないらしい。傷口が炎症を起こして高熱が引かないらしい。心拍数も下がっているし、いつ目覚めるかもわからないと…」


 結菜の父は目頭を揉むようにして苦悩していた。結菜の母は一言も話さずドアをずっと凝視していた。いつ誰が知らせに来るともわからないから。その気持ちはよくわかるので、俺も結菜の両親の隣に座った。その後は3人とも沈黙でしばらく経った頃、俺は2人の顔色があまりに悪いので、コーヒーを買いに自販機に向かった。

ホットコーヒーを買おうとしてふと思い出したことがあり、販売機のボタンを押す。。

 結菜の両親の元に戻ると俺は結菜の両親にコーンポタージュを差し出した。


「どうして?これ…」


「良平くんから聞きました。結菜は元気がない時はコーンポタージュを作ってくれたって。なのでもしかしたらご両親もそうなのかなって…」


 結菜の母はボロボロ泣き始めた。


「そうよ。あの子は優しい良い子なの。なのに…あんまりだわ。こんなことになるなんて」


 結菜の父も目尻に涙が溜まっていた。


「やはりあの時、無理にでもハワイに連れていってたらよかった…」


 結菜の父も母も自分達の責任と思って気落ちしているようで、気の毒だった。


「すみません、そもそも俺が神社に誘わなければこんなことにならなかったんです。どうか俺を責めてください。お義父さんとお義母さんは何も悪くないのですから」


 すると結菜の父は累の肩に手をかけてゆっくりと話し始めた。


「累くん、君は悪くないよ。結菜が足元を見ていなかったから落ちてしまったんだから」


 そして背中をさすってくれて力無く微笑んだ。


「累くん心遣いありがとう。だが君は何も悪くないよ、今回のことは不幸が重なった事故だったんだ。良平くんも責任を感じて謝りに来たから同じことを言ったんだけど本当に気にしなくて良いんだよ。むしろ結菜のことを思ってくれてありがとう」


「お義父さん…ありがとうございます。今できることはただ信じて待つだけだから、累くん少し休みなさい。もう何日もろくに寝ていないだろう?」


「それはお義父さんも…」


 俺が言った言葉はすぐに打ち消される。


「親というものはね。子供のためならどこまでも頑張れる生き物だからね。どうしてもダメなら妻と交代で休むから、君は今日はもう帰って眠りなさい、今の疲れた表情を結菜が見たらきっと心配するよ」


「そうですね…はい!休みます。では何かあったらこちらに連絡を…」


 俺は俺の名刺の裏に番号を書いて手渡した。


「じゃあゆっくり休んで」


 俺は結菜のお父さんとお母さんに挨拶をして病院を後にした。もう2徹目だから体はだいぶ限界だったらしい。家についてお風呂に入り、布団にダイブすると深い眠りについた。


 ハッと気がつくと台所からいい匂いが漂ってくる。フラフラと近寄ると結菜が料理を作ってくれたいた。


「あれ?結菜?病院は?」


「病院?何言ってるの?私ずっとここにいたじゃない」


「ああ…そっか、夢見てたんだ」


「ふふ。おかしな累。大好きよ」


「俺も大好きだよ。結菜」


抱きしめようとすると結菜の体は透き通っていて触れられない。結菜はそれを静かに見つめて微笑むとスウッと消えていった。


「結菜!行かないでくれ!」


 俺は必死に手を伸ばしたが結菜は光が散るように消えてしまった。


「結菜!」


そこでハッと目が覚めた。ふと見ると電話がなっていたので慌ててとると、結菜の父からの入電だった。


「ああ!累くん。結菜が目を覚ましたよ」


「本当ですか!?今すぐ行きます」


 慌てて服を着るとコートを羽織りタクシーを呼ぶと外に飛び出した。

 どういう顔をして会おう。まだ記憶が戻ってないだろうから驚かせないように優しく。そうだ。初めて会った時のように大人なふりをして。


「結菜…愛してる」


 つい呟いていた。この先何が起こるかわからないから、不安感が拭えない。結菜は俺を受け入れてくれるかな。それよりも結菜の体調が心配だ。今一体どういう状況なのだろう。早く会いたい。そればかり考えていた。


 タクシーが病院に着くと受付を済ませてすぐに結菜の両親のところに向かう。待っていてくれていたため、3人で結菜の元に向かった。

 そして目を開けた結菜の手を握って微笑んだが、結菜の反応は恐怖を抱いた瞳で俺の手を振り払うということだった。

(どうしてなんだ!結菜)

 これだけ愛しているのに。どうしてこんな結果になったのか。俺は悲痛な面持ちで結菜を見つめることしかできなかった。 



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