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第85話 混乱

 傷が疼いて眠りたくても眠れず、何もすることがなくて私は気持ちがまいってしまっていた。今は面会謝絶なので誰も会いにきてくれないし、身体を動かすことが禁止されているので本当にすることが何もない。

 仕方なく累について考えることにした。昨日見た夢では累が私に何かをして喧嘩になっていたようだった。それが何かわからないけど、累の見たことのない表情が怖かったし、私も怯えていた。

(良平に聞いたら何かわかるかな?でももう会わないって言われたし。自力で思い出すしかないのかな)

 私は目を閉じて神経を集中させる。思い出して、そして累に向き合いたい。その一心で思い出そうとした時、ふっと体のスイッチが急にOFFになったように意識が途絶えた。

 真っ暗な空間に椅子が1脚置いてあり、目の前にはスクリーンがあった。まるで私専用の映画館のような空間。私は戸惑いながらそこに座るとスクリーンに倒れた青年を助ける私が映っている。それからわたいがsamという配信者に心奪われていたこと。その配信者から告白を受けて付き合い始めたこと。それらがどんどん映し出されていく。幸せな日々それから私に執着した累の異常行動。それによる一時的な別れ。仲間からの手助けがあっての復縁、そして穏やかな時間を過ごした後にプロポーズされたことを全て思い出した。

 ハッと目が覚めると先ほどまでいた病室とは趣の違う病室に移動していた。ビニールばりで医師も看護師も防護服を着て作業している。

 口には酸素マスクが付けられていたのでそれを外して欲しくて看護師に弱々しくお願いした。


「すみません。口のこれ、苦しいから外してくれませんか?」


「泉川さん!先生!泉川さん意識戻りました」


 バタバタと慌ただしく女医が私の元に来るとライトで眼球の動きを確認して体温なども測って安堵の息を漏らした。


「よかった。あなたあの後3日目を覚さないし、心拍が低下していたからこちらに移動したのよ。無事に意識が戻ってよかった」


「3日も…」


「ええ。あなたのフィアンセがすごく心配して何度かきたけど優しくていい人ね」


「…」


 私は記憶が戻ったから微妙な心境だった。

(累さんはストーカーだった。それを私が許してプロポーズまで受けた。今の私はそれが受け止めきれない)

 治療の邪魔になるからと指輪は累が預かってくれている。私はそれを受け取ることができるのか。正直自信がなかった。

(でも拒否したら…累さんきっとショックを受けるよね…でも、元ストーカーだなんて怖い)


 ああ。こいうときに良平がいてくれたら。ちょっとした甘え心が出てきてしまうが、良平の思いを蹴って、良平がもう二度と会わないと言ったことも思い出したので、ここは私だけで頑張るしかない。


「まだ不安定だからしばらくはここで過ごしてもらって、落ち着いたら元の個室に戻りましょう」


 看護師はそういうと外から累と両親を連れてきてた。


「結菜。よかった。ずっと心配していたんだよ」


「累…」


 累は食事も睡眠もろくにとっていないのだろう。少しほおがこけて目の下には黒いクマが浮かんでいた。


「累…顔色が悪い。大丈夫?」


「こんなの結菜の怪我に比べたら大したことではないよ。無事でよかった。病院から知らせを受けた時は生きた心地がしなかったよ。目覚めないし…このまま死んでしまうんじゃないかって。よかった。本当に」


 累は涙を流して私の手をぎゅっと握ってくれた。

 だが私は恐怖が勝手パッと手を話してしまう。それを不思議そうな顔で眺める累が怖くてたまらなくて両親に助けを求めた。


「お父さん、お母さん、助けて…私…怖い」


 すると両親は心配そうに私の元にそっと寄り添うと手を握ってくれた。


「結菜、あなたのフィアンセよ、良い人だわ。怖くなんてないでしょう?」


 母がそういうと私は言葉を飲み込んだ。累にされたことを両親に伝えたらおそらく両親は累を警察に突き出すだろう。あんなに献身的にしてくれた累が警察に捕まるのは嫌だったので、グッと堪える。


「結菜?もしかして記憶が戻ったの?」


「うん…全部思い出した。それで…怖いって思ってしまったの」


「っ…」


 累はひどく傷ついた顔をして俯いた。


「ごめんなさい、累。婚約のこと、もう一度考えさせて」


「…!結菜…」


累はひどく傷ついた様子だったが父がその言葉に反応して累に詰め寄った。


「累くん!我々は君を信頼して結菜を預けていたんだ。だがこの様子はどうした?もし君が結菜にひどいことをしていたなら許さないぞ」


 父の怒った姿を見るのは生まれて初めて。いつも穏やかで優しい父しか知らなかったから。母も父を止めるでもなく、累を睨みつけていた。


「お父さん、お母さん違うの。私達、結婚についての価値観の違いで喧嘩になって、ちょっと大きい声を出されてそれで怖くなっただけなの。だから勘違いしないで、累さんは何も悪くないの。私、混乱しているからうまく伝えられなくてごめんなさい」


 そこまで言って傷がズキズキと痛み始めた。すると看護師が来て3人を病室から連れ出した。


「まだ安定していないのですから落ち着いてください。さあ。横になってゆっくり休んで…」


 看護師がそう言うので少し喋って疲れたこともあり、私はあっという間に眠りについた。


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