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第82話 良平の心

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 俺は結菜に別れを済ませると廊下に出るとそこには蹲った累がいた。

(もしかしてさっきの会話全て聞かれてた?)

 こいつのストーカー気質は相変わらず健在らしい。

(こんな男に結菜を…)

 悔しさが込み上げるが、結菜はもうこいつ以外に興味はないようなのでグッと堪える。俺は累に手を差し伸べた。


「そこに座ってたら冷えるだろ。ちょっと付き合えよ。缶コーヒーくらい奢ってやる」


「どうも…」


 累は終始無言で俺の後についてくる。背後だからどんな表情をしているかはわからないが、痛い視線から考えるとおそらく睨み付けられているのだろう。

(やれやれ。面倒臭い、こんな男のどこがいいんだ)

 結菜は昔から男の趣味が悪かった。最初の男は墓に何人も女のいる男、もちろん速攻で別れさせた。次は身体だけが目的の男、その次は金蔓にするために近づいた男…裏から手を回して別れさせていたけど、結菜はいつも傷ついて泣いて泣いて、その度俺が慰め役になっていたのに、結菜は一向に俺には恋愛感情を持ってくれなかった。

 そうして時間だけがすぎていつのまにか俺は結菜の隣にいるだけで幸せになって、いつか付き合って結婚するんだろうと思っていた時、結菜は配信者のsamに恋をして、その恋を成就させてしまった。それがこの累だ。

 こいつは結菜をストーキングしたり、裏切って傷つけたのに、結菜はそれでもこいつから離れなかった。どう考えてもまともじゃない男なのに。何がいいのか。


「結菜は何か思い出しましたか?」


「ああ、先程君のこと以外は全て思い出したよ。どうしてだろうね。君のことが一番大切なはずなのに。君のことだけ思い出せない」


「…何が言いたいんですか?」


 歩きながら話していなかったらきっとここで殴り合いになっていたかもしれない、だが足を動かしていたからそうはならなかった。

 販売機コーナーに行くとカップのコーヒーや缶やペットボトルの販売機が並んでいる。スナック販売機ではポテチやチョコ菓子が売られていた。


「どれがいい?」


 俺が累に問いかける。


「じゃあカップのアメリカン、ホットで」


 俺は小銭を取り出してカップコーヒーの半外気に小銭を入れ、ボタンを押す。

 俺は缶ポタージュのボタンを押した。


「コーヒーじゃないんですか?」


累は不思議そうに言うが、俺は疲れた時や気持ちが塞ぐときはコーンポタージュにすると決めている。それは俺が疲れたり落ち込んでいる時にインスタントだが、コーンポタージュを結菜が作って持ってきてくれたから。その思い出に縋るようについコーンポタージュを選択してしまうのだ。

(我ながら未練がましい。だが…思い出に縋るくらい…許されるだろう)

 俺は累の問いには答えず座り込むと缶の蓋をプシッと開けて一口飲み込んだ。温かくて甘いコーンスープが俺の疲れをいやしてくれる。


「それで…さっきの俺以外の記憶が戻ったって、結菜がそう言ったんですか?」


 累が問いかけてきたので俺は素直に答えた。確かに結菜は累以外のことは思い出していた。累が関わったことだけ朧げで、そこ以外は鮮明に覚えていた。やはり累に関することは覚えていないようだった。


「ああ。俺や友達、家族については思い出したが、お前のことは一才思い出せないらしい。まあ、お前も結菜に色々したからその辛い記憶を思い出したくないんだろ」


 少しヤケクソになってそう言うとまた一口コーンポタージュを飲む。

 累も自分を落ち着けるためにかコーヒーを飲んでいた。

 2人の間に沈黙が落ちるなか、突然累が切り出した。


「あの…厚かましいお願いだとは重々承知していますが、結菜が記憶を取り戻した後も、結菜にあってあげてくれませんか?」


 あの独占欲の権化だった累から意外な申し出を聞いて俺は驚きのあまり一瞬固まった。


「え?お前俺がライバルだってわかって言ってるのか?」


「もちろんです。良平さんが俺のライバルであることは承知しているのですが、俺の前だと見せない柔らかな笑顔が見れるなら、その対象があなたでもいいから見たいんです」


「お前、相当愛してるんだな。結菜のことを」


 驚いた。ただ笑っている顔が見たいから俺にそばにいろと。なんてわがままで残酷な申し出だろう。だが俺はもう自分の役目が終わっていることを感じているので、これ以上、結菜の隣にいるつもりはない。


「悪いがその願いは聞けない。俺の役目は終わった。結菜の笑顔が見たかったら、せいぜい足掻くんだな」


 意地悪く笑うと俺は累に問いかけた。


「お前は根は悪い男じゃないとわかっているけれど、どうしてストーキングとか盗聴しようと思ったんだ?」


「それは。俺の家庭がちょっと複雑で、愛を信じられなくなっていたから。そんな時、俺に無償の愛を注いでくれたのが結菜だったんです。俺はそれを独り占めしたくて、結菜の心を傷つけてしまいました。今は落ち着いていますが、また何かあったら抑えが効かなくなりそうで怖いんです」


(なるほど…それなら納得だ…) 

 俺は少し考えてからスマホを取り出した。


「じゃあ俺はもう結菜には会えないけど、2人のことを応援しているから、これで何かあったときは相談にのるよ」


 LIMEの友達登録画面を開いて見せると累はびっくりした顔で固まった。


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