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「ほら、お前も開いて、さっさと登録しろよ」
我ながらバカなことをしている。でも少しでも結菜とのつながりが欲しかったのだ。たとえそれが恋敵だとしても、結菜のことがわかればそれでいい。
「じゃあ…何かあったら相談に乗ってくれると言うことですよね?」
「ああ。結菜には幸せになって欲しいから、その手伝いができるなら本望だ」
その気持ちに嘘偽りはなかった。俺は結菜さえ幸せになれればそれでよかったのだ。そのために聞きたくもない恋愛相談にだって応じるつもりでLIME交換をする。ああ。本当にバカな自分。
累も俺の内心を察してか、LIME登録が完了するとさっさとスマホをしまってしまった。
「良平さんは…どうして告白しなかったんですか?こんなに深く結菜のこと愛しているのに」
「ああ。それは俺の慢心だよ。いつか結菜が俺のことを兄ではなく男と意識してくれたらその時こそ告白しようと思っていたんだけど、結菜は俺のことをずっとお兄ちゃんとしか見てくれなかった。だからせめて結菜が幸せになれる相手と結ばれるように色々手を回してきたんだ」
もう何人も潰してきた。累のことも本当はそうするつもりだったのに、結菜の今までにない愛し方にこれは本気の恋だと悟って、累との仲を邪魔するのを早々に諦めたのだ。
(ああ。諦めなければよかった。もっと早く告白して、俺のものにしてしまえばよかった)
頭の中をぐるぐるとそんな考えが巡っているが、それはもう全て遅い。
「俺と結菜は婚約しました。そのうち、落ち着いたら結婚するつもりです」
累の言葉に頭をハンマーで殴られたような衝撃を受ける。
いつか2人は結婚するのだろうとはわかっていたが、それがこんなに早く来るとは。俺はショックで手が震えて危うく握っていた缶を落としそうになった。それをさっと支えてくれたのが累だった。
(俺の内心の動揺に気づいているのか…感のいいやつ)
「すみません。意地の悪いことを言って。ただ、あなたに嫉妬したんです。記憶を失ってもあなたとの思い出だけは残った。つまり結菜にとってあなたはずっと特別だったんだということが、悔しかったんです。結菜は言いませんが、おそらく結菜はずっとあなたに恋をしていたんでしょう。ただ、長年兄として接してきたため、それが恋心ではなくただの親愛と勘違いをして…」
頭を殴られたかのようだった。とっくの昔に結菜は俺に恋をしてくれていたのだと、それなのに俺は結菜の代わりを探して恋人を作ったり、ずいぶん結菜を傷つけてしまっていたのに。累のことを責める資格なんてないじゃないか。
俺は力無く微笑むと残りのコーンポタージュを飲み干そうとしたが、粒が残って出てこない。
「あーあ。長年一緒にいたのにそんな肝心なことにすら気づけなかったなんてね。完敗だな。俺の…」
「すみません。本当ならあなたと一緒になる方が結菜にとって幸せだということはわかっているんです。でもこの心は止められない、何より結菜が求めてくれるのであれば尚更…本当にすみません」
「謝られると惨めになるからやめろ。そういう暇があったら結菜のことを幸せにしてくれ」
俺がそう言うと累は黙って頷いた。
(もっと憎らしい男ならよかったのに。だったら今まで通り排除するだけでよかったのに…)
累は今はもう過去の暗さが薄まって、ただ結菜のことを心配する優しい男になっていたから。
(お似合い…だな。2人とも相思相愛で、幸せになってほしい)
もう俺にできることは何もない。俺は結菜が記憶を取り戻したらもう二度と会わないつもりだったから。累とこうしてじっくり話せる機会ができて幸運だった。
「お前酒は飲めるか?」
「ええ。飲めますよ。むしろ好きですね」
「そっか、なら結菜が元気になったら一杯付き合えよ」
「…はい」
累は少し驚いたような声音で返事をした。
「なあに。とって食ったりしないよ。お前と結菜の様子を聞きたいだけだ」
「やっぱり気にはなるんですね。わかりました。俺がどれだけ結菜を大切にしているか語らせてもらいます」
ちょっとふざけた様子で言ってくれる累に感謝する。真面目に返されたらダメージがデカかったから。どこまでも未練がましい自分が嫌になる。
「でも良平さんとこうして話せてよかったです。俺、良平さんは生涯のライバルだと思っていたので、話ができることなんてないと思っていたので」
「そうだな。それは俺も同じだよ。今世も来世もきっと永遠に俺たちは結菜を巡って争うんだろうって思うんだよ」
「それは…壮大ですね」
「ああ。そうだな。結菜は来世もお前を選ぶと言っていたよ。俺は今世も来世も振られたってわけだ」
「結菜がそんなことを…」
累は感無量で涙を溜めていた。累だけ思い出せていない状況だから、少しくらい、心を強く持てる言葉があってもいいじゃないか。そう思って心に留めておこうと思っていた言葉を累に贈った。
「結菜の記憶はきっと戻るから。お前も気をしっかり持って結菜を支えてくれよ。でないと俺も安心して次へ進むことができないから…」
嘘だった。俺はもう誰とも恋愛するつもりはない。生涯独身を貫くつもりだった。
それを知ってか知らずか累は静かにコーヒーを啜っていた。
その横顔を見ながら俺は静かにその場を後にした。
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