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第84話 傷

 目を覚ますとまだ薄暗い時間だった。時計を見ると5時30分。少し早く目が覚めたので電気をつけて静かに本を読むことにした。


『あなたは誰?私は一体…ここはどこ?』


 今読んでいるのは主人公が記憶喪失になってしまった人のお話。少しでも累さんを思い出すきっかけになればと思って読み始めたが冒頭から引き込まれ、すっかりハマっている。

 主人公が記憶を無くしてもなお強くあろうとする姿が素敵だし、何より恋人が記憶を無くした主人公に寄り添う姿が健気でよかった。


「累さんみたいな人」


 ああ。累に会いたい。今累は毎日来てくれている。それは無理に時間を捻出してきてくれていることがわかっているから、嬉しいけれど心配だった。

(早く私が累さんのことを思い出せたらいいのに)

 他の記憶は鮮明に覚えているのに累のことになると考えるだけで頭痛が止まらない。いっそ思い出さずにこのまま新しく関係を築いていく方がいいのではと思うが、累は思い出して欲しがっているからそうもいかない。

(過去、何があったんだろう。こんなに思い出して欲しがっているっていうことは、きっと2人の関係重要なことなんだろう)

 でも、思い出すのが怖かった。心の奥底に終われた記憶を取り戻したら累さんへの気持ちが変わる気がして。


「おはようございます。お薬と検温を、それと脈を図りますね」


ぼーっと本を読んで過ごしていたせいか、その声かけに驚いてしまった。


「ひゃあ!はい!すぐに」


 看護師から体温計を受け取って検温し、脈も測定器で測ってもらった。


「あら、少し熱がありますね。もしかして傷が痛みますか?」


 言われてみれば今朝はいつもより痛かった。痛みに慣れてしまっているのでそれほど感じなかったのだが。


「えっと、いつもに比べると少し痛いです」


「もしかして炎症がおきている可能性がありますから先生に診察をお願いしておきますね。それまで安静にしていてください」


「はい…」


 私は看護師に言われた通りベッドに横になって真っ白な天井を眺めた。ここは色のない世界。白ばかりだからなんだか現実味が薄くて死後の世界に来たような気がする。縁起でもないけどそう思ってしまう。

(そういえば、刺された時見たふわふわした空間。あそこはすごく居心地がよかったな…でももう寿命が来るまで行きたくないな。累さんと一緒に長生きしたいし)

 ふっと年老いた2人が海をのんびり散歩するヴィジョンが見えてクスリと笑った。あのかっこいい累さんのことだから、かっこいいいぶし銀なおじいさんになりそう。私はそう。丸い感じの可愛いおばあちゃんになりたいと思った。

(それより婚約しているのなら記憶が戻るまで入籍はしないのかな?いつ戻るかわからないのに…累さんは待ってくれるのかな)

 あれだけかっこよくて素敵な人だ。きっと引くて手数多だろう。そんな中で私のことを待ってくれるのだろうか。不安感で私の胸は押しつぶされそうだった。


「おはようございます。熱が出ていると聞いてきたんですけど、患部を見せてもらいますね」


 女医がやってきて包帯やガーゼを外して患部を見ると渋い顔をした。


「やはり炎症していますね。一度糸を外して処置しましょう」


 そういうとすぐに車椅子が運ばれてきてそれに乗せられて処置室へと運ばれて行った。


「麻酔をしますから少しちくっとしますよー」


 女医は手早く麻酔をして患部の糸を外し、処置をしてくれている。その間全身麻酔ではないから意識があり、痛くはないけど患部を触られているのが気持ち悪くて怖かった。


「お待たせしました。これで様子を見ましょう」


 女医はそういうとまた私の患部にガーゼと包帯を巻き付けて車椅子でベッドに戻った。


「退屈かもしれませんがしばらく大人しくしてくださいね。座ったりも禁止です。あと、面会も数日は我慢してください。経過があまりよくないので心配ですから」


「わかりました。大人しくしています」


「ではまた様子を見にきますね」


 看護師と女医は部屋から出て行った。今日は面会もないということなのでゆっくり体を休めよう。思えばいつも常に誰かがいてゆっくり休めていなかったような気がする。

(せっかくだからちょっと休もう)

 ウトウトと眠気が襲ってきてそのまま深い眠りに落ちていった。


「累さん…どうしてこんなことをしたんですか?」


「…」


「答えてください!」


「==========」


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


ハッと目を覚ますと日が完全に昇っていて明るい中私はうなされていたらしく、看護師さんが心配そうに私に語りかけてきた。


「ああ!よかった。目が覚めましたね。うなされていましたけど、傷が痛みますか?」


「いえ。記憶が一部戻って、それでうなされていました」


「なるほど、では検温しますね…う〜んやっぱり熱がありますね。これは抗生剤なので服用してください。傷は痛みますか?」


 言われて気がついた。患部はかなり痛くて触れることすらできない。


「痛いです。ズキズキと疼いて…」


「ズキズキ疼くんですね。では先生にはそう伝えておきます。ああ。今日はお母様がいらして洗濯物をお渡しして荷物を預かっていますのでお持ちしました」


「ありがとうございます。動けるようになったら確認しますね」


「無理は禁物ですよ?とにかく今はゆっくり休んでください」


 看護師は優しく微笑んで去って行った。r


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